13 師弟関係
戦いを終えて一夜。
クェトは、敵の正体が命を操る「シシュル=ヴィナ」だと語る。
そして戦力アップのため、ロダンに剣を教えるよう、ミラに命じるが…
*
白流隊が高難度任務を達成した、という報告は、王宮騎士団へと伝わっていた。緑踏隊隊長ヒスイ・マルターは、高難度任務の達成に限り、自らその報告内容を承認する。
「……ん? 回復魔法?」
報告書の一文。ヒスイは、ピントを合わせるように、そこで目を細めた。
「魔物が?」
「はい…」
答えたのは、同じく緑踏隊第一調査班、班長のアイ・エナークだった。青色の目が、眠そうな瞼を布団のようにかぶっている。「現場復旧にあたった赤動隊の報告によれば…、倒壊した穀倉の木材から直接、植物が芽吹いていました。通常の回復魔法とは似て非なるものですが、魔力の痕跡は近いです…」
「このこと、王都総合病院には」
「え? 別に、言ってません…」
「そう。報告書は受理します。高難度任務、0511号は完了です」
どん、と承認印を押すヒスイ。
アイは、おどおどした様子のまま、その場に残っていた。
「隊長…。何か気になることが…?」
「いえ――回復魔法は、昔から王都総合病院で開発されてきた魔法だって聞いてたものだから。魔物が使うなんて事例は初耳で、驚いただけです」
「私たちの班で高難度任務に設定した、強力な魔物ですから…。そういうことも、あるのかもしれないですね…」
「もちろん、その辺の弱小魔物が使っているところなんて見たことないし、使えるはずないわ。回復魔法は私にも使えないのに――末恐ろしい魔物ね」ヒスイは、報告書の束の側面を、指でなぞってザラっとした音を奏でた。「それを倒しちゃった、白流隊も」
さて、アイが退室したあと、入れ違うように入室する者がいた。
瞼傷の傭兵、青飛隊隊長のルキウスだった。
「お疲れェ、ヒスイ女史。青飛隊、第0496号高難度任務の報告に上がりました」
「隊長自ら?」ヒスイは呆れたように微笑んだ。「何か、聞きたい話がありますか?」
「おいおい、そう勘繰るなって…。ま、聞きたい話はあるんだけどな」
「はいはい…。なんです」
「先日の嵐みたいな魔物。あいつが使ってた魔法の解析結果だ。あるか?」
「……」
緊急任務システムは、対処専属部隊である白流隊が設立されてから「任務」として管理されるようになった。
白流隊隊長に与えられた「緊急任務発令権限」は、アルレリア市内で強大な魔物との戦闘を自己承認する制度であり、職権の乱用の防止・管理のため、事後的に解決済みの任務として登録される。
いわば依頼書ではなく、ただの記録である。
白流隊の設立に伴い、緊急事態への対処フローが洗練され、緑踏隊も記録に専念できるようになった。緊急任務書は、その記録がつぶさに記載され、情報としての価値が高い。
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緊急任務 第9005号。
討伐対象 魔物9005号。号称アルレリア・サンダー・シング
任務エリア アルレリア。
詳細:
アルレリア上空に現れた羽毛の円環に囲まれた口部つきの眼球。
高度な雷、水、風の魔法を組み合わせ、嵐を呼ぶ。
成人男性によく似た声で笑う。
当該魔物の周囲の上空には厚い雲が現れ、天候が急激に悪化する。
当該魔物の真上の空には雲が無く、挿し込む陽光でできた影の中に
魔力の供給源がある。
眼球と羽毛は、台風の構造を模すための儀式魔法(※)に近い。
(※オブジェクトを用いて行使する魔法体系)
儀式魔法によって、複数の事象を大規模かつ同時に起こしたと推察。
魔物が儀式魔法を使ったのは、記録史上初の事例。
討伐済み。
緑踏隊隊長 ヒスイ・マルター
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「ふむ……儀式魔法」
「おかしな話ですが、サンダー・シングが使っていた魔法の系統は“儀式魔法”でした。私が隊長になる前から存在する記録にも、儀式魔法を使う魔物の記録はないです」
「人間臭い魔物ってわけだな」
「まあ……。ええ、まあ」
ヒスイは、ルキウスの言葉に対して何らか修正を加えようとしたが、とくに必要ない、と思い直すのだった。「はい。魔物が使う魔法で多い事例は、自然魔法や操作魔法。強化魔法、それと……まあともかく、儀式魔法を使う魔物は、例がありません」
魔法の体系化の歴史を鑑みると、“人間臭い”魔法というものもある。
人間は、魔物が使う魔法を観察し、模倣し、解明してきた。王立魔法学院の黎明期には、火や土、風を扱う自然魔法や物を操る操作魔法、肉体を強化する強化魔法が最初に作られた。
それはあくまで魔物の模倣だったが、魔法が体系化すると同時に、高度な魔法も生み出されていく。
回復魔法や儀式魔法は、その“高度な”魔法の類である。
人間が作れる魔法なのだから、魔物が出来ることもある、というのは道理だったが――
「どうしてこうも、高度な魔法を使う魔物の事例が続くのでしょう」
「続くとは?」
「実は先ほど、ローンリアの回復魔法を使う魔物の報告も上がったのです。……白流隊からですよ」
「ふっ。そうか」
