第五十二話:極寒の海、サイとの出会いと失われた言い伝え
北へと進むにつれ、海の色は群青から冷ややかな氷黒へと変わり、突き刺すような猛吹雪が船を叩きつけていた。
鳳凰も、青龍と同じく体長三十センチほどの可憐なミニサイズへと姿を変え、アーサーの肩にはミニ青龍が、ソフィアの肩にはミニ鳳凰がちょこんと収まっている。
「さっ……さっむ〜いっ!!」
防寒用の分厚いコートと毛皮のコートをしっかり着込んでいるものの、あまりの極寒にトウマは歯をガチガチと鳴らして震えていた。
『ぬぅぅ……なんという寒さじゃ! 我が身の霊気すら凍りつきそうではないか……!』
トウマの肩の上で寒さに耐えかねた天狐は、そそくさとトウマの分厚いコートの首元から中へと潜り込み、胸元で丸くなった。
「うわっ、ちょっと師匠!? ……あ、でもあったかいかも」
「ふふ、二人とも暖かそうですね。トウマさん、私の手袋使いますか?」
隣でしっかりと防寒着を着込んだシオリが、温かな吐息を白く弾ませながら優しく微笑む。
「あ、ありがとうシオリさん!でも、シオリさんが寒くなっちゃうから我慢するよ ……あ、影丸! あれじゃないか!?」
トウマが指さした白銀の霧の向こう、クルトの沖合から、一隻の頑丈そうな小さな木造船が波を押し分けてこちらへと近づいてきた。
舵を握っているのは、寒さに鍛え上げられた精悍な顔つきの男——サイ・ハーデスだ。
「影丸殿……! 無事であったか!」
「サイ……! 元気そうで何よりだ」
船を接岸させると、影丸とサイは互いの腕を強く取り合い、固い握手を交わした。
「影丸殿の頼みとあらば、どこへでも駆けつけるさ。……だが、ここは吹きさらしで目立つ。魔物の見張り船に見つかる前に、まずはあんたたちの大きな船を隠そう」
サイの誘導のもと、一行は港町から遠く離れた、切り立った崖の陰にある暗い『隠れた入り江』へと船を滑り込ませた。船を頑丈なロープで固定し、雪と岩陰で完璧に偽装すると、サイは一同を自身の潜伏先である『サイの隠れ家』へと案内した。
◇
岩山をくり抜いて作られたサイの隠れ家。中央でパチパチと燃える暖炉の火が、凍え切ったトウマたちの身体を芯から温めていく。
「ふぅ……生き返る〜……」
トウマが暖炉の前で息をつき、服の中から顔を出した天狐も「ほっ……」と息を漏らす。
ソフィアが暖かいスープを配り終えると、本題に入るべくサイに向き直った。
「サイ殿、案内感謝いたします。……早速ですが、この北の大陸の現在の状況について、何か知っていることはありませんか?」
サイは一口熱いお茶を飲み、引き締まった表情で重々しく口を開いた。
「ああ。俺の知っている限りのことを話そう。……この大陸には、古くから伝わる『1000年前の言い伝え』があるんだ」
トウマ、シオリ、アーサー、そして肩の上の二聖獣(青龍・鳳凰)と天狐が静かに耳を傾ける。
「1000年前、突如現れた『闇の軍団』は、北の大陸の護り神であった聖獣『麒麟様』を何らかの術で操り、東の大陸へと侵攻させた……。そして闇の軍団の本隊は、そのまま西の大陸へと攻め込んだそうだ」
「麒麟様を操り……東へ……それは九十九の言い伝えにもあります」
シオリが息を呑む。鳳凰がソフィアの肩の上で悔しそうに羽を揺らした。
『やはり……! 1000年前、麒麟に異変が起きたのは闇の軍団の所為であったか!』
「ああ。だが言い伝えによれば、他の聖獣様たち……あんた方の活躍によって麒麟様は深い傷を追いどこか人知れぬ場所で深い眠りについたと言われている。……だが問題はその後だ」
サイは顔を曇らせ、壁に掛けられた北の大陸の地図を指さした。
「闇の軍団はこの北の大陸に居座り続けているんだ。特に、北の大陸の首都である『首都ザイール』は、今や完全に闇の軍団に占拠され、恐ろしい魔気の巣窟と化している。あそこへは絶対に近づかない方がいい……殺されるぞ」
『首都ザイール……魔物の本拠地というわけか』
アーサーの肩で青龍が低く唸る。
「……すまない、俺の知っていることはこれくらいだ。俺はしがない漁師だからな」
サイが申し訳なさそうに頭を下げると、ソフィアは優しく首を横に振った。
「いいえ、サイ殿。十分すぎるほど貴重な情報ですわ。……となれば、まずはすぐ近くの港町『クルト』へ向かい、さらに詳しい情報を集めるのが最善ですね」
「クルトにか……。だが、怪しい奴らはすぐに自警団や魔物の目につくぞ?」
心配するサイに対し、トウマがニッとを笑い、三味線をポンと出した。
「大丈夫! 俺たちは旅の演奏家だからね。『旅の音楽家一座』っていうことにしていけば、街に入っても全然目立たないはずだよ!」
「なるほど……旅の音楽家か。それなら市場や酒場に入り込んでも自然だな!」
アーサーも腰の青龍刀を隠すようにマントを羽織り、二胡を抱えて頷いた。神楽巫女の衣装から旅の防寒着に身を包んだシオリも、竹笛を大切に抱きしめて立ち上がる。
「よし! それじゃあみんな、寒さに負けずに港町クルトへ出発しよう!」
トウマの明るい掛け声とともに、一行はサイの隠れ家を後にし、極寒の港町クルトの情報収集へと足を踏み出すのだった!
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