6 英雄たち
突如王都を襲った、謎の巨大魔物。
雨、風、雷。荒ぶる天候をもたらす強大な魔力を前に、ミラたちは連携して弱点を見つけ、見事打ち破る。
ところ変わって、騎士団本部。
緑踏隊は本来、測量と記録が本業であるが、有事の際は情報収集・共有の部隊として、騎士団本部と観測塔を中心に活動する。
観測塔を伝って、緊急作戦本部にある情報が入って来た。
「……そうですか。報告ご苦労さまです、引き続き被害状況の調査をお願いします。赤動隊が復旧活動に入るので」
緑踏隊隊長、ヒスイ・マルターは、通心魔法陣を介して、緑踏隊に通達した。
その同室には、騎士団長、アルトリスが座していた。
「団長」
「報告は私も見ていた。どうやら敵は、白流隊が討ったようだな」
「はい。白流隊隊長の緊急任務指令のもと、独断での作戦実行ですが、魔物の落下は完全に防いだ、と」
「素晴らしい判断力、そして実行力。あれほど巨大な魔物、通常ならば討伐作戦の立案に数日を要するところを――大金星だな」
「正確には、ハルト・ロダンも本作戦に参加していたようです。まだ正式に白流隊に編入する前ですが、部外隊員による緊急任務については……」
「不問に付す。だろう、ルキウス?」
その呼びかけを聞いたヒスイは、顔を上げた。
老兵ルキウスが、作戦本部に入室するところだった。
「ああ。ま、やつは対外研修中だ。仮にも白流隊の兼務状態ってわけ。仕組みの上でも、ロダンを罰する理由はないな」
「さて……。火急の状況は過ぎたな」アルトリスは席を立つ。「ヒスイ隊長、引き続き被害状況の調査を頼む。大金星とはいえ、緊急任務の建付けは守らないとね」
「はい」
「私は王に報告するので、いったん失礼する。ルキウス、この場はしばらく任せるよ」
「はいはい、雑用は青飛隊にお任せあれってな」
そして、ルキウスの横をアルトリスがすれ違う。
“例の案件だ”
アルトリスが口の動きだけで、ルキウスにそう伝えた。
ルキウスは目を細めるだけで、それに頷く。
そして、ぎい、と音を立てる扉の向こうに、団長は立ち去った。
文字通りだが、王都アルレリアには王城があり、王城には王がいる。
レリア王9世。
都の名前の由来でもある。
彼のもとに、アルトリスは謁見した。
団長が訪れた、と見るやいなや、レリア王は側近たちに「外せ」と命じた。
数名の側近と護衛が立ち去るのを見届けたあと、アルトリスは切り出す。
「脅威は去りましたので、ご報告申し上げます」
「ああ。他にも要件があるな、アルトリス?」
レリア王は、ひげの奥で口角を上げていた。頬は痩せ、老骨ではあるが、肌色は実に健康的である。
子供のころから変わり者で知られ、側近たちを困らせて来た男だ。
また、帝王学などそっちのけで王立魔法学院に10年以上籠っていたことでも知られ、時の王、レリア王8世がいよいよ体調を崩したときに呼び戻され、ようやく王座についたというエピソードも有名だ。
王族というより経営者に近く、性に合わないし頭を下げられなくなる、という理由で王冠は台座の脇に無下に引っ掛けてしまった。
実に不遜な人物だが、王であるがゆえに不遜で問題なく、そして自分の情より一次情報を優先する学者肌がゆえに、かえって人の話を最後まで親身に聞く。
「――例の“大いなる存在”の件です」
「うむ。聞かせよ」
「作戦本部にも緑踏隊の記録は残っていますが、私は自分の目で、今回の脅威を見ました」
アルトリスが顎に手をあてると、視線が斜め下に向く。
「私の長い騎士人生の中でも、あの手の魔物は、見たことがありません。身にまとう魔法は災害そのもの。生命としての活動ではなく、どちらかといえば、機械の側面を強く感じます」
「“2つは人の味方。1つは中立。2つは災禍。1つは人の敵”――今回の脅威が、災禍か?」
「そうかもしれませんし、そうでないかもしれません。正直なところ分かりません」アルトリスは、首をゆっくり振った。
「さきほどのアレが、敵が差し向けた攻撃とも、中立の落し物とも判断できない。大いなる存在が、予知者を昏睡させるほど我々の理解の及ばない上位存在なら――いまだ観測自体できていない可能性もあります。宙に浮かぶ星を一か所に集めて積み上げるような難題かもしれませんから」
「不明さも定量化してくれるところがお前の良い所だ、アルトリス。ではゆくゆく、どう判断する? 我らの“敵”と、“災禍”は」
「予言通りなら、我々には2つ味方もいるはずです。大いなる存在同等の味方が」
「ふむ。それで?」
「我らに観測できない対象も、同等の存在ならば見つけられるかもしれない。故に、白流隊にハルト・ロダンを預けたのです」
「ふむ……。ハルト・ロダンが大いなる存在の“味方”か“中立”いずれかであることが前提なのだろう? 本当にやつが大いなる存在なのか? ルキウスの目利きは信用に足るが、今回の件ばかりはな――」
「はい、まだ全くの賭けです。しかし人類の滅亡がかかるなら、今のところ割の良い賭けです」
「ふん。言いにくいことをはっきり言う奴め」
