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4 天気は午後崩れる

 ミラは、まず朝の出来事については言及せず、話をごまかすように(あるいは本題に戻るかのように)緊急の要件を話した。


 端的に語るならば、要するにロダンが今日から白流隊に来る。それが焦点である。

 

「午後には来るのか」ザエルは状況を飲み込み、埃叩きをいっそう握る。「よし、掃除に気合をいれないとな」


「私も魔道具、片付けよー。でも対外研修って、うちはどうするの?」とはレアン。


 “対外研修”の意義は、各隊の任務を体験することにある。

 青飛隊なら、総務および一般任務全般、他の隊への援軍派遣。

 赤動隊なら、災害地復興、インフラ点検や防災。

 金泳隊なら、防衛、治安維持、門衛など。

 緑踏隊なら、測量調査、魔術書管理。

 

 各隊は昔から存在しているので、対外研修で何をするかという“テンプレート”が定まっている。それはある種、各隊が自分らの使命をよく理解しているからだ。


 新設の白流隊には、そんなテンプレートが用意されていない。

 しかし役目は明確だ――


「高難度任務に行く。しか無くない?」カフカの提言に、皆も特に異論ないようだ。


 ミラは頷く。

「うん。普通の新人だったらちょっと考えどころだけど、ロダンは騎士団に在籍して半年。それに知っての通りの実力……。“連携”のことはあらかじめ話して、実際に高難度任務に行く」


「噂のロダン君の実力が見れるってわけか。そいつは楽しみだ」ザエルは含みのある笑みだ。「聞いた話じゃ、最初の研修任務でかなり強い魔物の襲撃に遭って、他の隊員がやられたのに単騎で突破したとか……本当かは知らないが、一時期よく聞いたぞ」


「らしいね~。研修任務って青飛隊の人と一緒にフィールドワークするやつだよね? 一緒にいた団員を倒したほどの相手に一人で勝ったってことだよね」


「それだけでロダン君の実力が分かるってもんだ」


「うん。彼の実力は間違いないと思う。任務は私が選ぶけど、問題ないと思う」

 ミラは素直に頷く。


 レアンは嬉しそうだ。「そういえば面談はしたんだよね~! 強い人同士、語れば分かるってことかぁ」


「まあ、そういうこと!」ミラは腕を組んで、視線を逸らす。


 すると、カフカが「うん?」と首を傾げた。

「ミラ。貴方の首、どうしたの? ガーゼ?」


「えっ?」ミラの声が裏返る。「あ~…っ、これはちょっと…。昨晩、部屋で物が崩れて来て? 擦り傷よ! 心配ない」


「あら、そう」

「隊長はすぐ物を積み上げるからな…。ロダン君が来るまでに、机の書類の山だけでもファイリングしてくれよ」

「あ、ついでに私の申請の承認、早めにお願い」

「あ、私のも~」

「僕のも頼む」


「わ、分かった。すみません…」

 立て続けの要請に気圧されて、ミラは足早にデスクに向かう。


 最近身に染みたのは、隊長は身分の高い偉い雑用、ということだ。隊員は役割をもち、隊長はそれ以外の足りないものも補う。

 実際は、ミラが補われてばかりだ。隊にはミラより経験の長いカフカやザエルがいる、というのも大きいが。


(強いだけじゃダメだよね、隊長って…)


 改めて自問しながら、デスクについた。


 ミラは承認待ちの書類を順番に見ながら、ファイリングを進めていく。

 すると、次第に頭の中に別の思考回路が動き出す。


(今朝の手合わせのこと、言わないままになっちゃった…。あのこと、話すべきかな?)


