12 シシュル=ヴィナ
ロダンとミラ、そしてクェトは力を合わせて、熊の弱点を赤い肉片の魔物を撃破する。
脅威が無力化され、翌日のこと。
腐った植物に辺りが埋め尽くされた現場の復旧のため、応援が派遣される。通常であれば、フィールドワークを担う緑踏隊か、復興を担う赤動隊のいずれかが要請から2日以内に来る。
その日、迅速に現場を訪れたのは――
「おーおう。酷い有様だねい、これぇ。臭っ」
赤動隊、第二機動班。
班長のアルザー・ドルテは、オールバックの髪をかき上げるように、汗をぬぐった。現場の検分を含む事後処理にあたっているところだった。
腐った植物は、むせかえるような臭気と湿気で辺りを満たし、汗が噴き出て来る。赤動隊は腐敗した植物を1か所に集め、都度焼却することで、全てを灰と土に返していくので、なおさら熱かった。
「済まないな、アルザ―」ザエルは古巣の同僚に声をかける。
アルザ―は、はっ、と鼻を鳴らした。「ドルカ隊長も、穀倉の被害は看過できねえってもんで来たんだが、こりゃ、確かに災害だわな。魔物の能力かね?」
「ああ。まあ……、そうだが」
煮え切らない様子のザエルに、アルザ―は首をかしげる。
「なんだい。魔物だろ?」
「そうなんだが、正直、これまで見て来た魔物と別物だった。僕も大概、いろんな魔物を見て来たと自負してたが――。回復魔法で攻撃してくるんだぞ。信じられるか?」
「回復魔法? んなわけないだろい」
「あったんだ」
「………」アルザーの瞳は、腐敗した植物が燃え上がる炎から、ザエルへと向いた。「回復魔法って、超難しい魔法のはずよな。使えるやつの方が少ない。魔物が使うなんて、なおさら聞いたことねえな」
「現場をよく調べて、変わった痕跡があったら緑踏隊に渡してくれないか。昨日斃した魔物は、ただ強いだけの魔物じゃない――俺の直感が、そう言ってる」
「へっ! ただ強いだけじゃない魔物を倒したおたくの隊長さんは、なおさらナニモンなんだって思うがね――分かったよ、ザエル君」
アルザーは地面から腰を上げて、土を払った。「調べとく」
*
ところ変わって、ローンリアの宿。
『シシュル=ヴィナの使途だ』
「………」
ミラは、固まってしまった。
浴場で水を浴びているところに、クェトが現れたからだ。
最前線で敵を討った彼女は、腐敗した植物の攻撃を浴びていた。傷は浅いものの、早めに洗浄を、という赤動隊からのアドバイスに従い、一足先に宿屋に戻っていた。
「ちょっ、アンタ…!? どこから入って来たの!?」ミラはとっさに、タオルで体を隠す。
クェトに性別という概念はない、と直感で理解していたが、単に個人的な恥じらいがあった。
『すぐ隣の浴室にハルトがいる。我にとって、壁1枚などあってないようなもの』
壁1枚隔てて向こうにロダンがいるという状況と、クェトの悪びれない態度への怒りが混ざり、ミラの顔が、真っ赤に燃えた。
「ロダン~!! こいつ、ひっこめなさいよ!」
すみません!と壁の向こうから謝罪の声が聞こえてきたが、彼にはどうすることもできないらしい。
クェトはとくに悪びれもせず、小首をかしげ、平然と話を続けた。
『シシュル=ヴィナの末端を見つけられるとは、実に僥倖。因果を辿れば必然とは言え、思いのほか、根源は近い。よくやった、ミラ。ハルト』
「シシュル、ヴィナ…? なんのこと?」
『我が探している“同等の存在”の一角だ。シシュルでも、ヴィナでも、好きな法で呼べ』
クェトは鏡の前にひたひたと近づく。
何も映っていない。
『シシュルは星宙にある生きとし生ける者の、命死を管理する。星宙の最初の生命の定義者であり、それゆえに、全生命を否定する権利も持つ』
