2 わ、私の負け…?
最強を謳われる後輩のハルト・ロダンに、対抗心を燃やすミラ・ライト。
しかし人事会議で異例の緊急辞令があり、当のロダンがミラ率いる白流隊に入隊することが決まってしまう。
「え~っ? じゃあロダン君がうち来るってこと?」レアンは、人事会議の顛末を聞いて目を丸くした。
「そうよ、なんでこうっちゃうわけ?」
場所は再び酒場。
隅の一席で、ミラとレアンは杯を手にしていた。昨日の壮行会に続き、反省会である。
「ルキウス隊長もアルトリス団長も人が悪いよ! 団長決定の人事なんだったら先に教えといてよ」
「まあ、あの二人のことだし何か深い考えがあってのこと……。それか、単にミラをからかったか、どっちかじゃないかな」レアンは苦笑い。
「もう後者じゃん、絶対。“ロダンをよろしく頼んだぜぇ~~へっへっへっ!”、って言ってたし」
「ほんとにぃ? 本当にそんな言い方だった?」
レアンが訝しむ。ミラは杯をあおる。
ミラはもともと青飛隊に所属していて、ルキウスの下で働いていた。
上司部下であり、師匠と弟子だ。
素質は完璧で、あとは剣術を磨くだけという状態で編入してきた少女の才覚を、研修場に立ち寄ったルキウスが見抜き、自身の隊に招いた。
そして剣術の極意を引き継がせた――結果として、3年目にはミラは独立して白流隊を編成することになるのだが。
「ごめん、遅れた」「おいおい隊長、もう酔ってるじゃないか。大丈夫か?」
背後から声がして、ミラたちは振り返る。
白流隊のメンバー、カフカ・ローズ。目鼻立ちがはっきりとしていて、ぱっつんと切りそろえられた黒髪が目を引く女性で、元は金泳隊として防衛にあたっていた。
金泳隊は防衛の要で、遠征任務が少ない代わりに重装や盾を用いてきた彼女は肉体が鉄のように鍛え上げられ、打たれ強さ、筋力はミラにも勝る。また金泳に伝わる独自の結界魔法「金継ぎ」の使い手であり、隊の防御を担う。
もう一人はザエル・ガレオン。妻子を愛する30代の騎士で、元赤動隊の所属だった。目が細く、温和な印象を与えるが、ガタイはがっちりとしている。
隊で最年長でありながら、災害対策時に三日三晩不休で活動した経験も多く、精神力、体力は隊でもダントツだ。簡易拠点設営の造詣が深く、魔法で簡易的な地形操作も可能な遠征時の要であり、落ち着きのある性格も相まって、白流隊・副隊長を務めている。
「カフカ、ザエル、来たね。昨日の人事会議のこと、報告する」
さて、レアンに先に説明していた内容と同じことを、二人にも説明する。
カフカとザエルは、互いに顔を見合わせた。「本当にルキウス隊長、そんな言い方を?」「ルキウスさん、そんな言い方だったのかい?」
「いや、言い方はともかく! 肝心なのはロダンがウチに来ちゃうってこと!」
「結構なことじゃない。ウチの戦力も強化されるし、悪い事なんてないでしょうに」カフカは肩を竦める。
「そうとも。そんな噛みつくことないだろう、良い事だ。隊長、前に青飛隊と任務の取り合いになるのは困るって言っていたろ? 悩みも解消される」ザエルはもはや、娘を諭す父親のような口調だ。
「いや、それはそうだけど、そうだけどぉ……」
煮え切らない態度のミラに、周囲の3人は肩を竦めた。
(全く、この子けっこう子供なのよね)
(はあ、この娘は私がいないとダメね)
(仕方ない、隊長は隊員が支えないとな)
皆、アイコンタクトも無しに殆ど意思が統一される。
ミラは戦闘や有事に関する瞬間的判断能力――戦闘IQと騎士団で言われる――は高いが、ときに意地っ張りで子供っぽい側面が出て来る。
白流隊の3人にとっては、慣れたものだった。
「まあ、ミラが対抗心を燃やす当人が近くに来ちゃったら、やり辛いったら無いよね~。ウチは連携が命だし」まずレアンが先陣を切り、ミラの心中を汲み取った。
「そうなの! あっ、いや別に対抗心とかじゃなくて、連携が大事だから…!」頷くミラ。
「しかし隊長、当のロダンのことは知っているのかな?」ザエルがそう切り出す。
「え?」ミラは眉を上げた。
「ミラ、ひとまずロダンのことを見に行ったら良い。正式な人事異動ならば、面談の機会も設けるべきだ。私たちを白流隊に編入させたときも、そうしただろう」カフカが続く。
3人に冷静に進言されて、ミラも頭が冷えて来た。
酔いに火照る頬が、やたらとあつい。
「わ、分かったよ。私、ロダンとちょっと話してみる」
「そういえば、話したことある?」
