11 逆因果の剣と魔法剣
高速の再生能力と周囲の植物や菌類を異常成長させる熊の魔物との激しい応酬を制し、弱点を見出すミラたち。
会心の連続攻撃により、弱点を破壊したと思われたが、そこから新たな魔物が出現してしまう。
突如姿をあらわした影に、一行は目を剥いた。
『なっ、なにあれ~!?』
レアンが驚く声。
その場にいた皆、同様に驚きの表情を浮かべていた。熊の活動が止まったかと思えば、切除された躰の一部から飛びだした、人の上半身の形に似た魔物。
肉片のように爛れ、湿った赤い花弁を、衣装のように纏っていた。
「レアン、あの熊はやっぱりただの宿主っぽいわ! でもこっちの魔物なんなの!?」
『わ、分かんないけど――
たぶん回復魔法を使ってた本体?』
ぞぞぞぞぞぞぞッ。
音が地面から響くと、次々に赤い草花が生い茂っていく。魔物の本体を中心に、その勢いが増していく。
腐敗。
繁殖。
腐敗、繁殖、腐敗、繁殖――!!!
赤い毒素とまとわりつくような湿気が、周囲に花粉のように舞い散っていく。
「これが回復魔法…? まったく別物じゃない! ミラ、ロダン! 結界を張り直す! いったんこっちに戻ってきて!」
カフカの合図で、ミラ、ロダンが応と言う前に駆けだす。魔物の手がツタのように伸び、絶え間なくミラたちの足を取ろうと絡みついて来る。
「足止めはまかせろ!」ザエルの“砲撃”のような火の魔法が、ふたたび魔物に直撃し、黒い煙を上げる。
『アハ、アハハッ、アハアハ……ッ!!』
煙幕のように黒い煙の向こうから、魔物の笑い声。
余裕か、ただの鳴き声か。
魔物が手のひらを地面に向けると、ズンッ……!と重い音の地響きが轟いた。
次の瞬間、地面から無数の竹が、槍のように飛びだし始めた
「た、竹だとぉ!?」
本来はローンリアにないはずの植物が針の筵のように飛びだす異様な光景に、ザエルは声を上げた。
生態系を無視するほど、問答無用の生命力。
成長速度の象徴たる竹が裂けるほど、無慈悲な成長力。
それを成立させているのは、竹の針の筵に囲まれる、赤い肉塊の化け物だ。
『核を破壊して!
あの魔物が生えてる肉の核!』
レアンの声が悲鳴のように響く。弱点を捕捉するまでもなく、全員の狙いは、同じ場所に向いていた。
「ミラ! ロダン!」カフカに近付くと結界魔法の効果範囲に入り、ミラとロダンにも配布される。
無数の竹槍が迫る。
結界を張り直したミラとロダンは、踵を返し、返す刀で竹を切り裂く。
そして、次々と生えて来る竹槍を切り捨てながら、猛然と魔物の元へと向かう。
快刀乱麻。
竹の網格子を薙ぎ払い、切り払って、核の元へ。
『アハハハハハッッ!』
魔物の周囲に、赤い魔力がふわりと広がっていく。
周りの竹が変異し、枝分かれを繰り返し、茨のような様相を成す。
(この攻撃密度、結界で守り切るのは限界がある…!)
カフカは結界の構築に“物理防御”、その上に“反魔力”を重ねた。回復魔法がミラたちの肉体に及ぼす影響が読み切れなかったのだ。
しかし、物理結界の枚数を減らしたことで、敵の手数を防ぐのは限界が生じた。
敵の回復魔法によって無限に湧き出す茨と竹は、物理結界を削り、ミラたちの体の表面が、金、橙、赤――と点滅していく。
ついに物理結界が破れ、茨の先が二人の血で濡れる。
「ミラ、ロダン!!」
呼びかけたちょうどその時、ミラとロダンの視線が、一瞬だけカフカの方に向いた。
(長期戦になったら物量で押し切られる!)
(負傷してでも、斬る!)
二人の意思は一致していた。引くつもりは無い、と目が語っていた。
「覚悟決まり過ぎよ…!」
カフカは、結界の最後の1枚“セーフティネット”を、遅れて時間差で発動させる。
結界魔法は、使用者の近くでなければ配布できない。しかし、一度配布してしまえば、その結界魔法を起動させるタイミングは、使用者の意思により、ある程度制御できる。
特に手数の多い敵には、頑丈な結界を重ね掛けするより、削れた後にもう一度時間差で張り直す方が、定石となっている――金泳隊において、セーフティネットと呼ばれる戦術だった。
結界のセーフティネットが発動し、最後の攻防を押し切ったミラとロダンは、ついに肉塊の本体の目前へと迫る。
『アハッ~~!!!』
魔物は、客人を迎えるように、嬉しそうに笑って、待ち構えていた鋭い茨を大きく振りかぶった。
「クェト――来い!」
世界の時間が緩やかに引き延ばされていく。
周囲にいるレアンたちや魔物は、動きも、思考速度も、観測速度も、その緩慢な時空の流れに飲み込まれる。
クェトを観測できるロダンとミラだけは、その世界の中で、次の一手を選ぶことができる。
『因果を我が観測し、我が解釈し、我が定む。“敵を両断したから、ハルトは剣を振った”』
(このゆっくりした時間なら、もっと上手く行ける! 操炎魔法剣――!)
ミラの手を伝わったのは、数百の魔物をまとめて切ったような重い感触だった。
二人の剣により、肉の核は、ずたずたに裂かれていた。
『あ、っは……ガ、アアアあああっ!!?』
魔物の絶叫が轟き、その肉体が、周囲の竹の茨が、蔦が、等しく腐敗していく。
最後には、肉体だけが灰のような細かい粒子となって、ぶわりと発散し、消滅した。
「………」「………」「………」
前線に出ていたミラたちは一言も発さず、周囲の警戒を解かなかった。
そんな3人の襟もとから、
『クリア!』
と、レアンの声が響くと、彼女たちは一気に構えを弛緩させて、どっと疲れた息を吐いた。
第12話『シシュル=ヴィナ』
5/21投稿予定。




