第五十七話:嵐の予兆と、レイピアの旋律
捕縛されたスパイ・アロイは、作戦室の床に倒れ込みながらも不敵な笑みを浮かべていた。
「ハッ、俺を縛ったところで無駄だ! 闇の軍団様が……ぐああああああっ!?」
突如、アロイが激しく頭を抱えて悲鳴を上げた。
その目の前に立っていたのは、愛用のタクト(指揮棒)を冷たく突き出すソフィアだった。ソフィアの瞳が淡い紫色の光を放ち、アロイの精神を直接揺さぶる自白魔法が発動していた。
「……見苦しい抵抗はおやめなさい。あなたの頭の中にある情報、全て吐き出していただきますわ」
「ひっ……や、やめろ! 頭の中に……入ってくるなァァっ!」
数分後、ソフィアが静かにタクトを引くと、アロイは白目を剥いてその場に崩れ落ちた。ソフィアは優雅に髪をかき上げ、作戦卓のクリスたちへと向き直る。
「……全て聞き出せましたわ。アロイの知る限りの情報を」
ソフィアの口から語られた事実は、一同の表情を強張らせるのに十分なものだった。
「まず、聖獣『麒麟』様が囚われているのは、北の山奥に存在する『嵐の祭壇』。……そして、その麒麟様を監視し、祭壇を守っているのは、闇の軍団が誇る凶悪な魔獣——『ケルベロス』ですわ」
「ケルベロス……! 地獄の三頭犬か!」
アーサーが低く唸る。ソフィアは深く頷いた。
「ええ。ケルベロスの力は強大で、さらにその身には天狐様の最後の尾……『九本目の尾』が取り込まれているとのことですわ」
「九本目の尾だと……!?」
トウマが息を呑み、胸元から身を起こした師匠(天狐)も険しい表情を浮かべた。
『ぬぅぅ……ついに最後の尾か! 最後に残された我が尾に宿る能力は【天】……いわば『宇宙の力』じゃ! 星の引力や空間そのものを歪める、我が尾の中でも最も異質な絶大な力……!』
天狐の言葉に、シオリも不安そうに胸の勾玉を握りしめた。
「宇宙の力……。そんな恐ろしい能力を持つケルベロスと、正気を失った麒麟様を同時に相手にするなんて……」
「……いや、役割を分担するんだ」
ここで、静かに話を聞いていたクリスが腰の細身の剣——レイピアの柄に手を置き、静かに立ち上がった。
「麒麟様は元々、北の大陸の護り神だ。正気を失っているとはいえ、俺たち人間が手を出せば命の保証はない。……麒麟様の相手は、同じ聖獣である青龍様、鳳凰様、そして天狐様に任せるべきだ」
アーサーの肩の青龍と、ソフィアの肩の鳳凰が「ふむ……それが妥当だな」「異論はない」と静かに同意の声を上げる。
「そして……俺たちは全員で『ケルベロス』を叩く!」
クリスがレイピアを軽やかに一閃すると、刃から澄み切った氷の粒と水の軌跡がフワリと舞い散った。
「俺も一緒に行く。こう見えてもレイピアの腕には自信があるし、『氷』と『水』の魔法も扱える。お前たちだけに危険な目を遭わせはしない」
「クリスさん……! ありがとうございます!」
トウマが頼もしいクリスに笑みを向ける。すると、天狐がトウマの肩へと跳び乗り、その耳元で真剣な声で語りかけた。
『……よいか、トウマ。一つ重大な忠告がある』
「え? なに、師匠?」
『我は麒麟を相手する故お主に憑依は出来ぬ、そして奴が持つのは【天(宇宙)の力】。生半可な物理攻撃や、属性の力など空間ごと捻じ曲げられて無効化されるじゃろう。……ゆえにケルベロス戦では、お主の……天神一族の力【陰陽師の力】のみで戦うのじゃ!』
「俺の……陰陽師の力だけで……!?」
トウマは思わず自分の両手を見つめた。これまで天狐の尾の力を刀に具現化させて戦ってきたトウマにとって、己の術式のみで【宇宙の力】を誇る強敵に挑むのは、あまりにも高い壁だった。
『陰陽道とは、天地万物の理を整える術。空間を歪める【天】の邪気に対抗できるのは、お主の破邪の力だけじゃ。……できるな、トウマ?』
天狐のまっすぐな瞳に見つめられ、トウマはゴクリと唾を飲み込んだ。そして、ゆっくりと懐から『勾玉』を取り出すと、引き締まった表情で力強く頷いた。
「……うん。やってやるよ、師匠! 俺の……フウマ様から受け継いだ陰陽術で、絶対にケルベロスを倒してみせる!」
「頼もしいわね、トウマ。……よし、作戦は決まりよ!」
ソフィアがタクトを力強く掲げる。
「聖獣様方は麒麟様の解放を! 私たちとクリス殿はケルベロスの撃破を! ……明日早朝、『嵐の祭壇』へ向けて出発しますわ!」
「「「「おーっ!!!]]」」」
一同の決意が一つに固まり、冷たい地下基地に熱い闘志が満ちていく。
宇宙の力を操る猛獣ケルベロスとの、凄絶なる激闘の幕が上がろうとしていた——!
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