14 新生
戦いを終え、アルレリアに帰還したミラたち。
酒場で祝杯を上げるなか、ミラはロダンの弟子入りをなし崩し的に認めることに。
夜、ミラの自宅。
ベッドの上。
明かりの無い部屋で、ミラは難しい顔をして、眠らずにいた。
あと数刻で日付が変わり、月が変わる。そうなれば、騎士団は新体制になる。
要するにロダンが白流隊の正式なメンバーとなるわけだった。
ミラにとっては、それ以外にも重要な意味を持つ。
それは。
(あいつが弟子か~~……)
師弟関係問題だった。
酒の席とは言え、隊員全員に言質を取られた以上、覆すのは隊長という立場上、難しい。
ミラにとって悔しいのは、今の時点で既にミラと同等に並び立つロダンに剣術を教えれば、ロダンが最強になるに決まっている、という自明の理だった。
つまり“伸びしろ”の差である。
隊長であり、師匠にもなろうとしているミラだが、騎士団全体で見れば若手も若手であり、歳だけで言えば中堅の下にも数えられない。
非常にイレギュラーな存在であり、皆からも特別視されているが、本人は割と俗で、負けず嫌いの意地っ張りで、他の隊長ほど達観できていないので、もしロダンに魔法剣を教えて、埋まらない差が出来てしまったら、と考えると悔しくなってしまう。
(でも騎士団の存在意義を考えたら、断るなんてありえないし~…! そもそもロダンが強くなった方が、高難度任務の成功率も上がるし……! だめだ~、断る理由がひとつもない!)
つまり、誰がどう考えても、ミラがロダンに魔法剣を教えて最強を超えた最強にするというのが、もっとも合理的な帰結だった。
「ああ、もう腹を決めて、やるしかないの…?」
まったく眠れないので、窓の外に浮かぶ月光を見つめる。
満月だ。今日は一片の欠けもないし、雲ひとつ黄金に影を落としていない。
(あ――晴れた夜だ)
ふと、アリアに言われたことを思い出す。晴れた夜に星を見ていると、幻覚や幻聴を聞くことがあった、と。
あのとき、ミラは自分が発症したと思って姉に話を聞きに行った次第だが、結局のところ原因はクェトだったので、取り越し苦労だった。
では、逆に姉が見ている幻覚とはなんなのか?
「お姉ちゃん…。私、どうしたら良い?」
じっと夜空を見つめていたが、結局、ミラが眠くなるのが先だった――
「……ふあっ」
そして、気づけば朝だった。
窓の近くで眠ってしまったミラは、窓辺に止まった鳥の声で起きる。朝日はまだ大地を瞼にして、半分だけ覗いている。
朝焼けが見える、今の時間帯は、ミラが普段起きる時間より、少しだけ早かった。
呼吸をすると、まだ冷たい空気が、肺に取り込まれて、目がもっと覚めて来る。不思議と、昨晩燻っていた気分は、朝の空気にあてられて、すっかりクールダウンされていた。
ミラはベッドを離れ、身支度をして、家を出る。
目指したのは、訓練場だった。
*
早朝の訓練場。
かん、かん、かん…と、一定のリズムで丸太人形をたたく音がする。ロダンは今も欠かさず朝の鍛錬を続けているらしい。
いったい、何時に寝て何時に起きているのだろうか、とミラは疑問に思いながらも、訓練場に足を踏み入れる。
そのとき、彼は、ふと振り返ったのだ。
黄金の瞳は、朝焼けの光で照らされて、いっそう燃えているようだった。
「あ、隊長! おはようございます!」
彼のあいさつは、訓練場に微かに木霊した。
ミラは手を挙げながら、彼に近付く。
「君、毎日ここで鍛錬してるの?」
「はい! 日課になってしまったので、やらないと気が済まなくて……」
ぼろぼろの訓練人形。ぼろぼろの木剣。
基礎中の基礎の繰り返し。それですら、今の実力。
彼がもっと強くなったとしたら――。
ミラは訓練場に立てかけられている木剣を手に取る。
フォンッ、と空を軽く薙いで、丸太の断面をきっさきに見立てて、ロダンに差し向けた。
「クェト。聞こえる?」
ミラは、ロダンの目を見て、呼びかける。
黄金の瞳の向こうを覗く――クェトは応じなかったが、構わず、彼女は続けた。どうせ、クェトは彼女を見ているという確信があった。
「ロダンに試合を申し込む。貴方は何もせず見届けて頂戴」
「えっ…」
「ロダンを弟子にとる条件よ。貴方の使途としてでなく、騎士ハルト・ロダンとしての実力を見たい。分かったわね」
ミラの言葉は、今やロダン本人に向いていた。
ロダンは、まっすぐに彼女を見つめ返す。
「はい」
「よし。――この手袋を投げて、地面についたら試合開始。致命傷に当たる部位――胴、首、頭。あるいは、足首に一太刀浴びせたほうの勝ち。魔法もあり。掠めただけなら、判定無し」
ミラはロダンから歩いて距離を取ると、木の剣を構えた。ロダンも構えだけで応じる。
静寂。
ミラが手袋を放る。
静寂。
手袋が放物線を描く。
静寂。
手袋が地面に落ち――
(魔法剣!!)
