5 新・白流隊(仮)
対外研修でロダンを迎えた白流隊の面々。
彼を連れて高難度任務に向かうため、作戦会議の最中。急激に天候が崩れ、空から巨大な魔物が現れる。
王都に響き渡る警報を聞いた白流隊とロダンは、魔物の討伐に打って出て――
街中では、赤動隊と青飛隊が協力して、市民の避難誘導を進めていた。
「王城の方へ向かってください! 焦らず、結界のある方へ!」
「川は増水の危険があります、近づかないように!」
「引き返さず、まっすぐ、順番に進んでください!」
そんな人の流れを足元に、白流隊とロダンたちは、屋根の上を走って目標地点を目指す。
皆の視線の先には、巨大な眼球の魔物が、今も高度を下げつつあった。
「ロダン君、これ、襟か耳の後ろに付けといて」レアンがロダンにピンを手渡す。「私には魔法でみんなの声が聞こえるようになるから、それで連携とるよ」
「はい!」ロダンは頷き、耳にかけるようにピンを付ける。
『あー、あー。全員、声聞こえる~?』
魔法により、レアンの声が耳元から流れて来る――。
『走りながら聞いてね~。
緑踏隊は既に被害規模の測量を終えて、避難経路を発表してる。
落下予想地点はここから3キロ先。
あのでかいのが落ちてくるまで、推定あと15分くらい』
「了解、間に合うわね」
『測定魔法によると、アレも一応、”組成”は魔物みたい。
地面に落ちる前に勢いを殺すか、空中にいる間に崩壊させないと。
でも、弱点の測定はまだできてない』
「あのデカブツを空中で解体は骨が折れるぞぉ…。なんとか現地観測で弱点を見極めるしかないな」
『その通り。
魔物だとしたら、魔力の供給源の心臓部があるはず。
魔力が供給されなくなった魔物の肉体は、自己分解する。
地面にもしぶつかっても、その拍子で分解して、衝撃はなくなるはず。
まずは弱点を探る――』
「レアンなら近づけば見つけられそう? 周囲に浮かんでる羽毛もかなりの魔力だし、雷も帯びてる」
『近づくのは必須だけど……
正直、解析には不利な条件だね~。
魔力・雷、両方ともノイズになる。
それに、天候を操る莫大な魔力の渦の中にある。
雷の羽毛か、天気…
どちらかだけでも軽減できれば』
「あれが使ってる魔法は解析できる?」
『そこまでは、もう緑踏隊で終わってるよ~。
眼玉の周りで回ってる羽毛の円環が術式。
あれが、魔法陣そのもの!
破壊すれば、周囲の影響も軽減できるはず』
「分かった! ロダン、ザエル! もっと早く走れる?」
「はい、行けます!」ロダンがミラの隣に並ぶ。
「僕も行けるぞ」背後から応じるザエル。
「私たち3人は先行して魔物の落下予測地点に向かう! ザエルは地形魔法で高台を作って。出来るだけ攻撃の打点を近づける。ロダンは私と一緒に、あの円環の破壊……行けるわよね?」
「了解!」
「期待してるぞ、新人!」
「はい!」
「カフカはレアンの補佐と護衛をお願い! 新しい脅威が来たら、すぐに教えて」
「了解」『了解~』
「行くよ!」
ミラたちが全力で駆けだす。
元赤動隊で体力、機動力いずれも優れるザエルはもちろんのこと、ロダンもその速度についてきた。
近づけば近づくほど、風と雨が強くなっていく。
そして眼球が徐々に回転を緩め、接近するミラたちへ、黒目がぎょろりと向いた。
「こっちを見た…?」
『ミラ!
円環、形態変化あり!』
レアンの声と同時に、魔物が纏う円環が2列に別れ、互いに交差するような角度で回り、加速し、甲高い音を立て始めた。
駆けるミラたちの足元に、雨水を伝って、電気が走り始める。
『ま、魔力収束…!
溜めだ~!』
レアンの声に焦りが滲む。
「隊長! ヤバそうだ、何か仕掛けて来るぞ!」ザエルの声も重なる。
『……ウフフ、フッフッフッフッ……!!』
魔物の不気味な笑い声が、不敵に変わった。
交差する2つの羽毛の円環が激しく回り、周囲に浮かぶ羽毛も同じ運動をし始める。
「レアン、金泳隊の結界は!?」
『こっちはカフカが結界を張ったよ!