「何が可笑しいんです?」
「いやね。俺の弟子は二人して優秀で、師匠は鼻が高いと思ってな~。ヒスイ女史、もし今後もあいつらが同じように高度な魔法を使う魔物を倒した報告があがったら、俺にも教えてくれ。良いか?」
「……ま、まあ。構いませんが」
「悪いな、手間をかけるぜ。そんじゃ、我らが青飛隊の慎ましい報告書も受け取ってくれよ~」
ルキウスは報告書を置いて、退室する。
ヒスイは、彼の背中が扉の向こうに消えて、2秒ほど置いて、鼻で笑った。「親心かしら?」
*
「それじゃ~新・白流隊(仮)の勝利を祝って~」
「乾杯!」
こん、とグラスの音が立て続いて奏でられた。
白流隊がいつも使う酒屋の一席。白流隊はメンバーが少ないが、代わりに全員で集まる店を選ぶ自由度が高く、予約しなくても会が成立することもある。
その日も、ローンリアから帰ってきて、予約もせずに普通に入った店で突如開催となった。
「それにしても、最近の魔物は変な奴ばっかりだね~。弱点を偽装したり、魔法もやたら高度だし」
「お疲れ、レアン。今回も助かったわ」ミラは彼女をねぎらう。
「は~い。今回は頭も体も疲れた~。お酒が患部に素早く届いて効く~!」
「……レアンさんの解析魔法って、緑踏隊で学んだんですか?」
ロダンの質問に、レアンは得意げに踏ん反りかえった。
「王立魔法学院にいたとき、独学でね〜」
「えっ、そうなんですか!?」
「とはいえ解析魔法って言っても色々あるからね~。緑踏隊の魔法は”通心”って言って、情報収集と記録に特化してるの。情報を大量に集めた後で解析する。アレは騎士団の開発した解析魔法だから、流石に独学じゃ無理だね~」
レアンは踏ん反りながら謙遜する。
ミラは苦笑いしながらも、親友の実力を認めていた。
「鑑定、検知、予測みたいな魔法は、レアンは暗算で使えるの。普通は緑踏隊がチームを組んで解析する魔物の情報も単独でできちゃう」
「だからレアンは結構凄いんだよな。緑踏隊から異動するとき、マルター隊長が結構、お冠だったくらいに」
ザエルは苦笑い。
「でも単独で解析魔法を使える実力者が白流隊には必要って判断して、団長が最終的に白流隊に行けって決定したわけ」
カフカも苦笑いだった。
「レアンを引き抜くときの条件が“本人を前線に立てないこと”だったくらいだから。もちろん、解析魔法するにしてもそれが最善だから、私は呑んだけどね」
ミラがかつての人事会議の裏話を明かす。
「なるほど…。青飛隊の後方部隊っていうと衛生兵とその護衛、記録係とかでしたけど、白流隊だとレアンさんなんですね」ロダンは頷く。
「それにカフカかザエルが、レアンの支援ね。前線の私につく支援も入れて、2-2で別れて作戦に当たるのが、白流隊の定石」
「いまはロダン君いるから、3-2だね~。前まではミラがすんごく前のめりだったから、見ててハラハラしたんだ~。それが今は……」
「……2倍、ハラハラしたわね」カフカが肩を竦めた。
「そうだな……」ザエルも頷いた。
「す、すみません!」「ごめん……」主戦力2名は、バツが悪そうに呟く。
「あはは、でもアンタたちいないと白流隊は成立しないしね~。後ろから見てて、“無敵!最強!”って感じだったよ~」
「まあ、確かに5人なら今まで保留してきた高難度任務も捌けそうね」
「正直、ロダン君みたいにミラの動きに付いていける奴がいるのは心強いしな」
「まあね――まだ対外研修の一環だけど、ロダン。正式に入隊になったあとも、よろしく頼むわ。期待してる」
「いえ! 今回の任務で俺なんてまだまだだと思いました。隊長の動きは、やっぱり凄いと思います」
「……そ、そう」
「隊長。改めてお願いなんですが、俺を弟子にしてくれませんか?」
「は!?」
ミラは冷や汗が噴き出た。飲みかかっていた盃の酒を顎に被った。
何の汗かは分からなかったが、隊員たちに言質を取られる場所で打診されたことで、隊長の器を測られる状況になったということを、直後に認知する。
(こ、こいつ~~!? 計算でやってるの!? 天然!? 末恐ろしい!)
「へえ…。良いんじゃない? 強い人が二人いた方が」
「ほう、ロダン君は向上心もあって良いな! どうだミラ、良いと思うぞ」
「ね~! いいじゃん! 弟子にしてあげたら? ミラ」
隊員たちが口々に賛同するなか、ミラだけが慌てている。
「き、君……! なにも、こんな所で……!?」
“こんな断りにくい状況で?”という意味合いである。そんなこと非難するのもどうなのか、とは今のミラの判断能力では思う由もない。
かたやロダンは、表情ひとつ変えずに首を傾げた。
「でも“言うなら面と向かって”って、隊長が」
「え~面と向かって? 面と向かわずに、いつ言ったの??」レアンも首をかしげる。
「あ、それは――」
ロダンが答えるまえに、ミラは酔いに赤くなったのか何だか分からない顔を机にそむけるようにして、雑に頷いた。
「分かった弟子にするから! OK!」
「えっ、ありがとうございます!」
かくかくしかじか。
旧・騎士団歴代最強と新・騎士団歴代最強が師弟関係になるという歴史的瞬間は、なんやかんやで酒屋の一角で訪れた。
第14話『新生』
5/23投稿予定




