1 元・最強
王都の王宮騎士団に舞い込んだ最難関の魔物討伐任務が達成されたというので、酒場が盛り上がっていた。
「またロダンだってさ!」
「あいつ流石だなぁ! 王宮の……、いや、もはや人類のエース!」
「私がアンデッドになったら討伐してほしい~!」
そんな狂気すら感じる惜しみない賞賛を、街角の普通の酒場で、一般市民が送る。
彼らの言葉は、まさに伝説の英雄像を謳うようだ。
「く、くやしすぎる…!」
そんな歓声をよそに、対照的な苦悶の表情で、杯をあおって下唇を噛む騎士が一人。
ミラ・ライト。
珍しい灰色の髪の女性で、王宮騎士団・騎士隊長の一人。
若くして「最強」の名をほしいままにした一流の剣士であり、王宮騎士団に舞い込む最難関の魔物討伐依頼を捌いていた。体力や剣術もさることながら魔法の腕も超一流で、剣と組み合わせて戦う魔法剣士の歴史的代表格だった。
しかし今は、ロダンとか言う新入りが難関任務が舞い込むたびに即座に捌いてしまうので、ミラの出番が半分以下に減ってしまっていた。
ミラにとっては由々しき事態だが、一般市民にとってはどうでも良い話で、背後の酒場のノリが彼女には煽りのように聞こえてしまう。
「まあまあ、ロダン君も頑張ってるんだしさぁ、ミラも素直に認めてあげたら~?」
と、ミラの友人にして同じ騎士隊員、レアン・ルルが言う。おっとりとした性格で、魔法でミラをサポートする。
ミラの所属する“白流隊”は、少数精鋭の「ミラ・キャリー」戦術を得意としており、ミラの必殺の技を速やかに討伐対象に撃つことに特化していた。
「やだ!」とはミラだ。
「子供?」レアンはあきれ顔だった。
「あいつが高難度任務ばっか取っていくから、私の取り分も減ってるんだよ。諦められない!」
「そうかもしれないけど」
「前に私がなんて言われてたか知ってる? ”元・最強”だって…! 今も強いのにぃ~!」
「いま“一番”強いって意味じゃ、ロダン君に軍配が上がっちゃうかもね…」
騎士団の中でもミラとロダンは二大巨頭として扱われるが、これまでの経歴を客観的に比べれると、ロダンの方こそ“最強”と思われても仕方なかった。
ミラは王宮騎士団に所属して4年。
1年目に青飛隊に編入。その最後に高難度任務を達成。平均的な騎士の戦績と比較すると遥かに上澄みの成績だった。
さらに2年目も順調に戦績を積み重ね、新設の白流隊の隊長として編成権を持つことになった。
そして3年目には、歴代最多となる年間14件の高難度任務達成を記録。白流隊とミラは、王宮騎士団で“最強”として、一般に認知されるようになった。
4年目も順調な滑り出しだった――ロダンが入団するまでは。
ロダンは騎士団に所属して半年。
しかし、半年と思えないほど成果を上げている。
最初の研修任務でフィールドワークに乗り出す――しかしそこに、想定外の上級魔物が乱入。
隊が殲滅されかかった中で、ロダンがその実力を遺憾なく発揮し、完膚なきまでに魔物を屠ったという。
その報告に興味を持った青飛隊隊長ルキウスが、ロダンを隊に加入させ、高難度任務へ乗り出す。青飛隊はもともと総合的な実力が高く、一般任務の達成数は騎士団で最多、高難度任務も年数件安定して達成しており、王宮騎士団の顔とも呼べる組織だ。
そんななか、ロダンは青飛隊で高難度任務を悉く達成。
しかも彼の存在により、隊の任務達成効率が著しく向上。
その結果、任務を捌く速度が格段に速くなり、月2回のペースで高難度任務が消化され――。
今年度の総合戦績は白流隊に軍配があがるが、下期半年、つまりロダンが編入後だけ見れば、青飛隊の戦果の方が上だった。
「この調子で来年度の高難度任務も全部あいつに達成されちゃったら…。私らの取り分が…!」
「私は別に良いけど、ミラはちょっと困るよね…」ふう、とレアンは深く息づく。「アンタのお姉ちゃん、いま具合どう?」
「……ちょっと、悪い」
「そっか…」
ミラの姉、アリアは、原因不明の重病で病床から離れられない。
父は戦に、母も病に倒れ、既にいない。
ミラとアリアは、母と同じ灰色髪で、似た体質だった。しかし何かがアリアとミラの病状を分かち、ミラだけが、最強の剣士と呼ばれるほど躍進し、アリアは未だに病床に臥することになった。
両親を早くに亡くしたミラにとっては、アリアが心の支えだったので、絶対に亡くしたくない。
アリアの病気を治す薬が買えるなら、どんなに高い値段でも払う。
そう思っていたが、もし任務に就けず、先立つ物が失われてしまったら、それまでだ。
「……うう」ぽろぽろ、とミラの頬を雫が伝う。
「あーあー、泣かないでほら。泣き上戸だな」
「泣いてない!」鼻声で噛みつくミラ。
「もう!だいたいルキウス隊長もずるいよ! 去年までは”そろそろ俺も引退かな”とか言ってたくせに! 普通に強い人を引き抜いて下期トップだよ、それは野心じゃん!」
「はあ、あのオジ様はねえ…。何考えてるか分かんないけど、何だかんだ王宮騎士団の隊長の中心だし、経験も長いし、そういう人だよね」
「ともかく、絶対! 来年度は私らがトップに返り咲く!」
「うん、その調子! 涙は引っ込んだね、がんばろう!」
「だから泣いてないし!」
といった調子で、壮行会は幕を閉じた。
明日は人事会議がある。