街も多分大丈夫、金泳隊がやってる!』
「ここの防御は任せろ!」
ザエルが跳躍し、着地と同時に、巨大な土の防壁を即座に形成した。「はやく壁の陰に! 壁を増やしていく!」
「ロダンも!」
「はい!」
二人が壁の陰に身を滑り込ませたところで、ザエルは魔法を使い、防壁をさらに2枚、3枚と増やしていく。
魔物の周囲を回る2つの円環は激しい音を立て始め、空気が痺れる感覚が周囲を満たし。
そして。
『アアアッ嗚呼嗚嗚”呼”嗚”ッ呼”ッ――!!』
空全体に轟く怒号。
魔物は身にまとった雷を太いレーザーのように収束させて、街の中心を目掛け、一直線に射出した。
光と振動が、空間を満たす。
凄まじい雷の奔流にさらされたザエルの防壁は、1枚、2枚、と崩壊していく。
「くっ、もつか…!?」
後方では、
ズンッ――……!!!
と空気全体が振動する鈍い音が響いた。金泳隊が展開した結界魔法が街への直撃を防ぎ、魔物の放った雷を空の方へ逸らしたのだ。
鉄壁を誇る拠点結界に、目視で分かるほどの亀裂が走り、金色の粒子が舞う。
一方、レーザーは静かに消えていく。ザエルの防壁は、最後が半分ほど削れかかったが、そこに隠れる3名を、見事守り切った。
「あっ…、あぶねぇ~ッ…! 隊長、ロダン君、動けるか?」安堵混じりの息遣いで、ザエルが振り返る。
「た、助かったわ、ザエル!」
「俺も行けます!」
3名は防壁から這い出、魔物の元へ駆ける。
魔物の真下にたどり着くと、その影がどす黒く、地面に暗闇を落としていた。
直下は意外にも雨や風が緩やかで、真上の空は、渦を巻く雲の中心に新円の穴が開き、青空が覗いていた。
そこから光が差し込み、不気味な魔物にすら、神々しさを与えていた。
「……落下予測地点、着いた!」ミラは宣言する。
『お…けー!
円……をお願い!』レアンの声が、少し途切れている。
「足場を組むぞ!」
ザエルが魔法を使い、土の高台を作り出す。「はあ、はあ…、土が泥っぽいな……! 俺はここで高台を維持する、攻撃は任せた、二人とも…!」
「ありがとう! ロダン、行くよ!」
「はい!」
ミラとロダンが、高台を駆けあがっていく。
水に濡れた、しかもほとんど垂直の壁を駆け上がるという離れ業を、その場にいる二人はさも当然のようにやってのけ、ついに高台の頂点に立った。
その接近に気付いた眼球の黒目は、二人のほうを向いていた。
夜の湖面のように、ミラたちの姿が映し出される。
「円環は二つね」
「俺たちも二人ですし、ひとつずつですか」
「そうすべきね。弱点部位を破壊しないと、再生する可能性もある。一つ一つやるより良い…レアン、まだ聞こえる?!」
『きこ…るよ~…。
ちょ……とノイジ……けど』
「これから、私とロダンで、円環を同時に破壊する」
ミラはゆっくりと話す。「円環が破壊されたのを見たら、弱点を捕捉して。円環は、再生するかもしれない」
『了…い』
「よし。息を合わせてね、ロダン」
「1,2の3で行きますか? それとも3,2,1?」
「あ……個人的にそれ、ちょっと苦手なのよね」
「そうなんですか」
ミラはずぶぬれになった手袋を脱ぎ、左手に持った。
「この手袋を放る。下に落ちるタイミングに合わせて、同時に切りかかる」
「ああ、今朝の手合わせと同じ」
「私が2時の方向に傾いた環を狙う。君は4時の方向に傾いた方をお願い」
「はい!」
「……行くよ」
ミラが濡れた手袋を、真上に放る。
最高到達地点。
そして白い軌道が地面に迫り―――
湿った音が微かに立った高台を後に、二人は跳躍した。
「はあああああっ!!」「おおおおおおっ!!」
きんッ、と鎖を切るような音が2つ同時に響いた。
魔物の瞳孔が広がる。
『キャアアァァアアアッ!!』
魔物の高い悲鳴が、天を貫いた。ほつれた円環が宙を薙ぎ、羽毛がぶわりと舞う。
雷の光がたちまち止み、風だけが空気を揺らす。
それを見たレアンは、即座に解析魔法を発動した。
そして叫んだ。
『……うそぉ?!』雷が消えたことで、レアンの驚く声が鮮明に聞こえた。
「弱点どこ、レアン!」「目!? 口!?」着地を待たずに、ミラとロダンはそれぞれ短く聞いた。
『眼球じゃない!
口でもない!
下にある!!』
「下!?」「下って――!」
下には、魔物の“影”しかない。
しかし影は、まるでその場から逃げ出すように動き出したのだ。
それと同時に、宙に浮かんでいた眼球と、雲の渦の中心も水平に動き出す。
「うわっ!? なんだ、気持ち悪っ!?」高台を支えていたザエルは、突然動き出した足元の影に驚く。
魔物は影の中を泳いでいるようだ。
ミラとロダンは同時に着地、すぐさま影の方へ駆け出す。
「本当に影が本体なんですか?!」
「どうやらそうみたい、眼球の方こそアレの影ってことね…ずいぶん立体的な影だけど――! レアン! 弱点は私とロダンで叩く!」
『できるだけ中心を狙って!
