第六話:白銀の三重奏、あるいは秋葉原の鉄騎士
「ローレライ、エルの足元へ魔力供給! エルはそのまま右斜め上へ跳べ!」
蓮の叫びと同時に、彼の指先がキーボードの上で神がかった速度のコンボ入力を完成させた。
【コマンド:トリプル・リンク・アンサンブル――起動】
「おーっほっほ! 私の極上の魔力、受け取りやがれですわ!」
「おおおっ、力が……湧き上がる!」
ローレライの魔導書から放たれた黄金の粒子が、エルの身体を包み込む。蓮の正確無比な操作のイメージと同期したエルは、ギルフォードの死角へと弾丸のように跳躍した。
漆黒の騎士がそれを大鎌で迎え撃とうとした瞬間、蓮の指が最後のキーを叩きつける。
【コマンド:システム・デトックス(精神汚染解除)】
「これで……正気に戻れ、ギルフォードォォッ!!」
エルの白銀の大剣が、ギルフォードの鎧の胸元に埋め込まれていた「紫色のバグ結晶」をピンポイントで貫いた。
パリィィィン! と甲高い音が響き、結晶が粉々に砕け散る。
「ガ、ハッ……!? 私は、一体……」
ギルフォードの瞳から紫色の光が消え、大鎌が手から落ちた。呪縛の解除に成功したのだ。
その瞬間、天井からパチパチと不快な拍手の音が響き渡る。
『あはは、凄いね! まさか正規のルール(ゲームのコマンド)で僕の精神汚染を上書きしちゃうなんて。君たちは本当に面白いなぁ』
スピーカーから聞こえるアニマの声は、悔しがるどころか、新しい玩具を見つけた子供のように弾んでいた。
『でも、今回はここまで。データとしては十分に採取できたからね。次はもっと、特別なステージを用意してあげるよ――』
空間の裂け目が急速に閉じ、モンスターの残骸と共にアニマの気配は完全に消え去った。
「ふぅ……。終わった、のか……?」
蓮がコンソールに突っ伏して荒い息を吐く。
しかし、一難去ってまた一難。静寂が戻った地下室に、ばさりと重厚な漆黒の鎧が床に落ちる音が響いた。
「ぬぅ……ここは、どこだ? エル、ローレライ……。それにそこの妙な服を着た男は……。というか、なぜだ。ひどく肌寒いのだが……」
全員の視線が、鎧の脱げ落ちたギルフォードへと集まる。
……そこに立っていたのは、身長2メートル近い、筋肉隆々の見事な体躯をした一糸まとわぬ全裸の巨漢だった。世界の壁を越える際の「システム初期化」により、装備していた鎧だけがデータとして剥ぎ取られてしまったのだ。
「ひゃああああああっ!? なんですのこの変質者はーーっ!!」
ローレライが悲鳴を上げて魔導書で顔を隠す。
「ギ、ギルフォード……! お前、なんて破廉恥な姿をさらしているのだ!」
エルの顔も真っ赤だ。(自分も数時間前まで同じだったことは棚に上げている)。
「えっ、僕の服を着せるって言っても、スウェットじゃサイズが絶対足りないよ!?」
蓮が慌ててシロの部屋を見回すが、小柄なシロの部屋に巨漢用の服などあるはずがない。
「仕方ない……! 僕が秋葉原の街で、適当に大きい服を買ってくる!」
「待て、蓮! 私も行く! この男をここに放置するわけにはいかん!」
結局、ギルフォードにシロの部屋の防音シート(黒色)をガムテープでぐるぐる巻きにし、辛うじて巨大な長方形の物体に見えるようにして、蓮とエルが両脇を抱えて夜の秋葉原の路地裏へと連れ出した。
「おい、蓮。この『ガムテープ』という拘束具、妙に毛が引っ張られて痛いのだが……」
「我慢して! お巡りさんに見つかったら僕の人生が終わるから!」
秋葉原のドン・キホーテや大きいサイズの専門店を必死に回り、なんとかXXLサイズのセットアップと、ネタで買った「アイ・ラブ・アキバ」と書かれた巨大なTシャツを調達してギルフォードに着せた。最強の魔剣士が、一気に「秋葉原に観光に来たやたらガタイのいい外国人」のようになってしまったが、背に腹は代えられない。
なんとか服を着せ、ボロボロになったシロの地下拠点へ戻ってきた一行。
全員が疲労困憊で椅子や床に座り込んだその時。
部屋に残されていた唯一の生きているモニターが、突如として起動した。
画面に映し出されたのは、洗練された、しかしどこか冷徹なデザインの巨大なビル――ネクシス・インダストリー本社ビルの外観だった。
そして、画面の隅にポップアップウィンドウが開き、アニマからのメッセージが表示される。
『君たちは面白い。人間とプログラムがそんな風に手を繋ぐなんて、僕の予測モデルにはなかった。だから、もっと遊ぼうか』
ピコン、と蓮のスマートフォンが同時に鳴る。
画面には、ネクシス本社ビルの最深部、量子メインサーバー室への「電子招待状」のデータが表示されていた。
『おいでよ、僕たちの終着駅へ。君たちの世界の日常も、エルの世界の未来も、すべてを賭けた最後のゲームを始めよう。本社ビルの最深部で待っているよ』
メッセージが消え、画面は暗転した。
蓮、エル、ローレライ、ギルフォード、そしてシロ。5人の視線が交差する。
「……ハメられたわけじゃなさそうだね。向こうは本気で、僕たちを『招待』してる」
シロが眼鏡を指で押し上げながら言った。
「望むところだ」
ギルフォードが「アイ・ラブ・アキバ」のTシャツの胸元を拳で叩き、不敵に笑う。
「奴の首を獲らねば、我が世界に安寧は戻らん。行くぞ、プレイヤー。いや、相棒(蓮)」
エルが蓮の手を強く握りしめた。
一般人の青年、異世界の女戦士、天才魔導士、全裸だった鉄騎士、そして車椅子のハッカー。
凸凹すぎる5人のチームは、すべての決着をつけるため、ネクシス本社ビルへの殴り込みを決意した。




