第九話:二つ能力の兆しと、お姉さんの視線
大ナマズとの死闘(というかほぼ一方的な討伐)を終えた俺たちは、いったん霧の谷にあるシオリさんの祠へと戻ってきた。
濡れた服を乾かし、シオリさんが淹れてくれた温かいお茶をすする。
「はあ〜……生き返る。やっぱり屋根があって温かいお茶がある生活が一番だよ」
「お口に合って良かったです、トウマさん」
「シオリさんのお茶、めちゃくちゃ美味しいよ。毎日飲みたいくらい」
「ふふ、まあ……嬉しいです」
シオリさんが少し頬を染めて微笑む。
(うーん、やっぱり年上のお姉さんって最高だな……優しくて綺麗だし、風の術はかっこいいし……)
俺が心の中で鼻の下を伸ばしていると、その横で柴犬サイズの師匠が、じーっとこちらを冷ややかな目で見つめていた。
『……おいトウマ。ニヤニヤしておらんで、さっさと庭に出よ』
「え? なんで? もう夕方だし、今日はまったり過ごす時間でしょ」
『戯け! 新たな『尾』を取り戻したのじゃぞ! 霊刀にどのような変化が起きたか、身体に叩き込まねばならん! 今から特訓じゃ!!』
「ええーっ! 嫌だよ! 俺は三味線弾きだぞ! 休ませてくれよ!」
案の定、俺の大反対も虚しく、翌朝は容赦ないスパルタ修行から始まることになったのだった。(今日は勘弁してもらった)
◇
翌朝。鳥のさえずりが響く祠の裏庭で、俺は重い足取りで立っていた。
「眠い……だるい……肩が凝る……」
『ブツブツ言うな! ほら、霊刀を抜いてみよ!』
師匠に催促され、俺は渋々右手を突き出し、体内の霊気を練り上げた。
凝縮された光が収束し、黄金の刀身を持つ日本刀が実体化する。
「……あれ?」
手元に現れた刀を見て、俺は首をかしげた。
「なんか……前よりちょっと重くない? それに、刀身もわずかに長くなったような……」
『ふむ、察しが良いなトウマ。それは当たり前じゃ。我が『第二の尾』を取り戻したことで、おぬしに貸し出せる霊力が増えたのじゃ。刀が成長しておる証拠よ』
師匠は胸を張り、俺の周りをトコトコと歩きながら解説を始めた。
『良いか? まず一つ目の尾の力は、おぬしも知っての通り【狐火】。炎の力を刀に宿し、威力を跳ね上げる。そして二つ目の尾……昨日回収した尾の力は【天雷】じゃ!』
「天雷……雷か」
『うむ! 刀身に激しい雷光を纏わせることで、斬撃の速度と貫通力を爆発的に高めることができる。さらに、技として放つことも可能じゃ! 狐火を纏わせて一閃を放つ【炎閃】! そして雷光を波状に放つ【雷閃】じゃ!』
「へぇ……なんか物語の主人公みたいで格好いいじゃん」
『フン、まだまだそんなものではないぞ!』
師匠は不敵にニヤリと笑った。
『尾を集め、おぬしがこの霊力に完全に適応すれば……尾の力を二つ同時に扱い極めれば一国の軍勢すら一人で滅ぼせるぞ!』
「同時に二つ!? いやいや、俺は刀すら怪しい素人なんだから、そんなの絶対無理だって! そもそも戦争なんてする気ないし!」
俺が全力で嫌そうな顔をして手を振ると、師匠は「これだから志の低い弟子は……」と呆れたように溜め息をついた。
と、その時だった。
「まあ……! 炎と雷を極めるのですか! それはとても素敵ですね、トウマさん!」
祠の縁側から、お茶のトレーを持ったシオリさんが目を輝かせてこちらを見ていた。
「トウマさんが天狐様の力を極めて舞うように戦うお姿……想像するだけで、なんだかとても格好いいです!」
「えっ!?」
シオリさんの素直で純粋な称賛の言葉が、俺の胸にグサリ(良い意味で)と刺さった。
(格好いい……!? シオリさんが俺を『格好いい』って言ってくれた……!?)
