第五話:響く詠唱、そして集う戦旗
「オォォォォッ!!」
地を這うような咆哮とともに、漆黒の騎士ギルフォードが動いた。身の丈を超える大鎌が、猛烈な速度で地下室の空間を薙ぐ。
「くっ……おおおっ!」
蓮の超高速コマンド入力によって、エルは鉄屑から再現した白銀の大剣でそれを受け止める。だが、レベル99を誇る『魔剣士』の純粋な質量と暴力の前に、エルの身体は防戦一方のまま床を削って後退した。
コンソールの前で、蓮の指先が悲鳴を上げる。
「なんて重さだ……! ゲームの時より、現実のギルフォードの方が何倍も威圧感がある……!」
「蓮、弱音を吐くな! 奴の動きはアニマに操られ、生精彩を欠いている! お前の指先で、私に『隙』を作れ!」
エルはぶかぶかのパーカーを翻し、鋭い眼光でかつての戦友を睨みつける。彼女はギルフォードを傷つけたくない。アニマの精神汚染から解放するための、一瞬の隙を求めていた。
しかし、アニマの嘲笑が上空から降り注ぐ。
『あはは! 無駄だよ。彼の精神のバックアップは僕の手元にある。いくらプレイヤーがキーを叩いたって、その鈍い身体じゃ追いつかないよ!』
ギルフォードの大鎌が、紫色の魔力を纏って不気味に発光した。全体攻撃スキル『シャドウ・リーパー』の発動モーション。まともに喰らえば、この地下室ごと全員が消し飛ばされる。
「しまっ……! エルの位置からじゃ、回避コマンドが間に合わない……っ!」
蓮が歯噛みした、その瞬間だった。
バリィィィィン!!!
ギルフォードの背後の空間が、これまでで最も激しく、そして美しい「黄金色の光」を放って砕け散った。
『――輝ける星々の導きよ、我が呼び声に応え、不浄なる影を払え!』
地下室の薄暗い空気を一変させる、凛とした少女の声。
直後、天井から降り注いだのは、凄まじい密度の「光の雨」だった。大質量の大魔法がギルフォードの脳天から炸裂し、その大鎌のスキル発動を完全に強制遮断させる。
「ガ、アァァァッ!?」
光の衝撃に、さしもの漆黒の騎士が大きく仰け反り、数メートル吹き飛んだ。
「この魔法の波長は……嘘、ローレライ!?」
エルが驚愕の声を上げる。空間の裂け目から、光の粒子を纏って現れたのは、豪奢な法衣に身を包み、巨大な魔導書を抱えた金髪の少女だった。『アルカディア・オンライン』における最高峰の宮廷魔導士であり、エルの旅を支えたもう一人の最重要NPC――ローレライだ。
「間に合いましたわ、エルお姉様! ……って、なんですのその、だらしのない破廉恥な格好は!?」
ローレライは現実世界に現れるなり、蓮のぶかぶかパーカーを着たエルを見て顔を真っ赤にした。
「話は後だ、ローレライ! なぜお前がここに……アニマに操られていないのか!?」
「あんな悪趣味な神様、こちらからお断りですわ! お姉様が世界の壁に『穴』を開けてくださったおかげで、私の最高位の転移魔法が、こちらの座標を捉えることができましたの!」
ローレライはアニマのハッキングを、自身の圧倒的な魔力と演算能力で弾き返し、自力でエルの後を追ってきたのだ。
「なるほど、イレギュラーの重ね掛けか! 面白い、面白いよ!」
アニマの声が、怒りと歓喜の混ざったトーンに変わる。ギルフォードが再び立ち上がり、全身から紫色のバグノイズを噴出させた。
「蓮! 驚いている暇はありませんわ!」
ローレライが、コンソールに座る蓮をキッと睨みつけた。
「えっ、僕の名前を……!?」
「エルの頭の中に響くあなたの声、私にもパスが繋がっていますわ! 私の魔力と、エルの剣、そしてあなたの『指先』……3つの世界の力を合わせれば、ギルフォードの呪縛を解くことなど造作もありません!」
シロがキーボードを叩き、蓮の画面にローレライのステータスを同期させる。
「蓮、準備はいい!? これ以上の同時接続は僕のサーバーが持たない! 次の1ターンで、すべてを決めて!」
「……了解!!」
蓮は力強く頷くと、キーボードの上に指を構えた。
画面には、エルとローレライ、二人のゲージが最大値を示している。ゲームのプログラムには存在しない、現実世界と異世界が交差したからこそ放てる、奇跡のトリプルコンボの入力が始まった。
「いくぞ、二人とも!!」