「ない」ミラは杯をあおる。
*
早朝の訓練場。
かん、かん、かん…と、一定のリズムで丸太人形をたたく音がする。
聞いたところによれば、ロダンは夜明け前から鍛錬に励んでいるそうで、訓練場に行けば必ず見つかる、とのことだった。
(それにしても、こんな朝早くから)
ミラは目を細める。彼女もたいがい早起きだが、未明から訓練を始めるほどではない。
訓練場を進むと、徐々に木の剣の音が近づいて来る。
距離は50メートルほど隔てていた。
そのとき、ロダンは、ふと振り返ったのだ。
金色の眼。
眉が見える程度に整えられた茶髪。
体格は騎士としては平均的ながら、素振りをする姿勢に一辺の狂いもなく、新品の丸太人形の首元だけが訓練用の木剣の輪郭に沿って凹んでいる。
50メートル離れたところから歩み寄るミラに気付いたように、その目は、じっと彼女のほうに向いていた。
ミラは、ぞっと背筋が震えた。
(この子…。こんな感じだったっけ…?)
当のロダンは、歯を見せて爽やかに微笑んだ。
「あっ、おはようございます! お疲れ様です! ――白流隊のライト隊長ですよね? 俺、来年度から白流隊に編入するみたいで……。今後はよろしくお願いします!」
言動が光を放ったのではないかと思えるほど純粋さな表情で、彼は駆け寄り、一礼した。
「あっ、こ、こちらこそ」ミラのほうが押され気味だった。
「俺、白流隊が憧れで! ルキウス隊長にも“お前は白流隊の方が向いてるぞ~はっはっは”って言ってくれてたんですが、本当に入れるなんて」
「くぅっ……」
「え? な、なんですか?」
「いや…。ちょっと、急に自分の小ささが気になっちゃって…」
器のことだ。
背丈については、ミラの方が少し高い。
人間性の差に明暗がついてしまいそうだったので、ミラはロダンの年齢が気になった。
「君、今いくつ?」
「今年で19です」
「19…? 私が入団したときと同じね…」
「そうだったんですか!? それで今は隊長って、すごいですね…」
「ふっ…君に言われても嫌味に聞こえるわ」
ミラは、あらためてロダンを観察した。
実は、初見ではない。
一方的に彼を視認したことはあった。
当時から只者ではない、ということは感じ取れていたが、いま、改めて見ると。
(強い、というより、異質…?)
最初に振り返ったときのロダンの表情、視線。目付き。
強者固有の気配はもちろんだが、その奥に何か、違和感も感じたのだ。
ミラは訓練場に立てかけられている木の棒を手に取る。全て同じ長さに切り揃えれていて、兵団の量産型の剣と同じ重量に調整された、いわば“木剣”である。
フォンッ、と空を軽く薙いで、丸太の断面をきっさきに見立てて、ロダンに差し向けた。
「手合わせしてくれる? 1本先取で」ミラは言う。
「い、いま? 隊長とですか?」
「そう。面談の代わりに、ね。うちは高難度任務の専門部隊だから、言葉や理論で語れる事ばかりじゃない――だから、剣で語るの」
「なるほど…。分かりました。隊長がそういうなら、俺も本気で行きます」
ロダンは、数歩距離を取り、ミラと同じように切先を向けるように構えた。
ミラはポケットから、白い手袋を取り出す。
「この手袋を投げて、地面についたら試合開始。致命傷に当たる部位――胴、首、頭。あるいは、足首に一太刀浴びせたほうの勝ち。魔法もあり。掠めただけなら、判定無し」
「分かりました」
一陣の風と砂塵。
ミラが手袋を、真上に放る。
最高到達地点。
そして白い軌道が地面に迫り―――
ぽすっ。
「…!!」「ッ!?」
足元に舞った砂塵は、既に背後に。
両者、すでに間合いを詰め終えていた。
ミラの突きは、ロダンの胴。
ロダンの一文字は、ミラの首。
それぞれ、掠め、躱し、視線だけが剣戟のように交差し、火花を散らす。
(は、速っ――!)ミラは、その一太刀目で、歯を剥いた。
一瞬の体捌きから、二人が再度、剣を振るう。
かーんっ……と両者の木剣がぶつかり合い、高い音を響かせる。
空を斬る音。高い剣戟音。空を斬る音、高い音、空、高、空、高高高高――……
ミラの剣戟が早くなるほど、ロダンの剣戟も呼応するように早くなっていく。
見切っているのか、誘われているのか。
躱されているのか、いなされているのか。
剣戟の軌道は、絶え間なく、隙間なく、弾幕のように時間と空間を埋め尽くしていた。
(この子、尋常じゃない! 高難度任務をあれだけ捌けるわけだ…!)