 ともかくミラが悩んだのは、単に敗北したから言うのが気が引ける、ということではなかった。

 ロダンの裏に眠る、あるいは、覚醒している“何か”。

 そのことについて、皆にも意見を求めるかどうか、ということだ。

 

 強さという尺度で図るべきではないものだと、ミラは直感していた。


 では精神や運の類か、と問われると、それもまた違う、と思っていた。

 魔法で能力を底上げしているような次元でもない。

 

 剣戟と剣戟、刹那と刹那の狭間で、ミラに語り掛けた“何か”。

 それがロダンにはあるのだ。


(何かがロダンに憑依してる? でも、人格には問題がない)


 今朝の出来事を思い出す。

 まるで母親のお節介のような彼の言動。記憶すら恥ずかしいので、すぐ考えを止めた。


 彼は変人かもしれないが、いわゆる憑依が人格に影響している様子ではない。


(もし悪霊の類の影響を受けてたら、入団時のネガティブチェックで弾かれる。それに、あんな芸当ができる悪霊がいたら、彼自身が討伐対象になっておかしくない)


 そこで、ハッとミラは気付く。

 ロダンは騎士団に入って既に半年。


(その間、誰も彼の違和感に気付かなかった? あれと対峙した人はいない…?)


 すると、ある人物の顔が浮かんだ。

 ルキウスだ。


(もし相談するなら、師匠(ルキウス)か…。でもなぁ~~~師匠に相談はなぁ~……)


「はあ…」と、ついため息が漏れた。



 そんな彼女の様子を、職場を整理していた面々が見守る。

「私の申請書、そんな悩ましかったかしら。いつもと同じはずだけど」

「ミラがあんなに書類仕事で真剣なの初めて見るかも…」

「隊長の矜持がついてきたのかもな。隊長の手本がルキウスさんだったから、無理もないが」

「ぷっ…。ザエルさん、それは酷いですよ~」

「ミラの方がちょっとマシよ」


「聞こえてるんだけど!?」





 *





 いよいよ運命の時、午後が来る。

 皆、舎の中で防衛任務のような面もちで、ロダンの訪問を待つ。

 昼休憩の終了を報せるベルが、間もなくごーん、ごーん、と低く唸るころだ。


「……なんか緊張するね~」

「いや、別に緊張なんか……」

「僕は楽しみだ。ウチに期待の新人が来るなんてワクワクする」

「胸騒ぎがする」

「えっ?」


 発言したカフカのほうに、皆の視線が向いた。

 彼女は窓の近くで、目を細めていた。ガラスに手を添え、曇天を見つめている。


 かたかた、と窓は震えていた。

 それを見たザエルも、目を細める。


「午後は天気が崩れるな。しかもこの風が脈動するような感じ、結構降りそうだ」

「そうね」


 すると、窓から外を見つめる二人が、同時に「あっ」と声を上げた。


「き、来た!」


 急いで引き返してくる二人。

 直後、ごーん、ごーん……と休憩が終わり。

 こんこん、とノック音が微かに室内に響いた。


「ものすっごい時間ぴったり」

「秒刻みで計ったみたいね」

「あのベル、鳴らす人によってずれるのにな」


 小声で皆が囁き合うなか、ミラが声を上げる。


「こほんっ…。どうぞ」


「はい! 失礼します!」


 ドアが開くと、好青年が現れた。


「初めまして! 青飛隊隊長の命により、本日からこちらにお世話になります、ハルト・ロダンです! まだ在籍半年ですが、よろしくお願いします!」



 その第一声に、あっという間に皆が心を許してしまいそうだった。

 なにも特別なことを言ったわけではないが、彼の自然な明るさの声色と、よく通る声は、根が体育会系の騎士団にとって良いものだったからだ。



「やー、ロダン君。待ってたよ~!」レアンがまず歩み寄り、それに続くようにミラ以外の二人もロダンの元へと向かう。


「あの、突然の話でしたのにすみません。よろしくお願いします」ロダンはぺこぺこと会釈する。


「こちらこそ! レアン・ルル、元緑踏隊だよ~。ミラと同期」

「私はカフカ・ローズ。元金泳隊で防衛班。よろしく」

「僕はザエル・ガレオン。一つ前の所属は赤動隊だった。よろしくな」


 順に自己紹介を聞き、ロダンは一つ一つ頷く。

 その様子を、ミラは一歩引いたところから見ていた。

 彼の、目を。


(う~~ん…。私の気のせいなのかな、朝に垣間見たアレは……。今の彼は、普通に……凄く、好青年だ)


