第五十四話:北の谷の雪煙と、蒼き狐火の双刃
クルトの港町をあとにしたトウマたちは、猛吹雪が激しく吹き荒れる北の谷の村へとやってきた。
「うひ〜っ、寒っ!! あのバイオリンの兄ちゃん、ホントにこんな凄まじい雪の村を教えてくれたのかよ……!」
トウマが凍えそうな息を吐き出す。防寒着の胸元からひょっこり顔を出した師匠(天狐)も、寒さに鼻をヒクヒクさせていた。
「トウマさん、油断しちゃダメです! ……あそこ見てください!」
シオリが指さした村の広場では、家々が破壊され、雪の上に一人の村の女性が倒れ込んでいた。その頭上には、これまでの魔物とは比べ物にならないほどの凄まじい邪気を放つ、巨大な氷の大魔獣が立ちはだかっていた。
「ひっひっひ! 愚かな人間め、我の肉片となって消えるがいい!」
魔獣が獰猛に咆哮すると、その背から眩い光を放つ【巨大な尾】がうねりを上げた!
『ぬぬっ!? あ、あれは……我が八本目の尾を取り込んだ大魔獣ではないか!! 今までの魔物とは格が違うぞ!』
天狐が叫ぶのと同時に、魔獣が女性へと鋭い氷の爪を振り下ろす!
「させないわ! 全員、戦闘配置!!」
ソフィアが愛用のタクト(指揮棒)を閃かせると、トウマはすかさず背中の三味線を光の粒子に変えて格納(収納)し、刀を構えた。
「シオリさん、女性の救出を頼む! 俺とアーサーで引きつける!」
「はいっ!」
シオリが胸の『風神・雷神の勾玉』に手を当てると、その全身から青い雷と黄金の疾風が爆発的に吹き荒れた!
「風神・雷神……覚醒!!」
風と雷の翼を背に纏ったシオリが超高速で疾走し、間一髪で女性を抱き抱えて氷の爪を回避! 安全な物物陰へと避難させる!
「チッ、チョコマカと……全員まとめて凍りつけぇぇ!!」
魔獣が八本目の尾から放ったのは、空間すら凍てつかせる死の猛吹雪!
直撃すれば一瞬で氷漬けになる凄まじい邪気がトウマたちを襲う!
「くっ……! この氷の猛攻、分厚すぎる……!」
トウマが刀を構えて突入しようとするが、極寒の絶対防御と吹き荒れる氷柱の嵐に阻まれ、近づくことすらできない!
『フン……八本目の尾の力を得て、調子に乗っておるな』
アーサーの肩に乗っていた青龍が、静かに凄まじい神気を放ち始めた。
『アーサーよ、我が真なる力を解放するぞ。我を受け入れよ!』
「応っ……! 【青龍人】!!」
アーサーが青龍刀を天へと掲げると、青龍が巨大な蒼光の龍となってアーサーの身体へと吸い込まれていく!
次の瞬間、アーサーの身体に青い龍の鱗と角が浮かび上がり、その瞳が神々しい黄金へと染まった——『青龍憑依』である!
「青龍闘技・龍爪蒼雷波!!、ハァァァァァッ!!」
龍人化したアーサーが青龍刀を一閃し、猛吹雪を強引に切り裂いて魔獣へと斬りかかる!
しかし、八本目の尾の力を宿した魔獣の氷の鎧はあまりにも硬く、アーサーの攻撃すら弾き返してしまうのだった!
ドガァァァァンッ!!
「うぐっ……!? この力、一筋縄ではいかんぞ……!」
「アーサーさん! ……くっ、『風雷神楽』っ!!」
シオリが風と雷の翼で支援に向かうが、魔獣の八本目の尾から放たれた衝撃波を受け、体勢を崩してしまう。
「……っ、くっ! なんて硬さと邪気なの……っ!」
ソフィアが額に汗を滲ませ、激しくタクトを振るう。ソフィアの指揮をもってしても防戦一方に追い込まれ、一行は一転して最大の窮地に立たされていた。
「ハハハハッ! 愚か者どもめ! 貴様らの生半可な連携など、この絶望の吹雪の前には無力だぁぁっ!!」
魔獣が咆哮し、無数の巨大な氷柱を全方位へ射出する。
「みんな……っ! くそっ、押し負けるかよ……!!」
トウマは刀を固く握り締め、雪を蹴って前に出た。
『トウマ、怯むな! 我が【光】の力を刃に宿すのじゃ! 氷の鎧の奥、核を撃ち破れ!、今のお主なら操れる!』
トウマに憑依した天狐が叫ぶ!
トウマの右手の刀に、聖なる光が覆う!
「ソフィアさん、指示を……! 俺が隙を作ってみせる!!」
「……! ええ、任せなさい! 全員、トウマ君の突撃に全てを合わせて!!」
ソフィアが乱れた呼吸を整え、渾身の力でタクトを振り下ろす!
アーサーが青龍の気迫で魔獣の意識を逸らし、シオリが最後の風でトウマの背中を後押しする。
「うおおおぁぁぁぁっ!!」
魔獣が放つ氷柱の嵐を、ソフィアは炎の魔法で打ち消す。
その一瞬の隙を見極め、トウマは魔獣の至近距離へと飛び込んだ。
「これでも……喰らいな!! 『光閃』!!」
聖なる光を帯びた刀が魔獣の胸元を深く切り裂く!
ズバババババァァァンッ!!
「ガ、ハッ……!? 我が……氷の肉体が……消えて、いく……!?」
邪悪な氷の鎧が光に包まれて、魔獣の巨体は断末魔とともに崩れ去り、光の粒子となって吹き消えた。
◇
魔獣が消え去った跡には、眩い光を放つ【八本目の尾】がフワフワと漂っていた。
『ふははは! 我が光の霊気をよくぞ操った! 見事じゃったぞ、トウマ!』
天狐が跳びつき、八本目の尾を自身の身体へと吸収する。
天狐の腰元から新たにポンッと立派な尾が生え揃い、その能力【音(響波)】の力が解き放たれた。
「はぁ……はぁ……なんとか、勝てた……」
トウマが刀を納め、膝をついて肩で息をする。ギリギリの死闘だった。
ソフィアもタクトを握る手を緩め、「本当に危なかったわね……」と安堵の吐息を漏らし、シオリとアーサーも傷つきながらも互いに顔を見合わせて頷き合った。
助け出された村の女性が、震えながらも深く感謝を伝えると、トウマは息を整えながら笑顔を見せておどけてみせる。
「へへっ……怪我は、ないですか? 旅の音楽家一座、参上……ってね」
その時——。
キィン……
静まり返った雪の村に、どこからか切なくも澄み渡る、一小節の『バイオリンの音色』が響き渡った。
「っ……!? この音は……!」
トウマたちが一斉に振り返る。
半壊した石造りのアーチの上に、深くフードを被ったあの男が立っていた。
その肩には、木目調の美しいバイオリンが抱えられている。
男は静かに弓を引く手を止めると、冷たい風にフードを揺らしながら、鋭くもどこか感心したような瞳でトウマたちを見下ろした。
「フッ……ただの能天気な旅芸人かと思ったが……命がけの不協和音(苦戦)の果てに、面白い音を鳴らすな」
クルトの酒場にいた、あの「バイオリン弾きの男」が、戦いの一部始終を物陰から見届けていたのだ——!
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