第八話:人食い大ナマズと巫女の風
翌朝、清々しい朝日が霧の谷を照らしていた。
「おはよう、シオリさん」
「おはようございます、トウマ様」
奥の院の廊下で鉢合わせると、シオリさんは綺麗におじぎをしてくれた。俺は苦笑いしながら手を振る。
「あのさ、『様』付けはやめてよ。俺はただの三味線弾きなんだからさ」
「ですが、天神家のご末裔であられますし……」
「固いって! ちなみにシオリさんっていくつなん? 俺は十七なんだけど」
「私ですか? 私は十九になります」
「じゃあ、なおさら『様』なんておかしいでしょ。俺の方が年下なんだからさ」
「ふふ……そうですか。では、これからはトウマさん、とお呼びしますね」
シオリさんが柔らかく微笑む。少しだけ距離が縮まった気がして、俺が鼻の下を伸ばしていると——
『おいトウマ! シオリ! さっさと行くぞ!!』
モフモフの師匠がドタバタと廊下を走ってきた。相変わらず朝から元気すぎる。
「師匠はせっかちだなあ……。もっと朝の余韻を楽しみなよ」
『戯け! 人食いナマズが逃げたらどうするのじゃ! 行くぞ!』
◇
シオリさんの案内でたどり着いたのは、鬱蒼とした木々に囲まれた『底なしの沼』だった。
どよんと濁った水面は不気味なほど静まり返っており、獣の気配すら感じられない。
「……ねえ、ナマズなんていないじゃん。やっぱりガセネタだったんじゃないの?」
『……ぬう、気配を殺しておるのか?』
「よし、じゃあ引き上げよっか!」と言いたいところだったが、俺はふと思いついて背中の三味線を取り出した。
「まあ、せっかくだし一曲弾いて呼び出してみますか」
ベベン——!
霊力を乗せた深い音色が、静かな沼の広場に響き渡った瞬間。
バリバリバリッ!!
突如、水面が爆発したように跳ね上がった。
水飛沫とともに現れたのは、俺たちの体長を優に超える巨大な『大ナマズ』だった。ぬめりけのある巨体に、巨大な口。そしてその口から——黄色い電撃が放射状に放たれた!
「うわあああっ!?」
「トウマさん、危ない!」
シオリさんの素早い判断で、俺たちは間一髪で横に跳び箱のように飛び去った。さっきまで立っていた地面が黒焦げになっている。
「うわぁ……雷吐いたぞ! 強そうじゃんあいつ!」
『たじろぐなトウマ! 構えよ!』
「構えろって言ったって、あいつ完全に沼の中に浮いてんじゃん! 刀届かないだろ、どうすんの!?」
俺が悲鳴を上げると、シオリさんがすっと一歩前に出た。
「トウマさん、私にお任せください!」
シオリさんが袖から一枚の符を取り出し、口元に当てて息を吹きかける。
「舞い散れ……『疾風の刃』!!」
ヒュオオオッ! と鋭い風の旋風が巻き起こり、無数の透明な刃となって大ナマズへと襲いかかった。
ザシュザシュッ! と水面を切り裂き、大ナマズの巨体を容赦なく刻んでいく。
「すっげえええ! シオリさんめちゃくちゃ強いじゃん!」
『さすが九十九の巫女じゃ!』
だが、手傷を負った大ナマズは「グオッ」と低い鳴き声を上げると、そのままドブンと深い沼の底へと潜ってしまった。
「あ、逃げた! 水の中に隠れられたら風の刃も届かないぞ! どうするの!?」
『ぬう……いまの我が力で届く遠距離攻撃は『狐火』のみ……だが水の中では威力が落ちる……』
師匠が唸り声を上げ、俺の右腕の霊刀を見つめた。
『……よし、トウマ! 刀を水につけよ!!
「えっ!? 水に入ったら感電するんじゃないの!?」
『黙ってつけい! わしの『狐火』を最大出力で打ち込むのじゃ!!』
「ええい、やけくそだ!」
俺は沼の浅瀬に駆け寄ると、黄金の炎を纏った霊刀をバシャッと沼の水面へ突き刺した。
『ぬおおおぉぉぉぉッ!! 狐火・最大出力——ッ!!』
ジュワアアアアアアアッ!!
師匠の叫びとともに、爆発的な高熱の霊気が沼全体へと駆け巡った。
見る見るうちに沼の水が猛烈な勢いで蒸発し、大量の白い湯気が立ち込める。水深が急速に浅くなり、潜んでいた大ナマズが堪らず水面へと姿を現した!
『今じゃ、シオリ!!』
「はいっ! ……『疾風の刃』!!」
シオリさんの風の刃が、無防備に晒された大ナマズの顔面を直撃する。
「グガァッ!?」と大ナマズが大きな隙を作って怯んだ。
『トウマ、今じゃ! 一気に決めよ!』
「任せろぉぉぉっ!!」
俺は湧き上がる霊気を足に込め、蒸気の中を一直線に疾走した。
三味線の曲のクライマックス、一番激しい音を叩きつけるようなイメージで、一気に跳躍する。
(一閃……っ!!)
ザンッ!!
黄金の光が描いた閃光が、大ナマズの胴体を真っ二つに一裂きにした。
大ナマズは断末魔を上げることもなく崩れ落ち、やがて光の粒子となって消滅していく。
その跡地には——眩しく輝く、一本の『黄金の尾』が浮かんでいた。
『……おお! 今度こそ、本物の我が『尾』じゃ!!』
黄金の尾がすーっと引き寄せられ、師匠の腰へと融合していく。
一瞬、激しい光が周囲を包み込み、師匠の全身からバリバリと鮮やかな『雷光』が弾け飛んだ。
「うわっ、眩しい! ……ってか、なんか電気ビリビリしてない!?」
『ふはははは! 戻ったぞ! 我が九本のうち『雷の力』を司る尾じゃ!!』
師匠の体が一回り大きくなり、毛皮にはうっすらと紫白色の雷気が揺らめいていた。一風変わった神々しさが、その小さな体に宿っている。
「やったね、師匠! 大当たりじゃん!」
『うむ! おぬしもシオリも、見事な連携じゃったぞ!』
シオリさんがホッと胸を撫で下ろし、嬉しそうに微笑んだ。
「お見事でした、トウマさん。天狐様も、力を取り戻すことができて何よりです」
「シオリさんの風の術のおかげだよ、ありがとね!」
俺が笑って答えると、師匠が雷の威光を纏ったまま、威厳たっぷりに胸を張った。
『よし! これで残りの尾はあと七本じゃ! 行くぞ弟子よ、次の尾を求めてな!』
「はいはい……。でもまずは、濡れた服を乾かしてからにしてよね」
読んでいただきありがとうございました!
シオリさん強った、尾の回収もできましたね。
次回、新しい尾の能力の秘密。
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