 改めて、対抗心を抜きにして、まじまじと公正な目で観察に徹する。


 彼は街で歩いていたら、こっそり二度見するくらいに端正な顔立ちだ。

 表情も声も常に明るく好印象で、深淵と無縁そうな金を帯びた瞳が、特に目を引く。


 そのせいでミラは、よく彼と目が合ってしまう気がした。

 つい、今もだ。


「……私はミラ・ライト。知ってると思うけど、白流隊の隊長。もともと、貴方と同じ青飛隊よ」


「はい! お話はかねがね聞いてます! 今朝も手合わせいただき、ありがとうございました!」


「ん?」「手合わせ…?」「手繋ぎじゃなくて?」

「えっ? ああ~、ええっとぉ……」


 レアンたちの視線が突き刺さる中、ミラは彼女たちの興味を、咳払いで一蹴した。「はいはい! じゃあもう席ついて! 対外学習で何するか、説明するから」


「はい! あ、僕はどこに座れば?」

「自由で良いよ~」


「まず白流隊の役目だけど、“高難度任務を解決すること”にある」


 ミラは、黒板にあらかじめ記しておいた板書の傍で話を始めた。


「高難度任務は2種類。一つは緑踏隊の判断により、危険性の高い脅威の対処が必要と定められた“特定任務”。各隊に打診が届き、名乗りを上げた隊が出向くから命令で動く“一般任務”とは違う。ただし白流隊は、特定任務を“団長命令”として解決する」


「もう一つはなんですか?」


「“緊急任務”。急に現れた脅威の討伐・武力制圧を要する場合、特定任務として打診される早く対処が必要となるケースがある。例えば、王都の街中に、明らかに強い魔物が現れたときとか。その場合、緊急任務は、白流隊隊長の権限で自らに任命する」


「なるほど…。それが“緊急”。僕が入ってからは聞いたことが無いですね」


「王都において脅威は日々発生してるけど、ほとんどは金泳隊が対処して、順次解決されてる。だから私たちの役目は基本的に、特定任務の処理――君は既に高難度任務の経験があるそうだけど、対外研修でも、手伝ってもらいます」


「はい! よろしくお願いします」


「というわけだから、まず最初に、この―――」ミラが任務の書面を掲げる。





 カーン!カン!カン!カン!カン!!

 プァーッ、パッパッパッパッ!!





 けたたましい音が、午後のアジェンダを破った。


 ザエルが窓の外を見る。急に降り出した雨と殴るような風が、窓を激しく叩いている。


「いまのは?」ロダンが周りに尋ねる。


「災害出動のベルだ…!!」「魔物もいる、汽笛が鳴った」

 ザエルとカフカが同時に声を上げる。


 ベルと同時に動いていたミラは、ドアの外に出るところだった。


「……なによ、あれは」


 激流のように渦巻く曇天の暗い雲に紛れ、それは浮かんでいた。

 暴風、暴雨、雷鳴。

 真黒、羽毛。

 眼球。


 むき出しの巨大な眼球が羽根で出来た円環を纏い、地球儀のようにゆっくりと回り、黒い羽毛を雪のように散らしながら、静かにアルレリアの街へ降り立とうとしていた。


 眼球の裏側には――嬉しそうに笑う巨大な口が歯を剥いて。




『アッハッハッハ……!!!!』




 雷鳴に混じり、不気味な低い笑い声を、盛大に轟かせていた。


「魔物…? か? 不気味だな」追って出て来たザエルも、雨に打たれながら空を見つめる。


「かなり大きい。街に落ちるだけで、被害は甚大ね」カフカが続く。


「いろいろ考えている暇はない感じね……! 危険度の高い魔物なら、私たちの出番になる」ミラは、手袋をはめる。


 既に金流隊と赤動隊は動き始めていた。緑踏隊は、状況の観測と記録、警報を担う。


 訓練通りなら青飛隊の人員も3分の1が金・赤の応援に出動し、3分の1は緑の支援。

 残り3分の1は、待機班として、さらなる不測の事態に備える。


「レアン、動ける?」

「もちろん! ちょうど魔具の手入れしてたから準備万端!」

「――ロダン、貴方は?」


 振り返る4人に、ロダンは頷き一つで応じた。

「無論、行けます!」


「よし――白流隊隊長のもと、緊急任務発令! 当該脅威の落下予測地点に最短で向かい、迎撃に備える! 破壊を目標とする!」


「了解!」

 全員の返事が揃い、一つの声となって響き、同じ方へ駆け出した。

 




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