第十話:世界の大陸と、いざ巨大都『大和』へ!
特訓の翌朝。
全身の筋肉痛は、シオリさんが淹れてくれた薬草茶と特製の朝食のおかげで幾分マシになっていた。
静かな奥の院の居間で、俺たちは囲炉裏を囲み、これからの旅の指針について話し合いを始めることにした。
シオリさんが手際よく広げたのは、羊皮紙に描かれた一枚の巨大な世界地図だった。
「……さて、これからどうするかのう」
畳の上にちょこんと座った師匠が、短い前足で地図をポンポンと叩いた。
「まずは、今のこの世界の地理を再確認しておこう。トウマ、おぬしはこの世界の全貌をどこまで知っておる?」
「え? んー……俺のいた村と、隣の『風切の町』と……あとはこの山くらい?」
『呆れた無知じゃな! 呆れて物も言えんわ!』
呆れ果てて白目を剥く師匠に、シオリさんがやさしく助け舟を出してくれた。
「ふふ、トウマさん。現在、この世界は東西南北に分かれた『四つの巨大な大陸』で構成されているんです。真ん中に大きな海がありまして、私たちが今いるのが、かつて天狐様と天神様が護っておられた【東の大陸】ですね」
「へぇ〜、四つの大陸か」
シオリさんが指先で地図の各方角をなぞりながら説明を続ける。
「北には裏切りし麒麟の治める【北の極寒大陸】。西には青龍が眠るとされる【西の渓谷大陸】。そして南には、現在この東の大陸にまで影響力を伸ばしている鳳凰の【南の神聖大陸】がございます」
「四神相応ってわけか……。で、俺たちが集めなきゃいけない師匠の尻尾は、あと七本あるんだよね」
『うむ。残りの七本の尾(霊核)は、この四つの大陸のどこかに飛散しておるはずじゃ。……まずは足元である、この【東の大陸】にある尾から回収していくのが筋というものじゃな』
「なるほどねぇ……」
俺は頷きつつ、ふと自分の懐——重みを感じないスカスカの巾着袋を思い出して、深々と溜め息をついた。
「……でもさ、師匠。もっと根本的で重大な問題があるんだけど」
『ぬ? 重大問題とな?』
「お金がない」
『……なに?』
「お金がないんだよ!」俺は財布の紐を解いて見せた。
「風切の町で稼いだお金も、ここまでの旅費でほとんど消えちゃったんだよ! 飯を食べるにも宿に泊まるにもお金がかかるの! 尾を探す前に、俺たちは路頭に迷って餓死しちゃうんだよ!」
『むぐぐ……だ、だが、わしには神獣としての威厳が——』
「威厳で油揚げは買えないの!!」
俺が悲鳴を上げると、シオリさんが「ふふっ」と可憐に微笑み、地図の一点——東の大陸の中央付近に描かれた、一際大きな街のシンボルを指し示した。
「それでしたらトウマさん。東の大陸で最大の交易都市であり、都である【大和】へ向かってみるのはいかがでしょうか?」
「大和……!?」
「はい。大和は東の大陸で最も人が集まり、物資やお金、そしてあらゆる噂や情報が行き交う巨大な都です。あそこなら、お狐様の『残りの尾』に関する情報も手に入るかもしれません」
「おお! 情報収集にはうってつけじゃな!」
師匠が乗り気になると、シオリさんは俺の方を向いて、少し恥ずかしそうに頬を染めながら付け加えた。
「それに……大和の賑やかな歓楽街や酒場でしたら、トウマさんの素晴らしい三味線の腕前なら、きっとたくさんのお客さんが集まって、お金もたくさん稼げると思いますよ」
「マジで!? 大都市の歓楽街! 投げ銭がたくさん期待できるじゃん!
俺の目が一瞬で『金』の形に変わった。これだよこれ! これぞ俺の目指していた「三味線でお金を稼ぐ」という健全で平和な人生設計だ!
よし、大和に行こう! と立ち上がりかけたその時——シオリさんが膝の上で両手をキュッと握りしめ、上目遣いで俺を見つめてきた。
「あの……トウマさん、天狐様」
「ん? なに、シオリさん?」
「私も……お二人のお供として、一緒について行ってもよろしいでしょうか……?」
「え」
「この祠でずっと天狐様のお帰りをお待ちしておりましたが、こうしてお会いすることができました。九十九の巫女として、そして何より……トウマさんのお役に立ちたいのです。風の術も、旅の道中でお役に立てると思いますから……!」
——奇跡が起きた。
(ま、マジで……!? シオリさんが……あの一番綺麗で優しくて年上のお姉さんのシオリさんが……俺たちの旅についてきてくれるの……!??)
俺の脳内で歓喜のファンファーレが鳴り響いた。
表面上は「あ、うん! もちろん大歓迎だよ! シオリさんがいてくれたら心強いしね!」と爽やかに、クールに返答した俺だったが——
(〜〜〜〜〜〜〜〜ッッッよしぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!)
心の中では全力のガッツポーズを何十回も繰り出していた。
ヤバい、旅のモチベーションが爆上がりだ。これまでの「嫌々連れ回される冒険」から、「可愛いシオリさんとの楽しい旅」へと一気に昇華した瞬間である。
『おお! シオリが来てくれるか! それは助かるぞ、このヒヨッコの弟子はすぐ泣き言を言うからのう!』
「余計な一言を挟むな老狐! ……あ、そういえば!」
俺は名案を思いつき、パンッと手を叩いた。
「シオリさんが来てくれるなら、お金稼ぎも倍以上になるんじゃない!?」
「えっ? 私ですか?」
「そうだよ! シオリさんのあの素晴らしい竹笛と、俺の三味線で『合奏』するんだよ! 昨日の夜やったみたいにさ! 旅の美しい巫女さんと、三味線弾きのデュエット演奏なんて、大和の酒場でやったら大ウケ間違いなしでしょ!」
俺の提案に、シオリさんは目を丸くした後、嬉しそうにパッと表情を輝かせた。
「私の笛で……トウマさんのお力になれるのですか? は、はい! 喜んでお供します! ぜひ一緒に演奏させてください!」
「決まりだね! よーし、大和で大儲けするぞー!」
『……ふん、ゲンキンな奴め。まあ、シオリの笛の音色で稼げるなら文句はないがの』
呆れ顔の師匠だったが、その口元もどこか嬉しそうに緩んでいた。
◇
荷造りを終え、長年守られてきた古い祠に深くおじぎをして別れを告げる。
シオリさんは緋色の袴姿から、旅動きしやすい簡素ながらも美しい和装に着替え、背中には大切そうに竹笛を抱えていた。
俺の肩には、相変わらずモフモフで威張っている柴犬サイズの師匠。
そして俺の背中には愛用の三味線と、腰に宿る二つの尾(狐火と天雷)の霊気。
「それじゃあ、出発だ! 目指すは東の大陸最大の都——【大和】!」
「はいっ、トウマさん!」
『おー! わしの油揚げも忘れるなよー!』
抜けるような青空の下、鬱蒼とした霧の谷を抜けて街道へと歩き出す。
いつも読んでいただきありがとうございます!
第10話、更新しました。
シオリさんが新しい仲間になりました。トウマは嬉しそうです。次回、大和の町 お楽しみに。
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