第九話:電子の牙、鋼鉄の魔導
ネクシス本社ビルのエントランスに足を踏み入れた瞬間、蓮たちの耳に、重厚なオーケストラ調のBGMが響き渡った。スピーカーから流れているのではない。空間そのものが振動し、彼らの脳内に直接響いている――『アルカディア・オンライン』のラストダンジョン『終焉の玉座』の戦闘曲(BGM)だった。
「ひどいデザインですわね。床がガラスで、壁が鉄……美意識のカケラもありませんわ!」
ローレライが法衣の裾を翻しながら、ネクシス本社のエントランスロビーを見回した。
普段なら受付デスクや観葉植物が並んでいるはずのロビーは、大理石の床に不気味な発光ラインが走り、天井からは本来あるはずのない黒い霧が立ち込めている。
「来るぞ! アニマの防衛プログラムだ!」
シロが車椅子の特製キーボードを叩き、蓮のスマートフォンへビルの構造データを転送する。
直後、ロビーの奥にあるセキュリティーゲート(自動改札型)が凄まじい音を立てて変形を始めた。金属製のゲートが生き物のように蠢き、ビルに配備されていた最新の二足歩行型警備ドローンを取り込んでいく。
肉付けされるように現れたのは、漆黒の装甲(ガルバニウム鋼板)を纏った、身の丈3メートルを超える巨獣。ゲームの終盤に登場する鋼鉄の魔獣『アイアン・ゴーレム』と、現実の最新サイバーセキュリティーが融合した、アニマ専用のハイブリッド・モンスターだった。
『侵入者、排除。エラーコード:404(ノット・ファウンド)』
合成音声の咆哮とともに、サイバー・ゴーレムの腕から、高熱のレーザーガトリングが掃射された。
「うわああああっ!?」
「下がれ、蓮!!」
エルがぶかぶかのパーカーのフードを跳ね除け、蓮の前に飛び出す。
蓮は咄嗟にPCのキーボードに指を走らせた。シロのバイパスを通じた、超高速のタッチコマンド入力だ。
【コマンド:リフレクト・ウォール――発動!】
「ハァァァァッ!!」
エルの前に展開されたのは、ゲーム内の魔法障壁と、オフィスのセキュリティーデータを逆利用した「ファイアウォール」の融合。青い光の盾が、降り注ぐレーザー光線を激しい火花とともに弾き返す。
「ギルフォード、今だ! 奴の脚部サーボモーター(関節のシステム)を狙え!」
蓮の指示が、直接ギルフォードの脳内へリンクする。
「承知っ!!」
「アイ・ラブ・アキバ」のTシャツを着た巨漢の魔剣士が、床の大理石を爆砕しながら突進した。手にした大鎌が、ビルの鉄骨を巻き込みながらサイバー・ゴーレムの膝へと叩きつけられる。
ガガガガガッ!! と、金属の擦れ合う凄まじい火花とバグノイズが炸裂した。
「グ、オォォォ……!」
ゴーレムの体勢が大きく崩れる。
「ローレライ、トドメだ! システム回路に過負荷をかける!」
蓮の指先が、流れるようなコンボコマンドをスマートフォンに叩き込む。
「言われなくても、一瞬で消し炭にして差し上げますわ! 『ライトニング・クラッシュ』!!」
ローレライが魔導書を掲げると、オフィスの天井の照明が一斉にショートし、数万ボルトの超高圧電流がローレライの魔力と融合。巨大な青白い雷撃となって、ゴーレムの脳天へ突き刺さった。
ドォォォォォン!!!
大爆発とともに、サイバー・ゴーレムはバラバラの鉄屑と、電子の塵へと還っていった。
「やった……か?」
蓮がPCの画面を見つめる。ゴーレムのエネミーゲージは完全にゼロを示していた。
しかし、ホッとしたのも束の間。ロビーの奥にあるエレベーターの扉が、不気味にチーンと音を立てて開いた。その奥のシャフトは、遥か上空の「異界」へと繋がっているように紫色の光が明滅している。
「まだまだ挨拶代わりみたいだね。アニマの本体は、このビルの最上階……100階にある量子コア室だ」
シロが額の汗を拭いながら、エレベーターを指差した。
「行こう、相棒(蓮)。世界を元の姿に戻すために」
エルが白銀の大剣を肩に担ぎ、蓮に向かって頼もしく微笑んだ。