「それがシシュル=ヴィナ…? あんたの仲間なの?」
『同等だが仲間ではない。シシュル=ヴィナは本来、使途を持つ存在ではなく、誰の味方でも誰の敵でもない。命は自ら生まれ、自ら死ぬ事――天命を定めた。天命が与えられれば生命となり、天命が尽きれば命が散るようにとな。だが今、シシュルそのものが乱れ、使途を定めはじめた。この星において、もはや災禍同様の存在だ』
「災禍……」ミラの頭の中に、先日王都に現れた魔物のことが思い浮かんだ。「アンタの言う使途ってなんなの。シシュル=ヴィナの手先?」
『その理解で構わない。本質的に何も変わらない。使途は大元の存在がもつ、理を行使する権利と、使命を一部引き継ぐ。なぜかシシュル=ヴィナが乱れた結果、お前たちが倒した昨日の熊のような使途が現れた』
「……あのめちゃくちゃな回復魔法が、アンタの言う“理を行使する権利”?」
『そうだ。あの使途には、命が生まれ、死ぬことを強要する能力があった。命を天命として、量的に操る権利だ。お前たちがアレを殺すことはできないはずだったが――しかしミラ、お前が我にとって、観測上の“乱数”となった』
ずい、とクェトは顔をミラに近付ける。
温度感のない暗い星空が、視界いっぱいに広がっていた。
『お前の力。ただの操作魔法と、ただの剣術を組み合わせたに過ぎないが、いずれも極限の領域まで磨き上げたことで、“因果を解釈する権利”に類する――お前には人より、未来を選ぶ権利が、少し多い』
「……褒めてるの?」
『ああ。お前、ハルトに剣を教えろ』
「はっ!?」「えっ!?」ミラとロダン、両人が声を上げる。
クェトは構わずに話を続けた。
『我はいま、使途であるハルトを介して“因果を解釈する権利”を行使している。しかしそれは、あくまでハルトの未来に広がるルート分岐に制限される権利だ。もしハルトが、お前のようにエンチャントを身につければルートは広がり、因果の解釈の幅も広がる。魔物を倒すのにも役立つ。お前の隊にとっても戦力になる――これは当然の因果だ。そうだろう』
論調を聞いていると、まるで、いつぞやの人事会議で上司二人に理詰めされているときを思い出して来たミラ。
なんとか反論しようとするが、控えめに見ても反論する余地は無い。
しいて言えば「騎士団でも私しか使えない独自技術なのに、よりにもよってロダンに伝承するなんて気に入らない」という、器が小さすぎて口に出すのも憚れる言い分しか頭に浮かばず。ミラのプライドが、開きかかった口から声が出るのを堰き止めていた。
『では任せた。これからも期待している』
「ちょっ……!」
クェトが消えてしまい、ミラの伸ばした手は、空を撫でた。
その手は、次第に緩く、握りこぶしのようになった。
「隊長」
壁の向こうからロダンの声が控えめに伝わって来た。
「クェトの言った事、気にしないでください。――って、言いたいところですが、俺からもお願いです」
「え」
「昨日の戦いで、やっぱり隊長はすごいと思いました。図々しいことをお願いしているかもしれませんが、俺に剣を教えてください」
声の揺れから、ロダンが壁の向こうで頭を下げたということをミラは悟った。
ミラは小さく咳払い。
「……ふ、ふん。そういうことは面と向かってから言いなさい」
「はい! すみません!」ロダンはまた、壁の向こうで頭を下げたようだった。
ミラは彼を窘めておきながら、その時の自分の顔を見られなくてよかった、と思っていた。
気恥ずかしさやら悔しさやらで複雑な表情をしているだけでなく、「隊長はすごい」と言われただけで上がってしまった口角のせいで、威厳もへったくれもなかったのだから。
第13話『師弟関係』
5/21投稿予定。