人力による剣術は、両者とも至高の領域。
かつ互角。
あるいは、ロダンに軍配が上がる。
手合わせを通し、彼のことを垣間見た。その実力、市民に英雄と謳われる所以。技術、体裁きから動体視力まで、すべてが最高峰であり、まだ19歳など到底信じられない。
しかし、ミラをかつて“最強”たらしめたものは、只の剣術や身体能力だけではない。
(使うしかない、魔法剣を…!)
魔法剣。
剣に魔力を帯びさせる戦術であり、刀身に魔力の性質を帯びさせて強化する。例えば火の魔法を纏う剣は、炎の斬撃を放つ。
通常、発動までに隙がある。しかしミラは鍛錬と魔力制御のもと、その隙を完全に0にした。
また、刀身だけに魔力を帯びさせるのでなく、躰そのものを“操作魔法″で操作し、残心の型を最速で変化させ、人力で無しえないスピード、パワー、精度の太刀筋を成立するに至った。
予備動作ゼロから繰り出される、不規則かつ神速の斬撃。
単純かつ最強であり、ミラの通常技にして必殺技である。
ミラは、繰り出した突きの直後、エンチャントを発動。
操作魔法による精密制御で、その打突を一文字切りに転換。ロダンの胴を狙う―――
(とった!)
間合いを詰めた、二人の視線が、再び交差する。
ミラは、ロダンの胴。
ロダンは、ミラの首。
奇しくも互いの狙いは初手と同じ。その刹那が、永遠に感じた。
一撃が届くまで、あと0.001秒。
0.0001秒。
0.000001秒。
0.000000001秒。
0.000000000000――……
(あれ?)
当たらない。斬撃が終わらない。
世界が止まったようだ。
無音だ。
『お前、見ているな』
老若男女が幾重にも合唱するような声がした。
脳に直接響いている。
悠長に聞こえる速さの世界ではないはずなのに、鮮明に、一言一句が聞こえた。
今もロダンと目が合っている。
合ったまま、世界は静止していた。
彼の金色の目の奥に、宙の星が瞬いたように思った。
『この小童。あの老い人。それ以外にも“垣間見る者”がいるとは』
(だ、誰…? いや、なに?)
『もしやすると、お前も相応しいかもしれない。奴らを屠るのに。だが』
首に何かが触れた気がした。
とても冷たかった。
ミラの背筋まで、凍りつく。
『今日は、お前の負けだ』
それは冷たい吐息を囁いた。
「―――いたっ!」
すぱっ、と丸太の側面がミラの首に命中した。
「あっ、当たった! 今回は俺の勝ちですね!」
「えっ? ……え?」
ミラは、ようやく自分の体がぎくりと硬直していたことに気付く。
はじめて高難度任務に挑んだとき、強大な魔物と対峙したときに覚えた、あの感覚に近い。
恐怖だ。
剣戟が交わる神速の世界で、わずかな一瞬、得体の知れない恐怖が彼女の動きを止めた。
その隙をロダンが突いた。
さきほどの刹那に感じた恐怖が、ロダンの技によるものか、魔法なのか、ただのプレッシャーか、ミラには定かで無かった。
ただ一つ確かなことは――
「わ、私の負け…?」
ミラはぽつりと呟いた。
第三話『“何か”』
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