逃げられる前に!』
影は次第に収縮し、眼球も小さく、空の雲の渦も小さくなっていく。
「逃がさない!」ロダンが更に加速する。
後ろに置いて行かれるミラ。
(この子、速…!?)
ミラも後を追う。
ロダンの速さは、まるで彼が進んでいるのではなく、世界が後退しているかのようだ。
(私、騎士団で一番足が速かったはずなのに、追いつくので精一杯なんだけど…!? なんなの、この子!! まさか、私より足も速いの!? 負けない!)
意地の追い上げを見せるミラ。場違いな対抗心だったが、結果的に魔物を追いつめることになる。
二人はまるで競うように走り、ついに影の輪郭を追い越したのだ。
そしてその収縮よりも早く、円影の中心へと迫った。
「これで――」「終わり!!」
二人は息を合わせるまでもなく、互いが思う最速のタイミングで剣を地面に突き立てた。
そしてそれは同時だった。
『――イヤァァアアアアアア……ぁ……!』
影が絶叫し、渦を巻いて、一気に収束する。
同時に宙に浮かんでいた眼球も、ねじれて消滅。空の雲は、一気に晴れ渡った。
黒い羽毛は白く染まり、地面に近付くにつれて自然崩壊していく――
「はあ、はぁっ…。た、倒せた……?」
これまでの全力を超える速さで走ったミラは息を整え、立ち上がる。
空は、まるで通り雨の後のように晴れやかだ。彼女と同じように、ロダンも空を見上げていた。
雲から零れる光が差し込むと、彼の金色の目が一層輝く。
「倒した……っぽいですね」ロダンが言う。
「―――はあああっ、良かった」
ミラは水溜りだらけの路地にへたり込んだ。「すっごい、疲れた」と端的に体調を呟く。
「お疲れ様でした。レアンさんも、サポートありがとうございます! 弱点はやっぱり影でした」
『………』無音だった。
「あれ?」ロダンは首を傾げた。
「私たち、遠くまで走り過ぎたみたいね。通心魔法は、遠いと通じないから」息を整えながら、ミラは、顔を上げた。
気の抜けた笑みがこぼれていた。
「ロダン、お疲れ様。やるね君。いてくれて、よかったよ…」
「は、はい…! お役に立てて、良かったです」
一帯の住人は避難したあとだからか、人の気配は一切ない。
魔物がもたらした天候を避けたのか、野鳥すらいない。
今はそよ風が静寂を破ることすらなく、街の中にいながら、無音だった。
世界に2人しかいない、と錯覚しそうだった。
3人目が見えるまでは。
“それ”は、小さな背中をこちらに向けている。
人型だ。
子供だ。
裸足だ。
うすい空色の布を、おくるみのように、やわらかく纏っている。
髪色は星空色。
柔らかな髪はひざ下まで長く伸び、毛先の方ほど、徐々に透明になっている。
毛先は何かを探る触手のように無風の中でなびき、足は揃え、静かにたたずんでいた。
ゆっくり、ゆっくり、ゆっくり。
その首だけ、こちらに振り返ろうとしていた。
「だっ、誰!?」
「誰って……?」
ロダンは、周囲を警戒し、それからミラの方に向きなおった。「誰かいましたか?」
「いまの、見えなかった?」ミラの顔が青い。
「魔物ですか? 人?」
「いや…。なんか……」
幽霊みたいな。とは言いたくないミラ。悪霊の類を見るのは、昔から嫌いだった。
もし悪霊ではないとすると、“幻覚”を見た、と認めるしかない。それもミラは嫌だった。
「なんでもない。見間違いだった」と、まるで自分に首を振るようにミラは話を終えた。「も、もう帰ろう。皆も待ってるし、ザエルからも結構離れちゃったし……」
ミラは立ち上がろうとしたが、限界を超えた速さで駆けたことによる足への負担は、想像を超えていたようだ。彼女のバランスが狂い、ふらりと視界が揺れる。
「おっと、危ない!」気づくとロダンが傍にいて、彼女を抱きとめる。
ミラはまず驚いた。
彼の速さに。気付いたらすでにそばにいたのだ。
「……ひゅーう、ロダン君やるねぇ!」
するとレアンの声が聞こえたので、二重に驚く。
いつの間にか後続の隊員たちは二人に追いついたらしく、屋根の上からミラたちを見ていた。
ミラは激怒した。
「レアン~~!! 茶化すなァ!!」
――かくして、新・白流隊(仮)は、最初の任務を終えた。
第六話『英雄たち』




