第四十七話:鳳凰の助言、悲しみの旋律と風神・雷神の勾玉
第一波の魔物を追い払い、一時的な静寂が訪れた東の大陸・鳳凰の村の防衛拠点。
戦功を称え合う兵士たちの喧騒から少し離れた木陰で、シオリは膝を抱え、ぽつんと一人うつむいていた。
「シオリ……浮かない顔をしておるな」
頭上から響いた、深く神聖な声。見上げると、神々しい蒼赤の羽を休めた聖獣『鳳凰』が、優しく温かな瞳でシオリを見下ろしていた。
「あ……鳳凰様……。ううん、なんでもないです。ただ……自分が情けなくて」
シオリはギュッと自分の竹笛を抱きしめ、消え入りそうな声で胸の内に溜め込んでいた焦燥感を吐き出した。
「ソフィアさんはあんなにすごくて、鳳凰様の炎は魔物を一瞬で吹き飛ばして……。トウマさんやアーサーさんも、きっと自分の力で凄い戦いをしてるのに。私の『疾風の刃』じゃ、魔物を少し怯ませるのが精一杯……。私、みんなの足ばかり引っ張っていて……この戦いに、必要ないんじゃないかって……」
溢れ出そうになる涙を必死にこらえるシオリ。そんな彼女に対し、鳳凰は静かに翼を広げ、暖かな風で彼女の肩を包み込んだ。
「勘違いするな、九十九の巫女よ。其方の力は決して小さくなどない。……其方は知っておるか? かつてこの『鳳凰の村』が、天狐に仕えた九十九一族の『稲荷の村』と呼ばれていた時代のことを」
「え……? はい、稲荷の村……知っています」
「かつて其方の一族は、風を孕む【風神】と、天雷を統べる【雷神】——二柱の偉大なる霊精の加護を受け、天狐とともにこの大陸を護っていたのだ。一族が移り住んだ場所に一族の真の歴史と秘術が眠っておるはず。己の力に迷うならば、赴いてみるが良い。其方の探す答えが、そこにあるかもしれん」
「一族の祠に……?」
シオリは目を見開いた。
(私が住んでいた……あの祠……!)
「ソフィアには私から話を通しておこう。行きなさい、シオリ」
「……はい! ありがとうございます、鳳凰様!」
シオリは意を決して立ち上がると、竹笛を握り締め、かつて自分がたった一人で過ごしていた故郷——『霧の谷』へと走り出した。
◇
深い霧が立ち込める『霧の谷』。
岩肌に囲まれた静寂の中、ぽつんと佇む小さな木造の祠。大好きな父様、母様と大切な思い出の詰まったシオリの家だ。
「はぁ……はぁ……っ!」
シオリは荒い息を吐きながら祠の脇にある隠し扉を開け、奥へ奥へと進んだ。
本堂のさらに裏手に存在する、一族の秘空間——『奥の院』。
「何か……風神様や雷神様の力を引き出す方法……一族の秘術が書かれた古文書か、巻物があるはず……!」
シオリは無我夢中で木箱を開け、埃を被った棚をひっくり返すように探した。
しかし——出てくるのは古びたお札や日常の記録ばかり。魔物に対抗できるような秘術の書も、強力な巻物も、どこにも見当たらなかった。
「そんな……ない……!? どうして……!?」
どれだけ棚を探しても、床の隙間を調べても、探しているような大層な秘術の古文書など何一つ見つからない。
「嘘でしょう……? 鳳凰様はここに答えがあるって……! お願い、何か……何でもいいから出てきてよ……っ!」
焦りから指先が震え、棚から落ちた古い木箱がガラガラと虚しい音を立てて崩れ落ちる。
時が経つにつれ、圧倒的な無力感と絶望がシオリの胸を押し潰していった。
「やっぱり……私には何もないんだ……。トウマさんたちの隣に立つ資格なんて……最初から……」
膝から崩れ落ち、静まり返った奥の院で、シオリは一人涙をぽろぽろとこぼした。
自分にはトウマのような特別な能力も、アーサーのような誇り高き剣技も、ソフィアのような高い知恵もない。結局、自分は誰の役にも立てないまま終わってしまうのか。
冷たい床に手をつき、むせび泣くシオリ。
その時、彼女の目に入ったのは、床の上に転がっていた一本の幼い頃の練習用竹笛だった。
幼い頃、一族の教えとして……そして姿を消した家族を想いながら、一人寂しい夜に祠で毎日のように奏でていた、九十九一族に代々伝わる子守唄のような静かな楽曲。
(……トウマさん……)
シオリは震える手でその竹笛を拾い上げ、涙で濡れた唇を当てた。
もう秘術も、古文書もどうでもよかった。ただ、今この胸を引き裂くような切なさと、「みんなを守りたい、トウマさんの力になりたい」という溢れんばかりの切痛な想いを込めて、シオリは代々受け継がれてきた旋律を奏で始めた。
——ピーヒャララ……ピッ……。
澄んだ竹笛の音が、静寂の奥の院に響き渡る。
悲しくも、どこか優しく、温かな風のように広がるその音色。
シオリが涙を流しながら曲を奏で続けていた、その時——。
——キィィィィン……ンン……
「え……?」
シオリは演奏を止めた。
奥の院の中ではない。外の祠から、シオリの奏でた旋律に共鳴するように、澄み切った神聖な鈴のような音が鳴り響いていたのだ。
シオリはハッと目を見開き、弾かれたように奥の院を飛び出した!
「今の音は……外の祠から……!?」
霧の立ち込める境内へと走り出ると、いつも見ていた小さな石造りの祠が、眩い二色の光を解き放っていた。
一つは、爽快な嵐を思わせるエメラルドグリーンの光。
もう一つは、天を貫く雷光のような眩い漆黒と蒼の光。
光の中心へとおそるおそる近寄り、石の扉をそっと開けたシオリは、息を呑んだ。
台座の上に並べられていたのは、古文書でも巻物でもなかった。
美しく磨き上げられ、神秘的な霊気を静かに揺らめかせている二つの宝玉——『風神の勾玉』と『雷神の勾玉』だったのだ!
「これ……は……? 風神様と……雷神様の……勾玉……!?」
シオリがそっと手を伸ばすと、二つの勾玉はまるで長年の主の訪れを待っていたかのように温かく輝き、シオリの手のひらへと吸い寄せられるように収まった。
その瞬間、シオリの頭の中に、一族の始祖の温かな声と、二柱の霊精の力強い鼓動がドクンと流れ込んできたのだった——!
読んでいただきありがとうございました!
少しでも楽しんでいただけたら、ぜひブクマや評価(★)で応援してもらえると嬉しいです!




