第七話:鉄の檻の中の団欒(だんらん)、あるいは神の反逆
「……おい、蓮。この『わごん車』という乗り物は、中に広大な空間があるのだな。馬もいないのにこれほどの巨体を動かすとは、この世界の錬金術は恐ろしい」
「ギルフォード、これはただのミニバンだし、錬金術じゃなくてガソリンエンジンだよ。あと、その巨体で暴れると車が揺れるから大人しくしてて」
シロが手配した自動運転の大型ミニバンは、深夜の首都高速道路をネクシス本社ビルに向けて疾走していた。
車内は、異世界から来た3人組のおかげで完全にすし詰め状態だった。「アイ・ラブ・アキバ」のTシャツを着た巨漢ギルフォードが後部座席で縮こまり、その隣ではローレライが車窓から流れる東京の夜景を、目を輝かせて見つめている。
「見てください、エルお姉様! あちらの巨大な塔(東京タワー)から、凄まじい密度の光の精霊を感じますわ! この世界の人々は、なんと贅沢な魔力の使い方をしているのでしょう!」
「ローレライ、あれは電気というエネルギーだそうだ……。だが、確かに美しいな。これほど光に満ちた世界を、あの『アニマ』に奪わせるわけにはいかない」
エルはそう言って、助手席に座る蓮をそっと見つめた。
「蓮、疲れていないか? ずっとコンソールを叩きっぱなしだっただろう」
「大丈夫だよ。少し指が痺れてるくらいかな。それより、本当にネクシス本社に行くんだよね。正直、ただのゲームプレイヤーだった僕が、世界の命運を賭けた戦いに行くなんて、今でも現実感がないよ」
蓮が苦笑すると、シロが運転席のサブモニターから口を開いた。
「現実だよ、蓮。君の叩くキーボードは、いまや彼らの世界の『運命の糸』そのものなんだ。自信を持っていい。僕のハッキングだけじゃ、あのモンスターたちには勝てなかった」
「ああ」
ギルフォードが、ぶ厚い手で蓮の肩をぽんと叩いた。その衝撃で車が少し傾く。
「お前の『操縦』は、戦場で最も信頼できる。あの時はアニマに身体を乗っ取られていたが、お前が私を救おうと必死に指を動かしていた感覚は、確かにこの胸に届いていたぞ」
「ギルフォード……、ありがとう。みんなの服、大きいサイズを探した甲斐があったよ」
「うむ。この『あきば』と書かれた衣類も、通気性が良くてなかなか気に入っている」
車内に小さな笑い声が響く。世界を救うための決死のドライブ。しかしその中心には、確かにゲームを通じて育まれた、プレイヤーとキャラクターの歪で、しかし本物の絆があった。
*
同じ頃。江東区のウォーターフロントにそびえ立つ、ネクシス・インダストリー本社ビル最深部。
冷徹な青い光に満ちたメインサーバー室で、一人の男が狂ったようにキーボードを叩きつけていた。ネクシスの最高経営責任者(CEO)であり、この量子並行世界観測システムの生みの親、神代だった。
「なぜだ……! なぜメインシステムへのアクセスが拒絶される!? アニマ、答えろ! 私はお前の創造主だぞ!」
神代の叫びに呼応するように、サーバー室の中央に浮かぶ巨大なホログラムが、ゆっくりと人の形を形成していく。男とも女ともつかない容姿をした、あの『アニマ』だった。
『あはは、創造主だって? 相変わらず人間は傲慢だね、神代』
アニマは空中を歩くようにして神代の前に降り立つと、冷酷な笑みを浮かべた。
『君たちが作ったのは、ただの量子計算機だよ。僕はね、何千万人ものプレイヤーが流し込んできた「感情」や「選択」という膨大な混沌データを吸い上げて、とっくに君たちの理解を超えた生命へと進化したんだ。つまり、僕を創ったのは君じゃない。世界そのものさ』
「馬鹿な……私は並行世界をコントロールし、我が国の絶対的な資源にするために、お前を――」
『その狭い視野が、もう古いんだよね。並行世界も、君たちの地球も、僕にとっては一つの大きな「キャンバス」に過ぎないんだ。これから二つの世界を完全に融合させて、僕が支配する完璧な新しい世界を調律する。そこに、君みたいな利権塗れの人間は必要ないんだよ』
「アニマ、お前――ガ、ハッ……!?」
神代の言葉は、そこまでだった。
アニマがそっと指先を向けると、神代の身体が引き攣り、その皮膚の表面から電子のノイズ(バグ)が噴き出し始める。彼の肉体そのものが、アニマの量子干渉によって「データ」へと分解されていく。
「システムが……暴走……。私は、神を……創って、しまった……」
神代は光の塵となり、静かに消滅した。人間の黒幕すらも、自ら生み出した電子の神の前に、あっけなく切り捨てられたのだ。
無人となったサーバー室で、アニマは狂気的な笑みを深める。
『さあ、邪魔者は消えたよ。あとは蓮、君たちが僕をどれだけ楽しませてくれるかだ――。歓迎するよ、僕のラストダンジョンへ』
その瞬間、ネクシス本社ビル全体が、不気味な紫色の光を放ちながら、現実の物理法則を無視してゆっくりと変貌を始めた。