「それに、いずれにせよ歴代最高戦力の2大巨頭、ミラ・ライトとハルト・ロダンが同じチームにあることは、防衛上最善手です。これについては、ルキウスの提言に全面的に賛成します」
「ふむ……」
ルキウスの提言はこうだ。
もし仮に、ハルト・ロダンが大いなる存在と無関係の「単に強い人間」ならば、ミラ・ライトと組ませることが人類最強の戦力構成であり、大いなる「災禍・敵」に対抗するうえで最善手である。
もし仮に、ハルト・ロダンが大いなる「味方・中立」ならば、ミラ・ライトの特定任務に同行することで強大な敵を見出す機会を増やし、いずれ大いなる「災禍・敵」も見つけることが最善手である。
もし仮に、ハルト・ロダンが大いなる「災禍・敵」ならば、やがてロダンは人類の敵になる。その時、ロダンを最も討伐しうる存在――つまりミラ・ライトと組むことが最善手である。
――いずれのケースにおいても、ハルト・ロダンとミラ・ライトは、共にあるべきである。
「その事、ミラ・ライトとハルト・ロダンには?」
「言っていませんし、これからも決して言いません。往々にして、予言に謳われる未来に干渉可能な当事者に外部干渉することは、未来をより歪め、混沌を極めるとされます」
「“未来の英雄は自らが英雄たるを知るべからず”、か…。予言の基礎だな」
「これ以上の干渉は、我々はしません。何があろうとも只の監視に努めます。王も、極力無知の振りに徹してください」
「はっはっは。王への申し出とは思えんな…! よい、よい。無知無能の振る舞いなら、先代の真似でもしていればよかろう。話が以上なら、下がって良い」
「はっ」
アルトリスは、謁見を終えて立ち去った。
一人残った王は、指を組み交わす。
「未来の英雄たちか。ミラ・ライトか、ハルト・ロダンか……ふむ…」
*
もう夜だった。
白流隊舎には、すっかり疲れ果てた様子の面々が集まっていたが、仕事をやり遂げたあとだからか、表情だけはどこか晴れやかだ。
「みんな、今日は本当にご苦労様!」ミラの一声に皆がそれぞれ応じる。
「お疲れ、ミラ~! それにロダン君も! まさか対外研修中に緊急任務で、あんな魔物の相手だなんてねぇ」レアンが二人をねぎらう。
「本当にな! だが彼の活躍はすごかった。僕の目から見てもミラに勝るとも劣らない動きだった」
「それホント? 噂通りなのね」カフカが目を丸くした。
「い、いえ! 皆さんのサポートあってのことです!」ロダンは首を振る。「ザエルさんがいなかったら、途中の魔法で普通にやられてたと思いますし、レアンさんがいなかったら魔物倒せないままだったと思います」
「あら~嬉しい事いってくれるね~! ありがと! でもそれが役割だから」
「だな。俺も普段はミラのサポートが役目だ。今回はロダンが入っても何とかなるって分かって良かったよ」
「そういう連携の練習は、もっと普通の任務でもやっておきたいところね。今回みたいなのじゃなくて」
「普通って言っても、うちでは特定任務だけどね~」レアンが、カフカの発言に補足を添えた。
わいわい談笑する4人を眺めて、ミラはひとまず安堵の息を吐く。ロダンは上手くやっていけそうだ。今は対外研修に過ぎないが、これから正式に入隊しても特に問題ないだろう。
懸念があるとすれば、ロダンの周囲で偶に聞こえる声や、見える影だ。
今観察しても、彼の周囲に不自然なことはなにもない。
隊員が気付いている様子もない。
(……もしかして、おかしいのはロダンじゃなくて私?)
そう思うミラだったが、実は突拍子もない話ではない。
ミラの母親も、姉も、同じ病気に罹っている。そして幻聴や幻覚に悩まされていた。
これまでミラに症状が現れたことはなかったが――その時がついに来たのかもしれない。
(でも今、もし私が病気になっても、この隊にはロダンがいる。……あれ? そしたら普通に私、お払い箱じゃない?)
「そういえばミラ~、もともとやる予定だった任務、どうする?」とレアンが話を振る。
「えっ?」我に返るミラ。
「任務のこと。ミラ、なんか顔青くない?」
「いや、大丈夫! 全然平気! 任務についてはまた明日、改めて説明するよ」ミラは平静を装って返事をした。
すると、ザエルが手を挙げる。「悪い、隊長。実は赤動隊から、明日午前に手伝いを依頼されててな。王都が受けた被害もかなり大きかったもんだから、氾濫した川の周囲だけでも急ぎ復旧するんだ」
「それなら、実は私も。金泳隊が応援を求めてて。王城の結界を張り直すんだって」カフカも続く。
「今回みたいに王都に魔物が直接現れるのって珍しいからねぇ、緊急の要請多いみたい。どうする、ミラ」
ミラは、ロダンを一目窺ってから、頷いた。
「――うん、分かった。なら明日の午前は自由行動。ロダン、貴方も鍛錬なり応援なり、好きにして良いよ。白流隊に集まるのは午後から」
「はい! 了解です」
「私も午前中は舎を空ける。でも午後には戻るから」
ミラはそんな風に曖昧に言い残すにとどめた。
そして次の日。朝からミラは、姉のいる王都総合病院を訪れていた。
第7話『姉』
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