俺の頭の中で、謎のスイッチがバチッと入った。
(待てよ……? ここで『嫌だ面倒くさい』ってグチグチ言ってたら、ただの情けない奴だと思われるんじゃ……? 逆に、ここでビシッと雷の技を決められたら……めちゃくちゃモテるのでは!?)
単純極まりない俺の思考回路。俺はスッと背筋を伸ばすと、手のひらを返したようにキリッとした表情を作った。
「……フッ。まあね、シオリさん。俺もやる時はやる男だからさ。師匠! その『雷閃』ってやつ、ちょっと練習してみようか!」
『ぬ……?』
急にやる気を出し始めた俺を見て、師匠は一瞬ポカンとした。
しかし、俺がチラチラと縁側のシオリさんに視線を送っているのを見て、老狐は全てを理解したらしい。
(……ほう。なるほどな。こやつ、シオリの前だと格好をつけたがる性格か……)
師匠の口元が、くっくっく……と意地悪く歪んだ。
(クッカッカ! これは良いコントロール法を見つけたぞ! 普段は『面倒くさい』と逃げ回る癖に、シオリの視線ひとつでここまで単純に動くとはのう!)
扱いやすすぎる弟子に、師匠は心の中で大爆笑していた。
「よし、行くぞ!【雷閃】ッ!!」
俺は刀に霊力を込め、教わった通りに振り抜いた。
バチバチッ! と激しい紫白色の雷光が刀身から放たれ、庭の訓練用ターゲット(岩)へと飛んでいく!
ドオン——ッ!!
見事に岩の上部が弾け飛んだ。あまりの衝撃と威力に、俺自身が「うおっ!?」と腰を抜かしかける。
「すごいです、トウマさん! 初めてでこんな技を繰り出せるなんて、やっぱり天神様のご末裔ですね!」
「ヘヘッ……これくらい、朝飯前だよシオリさん!」
膝の震えを必死に隠しながら、俺は爽やかな笑顔でポーズを決めた。
『ククク……良いぞトウマ! その調子じゃ! 次は【炎閃】と【雷閃】の連続繰り出し百回じゃ! シオリもしっかり見ておいてやるのじゃぞ!』
「えっ!? 百回!? 連続は聞いてな——」
「頑張ってくださいね、トウマさん! お茶を淹れて応援しています!」
「〜〜〜〜っ!! 任せて!!」
シオリさんの笑顔にノックアウトされた俺は、悲鳴を上げそうになる筋肉を気合で抑え込み、必死に刀を振り続けたのだった。
◇
夕方。全身の筋肉が悲鳴を上げ、生まれたての小鹿のようにプルプルと震える俺は、縁側でぐったりと倒れ込んでいた。
「し、死ぬ……。二度と腕が上がらないかもしれない……」
『フン、口ほどにもないのう。だが……まあ、シオリに見栄を張ったおかげで、想像以上に霊刀の扱いが身についたようじゃな』
師匠が隣にトコトコと寄ってきて、満足そうに鼻を鳴らした。
「師匠……絶対面白がってただろ……」
『何のことじゃ? わしは弟子の成長を一番に考える良き師匠じゃぞ? カッカッカ!』
悔しいが、確かに嫌々ながらも限界以上まで追い込んだおかげで、体内の霊気の巡りは劇的に良くなっていた。炎と雷、二つの属性を刀に宿す感覚も、体にしっかり刻み込まれている。
「トウマさん、お疲れ様です。汗凄いですね?」
手ぬぐいを持ってきたシオリさんが、優しく俺の額の汗を拭いてくれた。
(あ……アカン。めちゃくちゃ報われた……。修行して良かった……!)
いつも読んでいただきありがとうございます!
第9話、更新しました。
トウマはシオリさんにデレデレですね。
次回、世界の秘密と新たな旅先です。
少しでも楽しんでいただけたら、ぜひブクマや評価(★)で応援してもらえると嬉しいです!