様子見無し、予備動作ゼロ、剣速最大。
ミラとロダン、詰められた両者の間合いの僅かな空隙を、ミラの剣戟が巻き起こした豪風が過ぎ去り、真空波が地面を刻む。
ロダンは剣で受けず、身のこなしで掠め、逆手で持った剣ですれ違い際にミラの背中に向けて一撃を放つ――しかしミラの動きはそこからしなやかに切り替わり、背中を向けたまま剣戟を受けた。
(この体勢から受けられるのか!)
体勢を変えながら、つばぜり合い、弾き合って距離を取り、その間合いは刹那で再び埋まり、剣戟の音を響かせる。
ロダンの剣は速かった。
あるいは、ミラの剣よりも。
しかし彼女の剣は――
(間が無い! この人の剣は呼吸がない!)
呼吸をはかり、肉体を活かした瞬発力で繰り出すロダンの剣は、最高速はミラの魔法剣すら上回っていた。それはある意味、王道の剣術。
反してミラの魔法剣は“剣舞”だった。決められた振付を絶え間なく、絶え間なく、絶え間なく振り続けるミラの剣は止まらない。そして常に、急所を狙ってくる。
速いというより早く、強いというより強か。
操作系魔法による魔法剣によって、あらかじめ定められた太刀筋を再現し、人間に本来生じるはずの隙すら攻撃に充てられ、はじき返された剣すら勢いをつけて剣技となる。
(この攻撃密度! 熊の腕を切り刻めるはずだ…! けど――!)
ロダンは目が慣れて来た。隙が無いということは、常に狙われているということ。読み合いの余地がなく、より強い剣術の「押し付け合い」になる。
(クェトが選ぶ因果は“俺がたどり着ける未来”――この戦いの中で、それを掴む!)
ロダンは呼吸を止め、一瞬弛緩した。
胸、肩、腕、指――と弛緩が伝達したように感じた次の瞬間、ある一点が見えた。
ミラの剣舞の中で、唯一魔法を纏っていない部位。
“魔法剣”という呼称ゆえ、それは余りに盲点だった――ミラの操作系魔法による魔法剣は、剣そのものと剣を握る手首から先には、魔法をかけていないのだ。
あくまで操作系魔法がかかっているのは、体だけ。
剣を操作系魔法で操ると動きが硬くなり、アドリブが利かなくなるが、逆に体だけ操作し、手首から先の自由度を残すことで、より自在に剣を繰る。
火の魔法を纏わせるような通常の魔法剣と、全く逆の手法だった。
(――ここだ!)
ロダンが突きを繰り出す。
狙ったのは、ミラの剣の“柄の底”だった。
かー……ん――
高い音が鳴り、ミラの剣が高く舞う。ロダンの剣によって、手から弾き飛ばされたのだ。
目を丸くするミラ。
その表情を見るロダン。
(勝った……!)
しかしそれは致命傷ではない。肉体を切ったわけではないのだから。
試合はまだ続いていた。
また本来、騎士にとって剣を取りこぼすことは致命傷だったが、ミラにおいてはその限りではない――操作魔法によって、飛ばされた剣は、即座に手に戻って来たのである。
そしてミラは、流れるようにロダンの首を狙う。
ロダンは突きを繰り出した体勢から、薙ぎ払う体制に入り、ミラの胴を狙う。
「――ぐぁっ!」
「うっ……!」
ミラの剣は、ロダンの首。
ロダンの剣は、ミラの胴。
それぞれ、同時にヒットし、両者は硬直した。
『――ふむ。我が観測する限り、今のは引き分けだな』
いつの間にか観戦していたクェトが、決着を宣言した。
第15話『壊滅』
5/24投稿予定