そこで来年度の隊の編成が決定される。とはいえこれまで内々で承認されている人事の最終確認、という位置づけに近く、どんでん返しは滅多にない。
隊長であるミラも、その会議に出席する。
*
人事会議。王宮の一室に各隊長と団長が集う。
ミラ率いる高難度任務専任、白流隊。
ルキウス率いる最大規模の、青飛隊。
ドルカ率いる災害派遣兼任、赤動隊。
シーレ率いる防衛特化部隊、金泳隊。
ヒスイ率いる測量調査兼任、緑踏隊。
そして王宮騎士団長、アルトリス。
2メートルほどの長身、さらに長髪という、シルエットは威圧感に満ちた存在だが、その目は常に眠そうに垂れ、薄い唇がアルカイックスマイルを描き、対峙すると底知れなさの方に意識が向かう。
判断能力と身体能力に優れ、年齢不詳だが20年以上騎士団に在籍しており、未だ現役の騎士である。
「集まったようだから、さっそく始めようか」アルトリスが面々を見渡しながら切り出した。「議題は渡してある通り。来年度の人事の最終確認を行い、異議と質疑を受け付ける。それじゃあ緑踏隊から、よろしく」
「はい」ヒスイがゆっくりと立ち上がり、報告を進める。
名が示すような美しい眼が、報告書の上をなぞる。
「活動報告から――本年は魔物の討伐任務10件、調査および測量任務32件。過去から調査および測量任務は増えつつあり、来年度も増える見込みのため、魔物討伐については人員の調整を行い、学院から測量士を採用します」
王宮騎士団は必ずしも戦闘に特化した隊ばかりではない。
測量遠征、王都防衛、災害対応のために動く部隊もある。しかしながら民を護るため、いずれの部隊も魔物を討伐できる程度の戦闘能力を有す。
その観点において、戦闘件数が特に多いのは白流隊、青飛隊、そして赤動隊の3つであり、戦闘に特化した部隊が白流隊であった。
それからも順に報告が続き、ミラの番が回って来た。
「――報告します。本隊は高難度任務の処理を優先し、18件の高難度任務を完了しています。昨年度の14件を上回り、いずれも死傷者はありません」
おお、という嘆息が一同から上がる。
「さすがは白流隊。高難度任務を専門に処理する隊を新設して良かった」アルトリスは満足げだ。「しかし、追加の人員は良いのかね?」
アルトリスの言に、ミラは一瞬、言葉を選ぶ時間を挟んだ。
「……本隊は連携を重視します。それに当たる任務で討伐する魔物は、いずれも極めて危険です。新人の採用は慎重に進める方針で」
「ふふっ。妥当な判断だが、つまり非常に強い新人であれば、君の隊にも相応しいね」
「…? と言いますと?」話が読めないミラは、首をかしげる。
「ルキウス。報告してくれ」
「はいよ」青飛隊の隊長、ルキウスが席を立ち、正面の弟子を見据えた。
白髪交じりのオールバックに、無精ひげ。決して大きくはない体格ながら、ただ立っているだけで強者の体幹を否応なく感じさせる、老兵である。
瞼から頬にかけて一直線に走った傷を負った眼で、辺りを常に見据えている――ルキウスの目は特別だと、皆が噂する。彼の人生で唯一彼に傷を負わせた攻撃も、瞼までしか斬ることができなかった、と。
師匠は、にっと微笑んだ。ミラは眉を顰める。
「えー、報告します。我ら青飛隊は……。ま、報告はあとで良いか。緊急の人事異動について報告させてもらう」
「人事異動?」ミラが言葉を拾う。
「青飛隊所属ハルト・ロダンは、本年度で青飛隊を脱退、来年度付で白流隊編入とする」
「……はっ?」ミラは言葉を失う。
他の隊長も眉を上げ、互いに顔を見会わせていた。この動揺の波にのまれていないのは、報告者であるルキウスと、団長のアルトリスだけだ。
「ど、どういうことですか!? ロダンがうちに?」ミラはルキウスと団長を交互に見遣る。
「合理的判断だろ、白流隊隊長?」
答えたのはルキウスだ。「我ら青飛隊は万能の役割を担う。戦闘はもちろんだが、各隊で研鑽を積んだ者たちが集い、互いに刺激を与えて経験を積み、より高い実力に至ることで騎士団全体の機能をアップすることにある。決して高難度任務ばかり捌く隊じゃないんだよ――俺らの高難度任務達成数、下期だけで12件だぜ? でも青飛隊は、そういうんじゃねえってこと」
「その通り。組織に同じ役割を持つチームは二つ要らない――というのが私の持論だよ」
アルトリスが言葉を挟む。「ロダン君の実力はとても素晴らしい。しかし彼の実力を活かそうとするあまり、青飛隊の本来の役目を損ない、高難度任務専任の隊が2つになるのは健全ではないし、青飛隊の本来の役目を護るためにロダン君の実力を損なうのも健全ではない。……というわけでチームの役割に則り、白流隊に編入させる」
「な、な、な…!」
大物二人が矢継ぎ早に話を続け、ミラは言い返す暇もない。
「ああ、悪いがこの決定に拒否権はない。この件については私がすでに承認を下し、組織の機能最大化のため、否決不可とした」アルトリスが言葉を添える。
「ちょっ…!?」
「――ということだ、白流隊隊長。それじゃ、これからロダンと仲良く頼むぜ」
ルキウスが意地の悪い笑みを浮かべ、かたやミラは、あんぐりと開いた口のまま、抗議も出来ず。
(なにそれぇ~~~!?)
心の中で叫ぶのであった。
第二話『わ、私の負け…?』
5/11投稿予定です。




