10 ローンリア・レッド・ベア
クェトの頼みを聞き、ミラは予定通り、ロダンを連れて特定任務に打って出る。
穀倉街ローンリアにたどり着いた一行を待ち受けていた、腐敗を巻き散らす熊の正体は――
熊が二本足で立ち上がり、腕を大きく持ち上げると、体表に纏う植物も、ひとりでにうねり出した。
「植物を操ってる…?!」ミラは目を細める。
『いや、育ててるんだよ!』レアンの声。
レアンとザエルは、後方で火力支援を行うため、魔法で狙撃するための地形を用意していた。
カフカはミラと同じ前線で、結界魔法を構え続けている。
「あの植物も回復魔法ってことね。とんでもない生物がいたものだわ。ミラ。こいつの攻撃は予想がつかない。でも、毒ガスタイプじゃ無さそうね」
「うん、結界は物理防御に集中! レアン、弱点の解析を進めて」
『任せて。
でも、回復魔法の独特な魔力が凄い満ちてる。
ちょっと時間を頂戴!』
熊はミラたちに標的を定めた。巨大な腕を振るうと、突風と共に、動線のあらゆるものを薙ぎ払いながら、ミラたちに迫る。
「これは止める!」カフカが結界を重ねて攻撃を受け止めた。
重い音。その隙に、ミラとロダンが一気に駆けだす。
(腕からやるべきね…!)(足を斬ってバランスを崩す!)
二人の攻撃は、ほんの一呼吸の間に、鈍重な熊に届いた。ミラによって腕が、ロダンによって足が、それぞれ切り落とされ、熊は転ぶようにバランスを崩す。巨躯が落ち、地面を揺らす。
(肉体強度は意外と脆い…?)
しかし、肉体が修復された。肉体の断面から植物が生え、躰の部位をつなぎ留め、忽ち元の状態に戻った。
アンデッド系のように、肉体が崩れたまま動くのではなく、再生する。
グオオオオッッ!!!
熊の咆哮に合わせて、まるで衝撃波のように赤い魔力の波動が広がり、周囲一帯の植物が、一気に茂っていく。
『やばい!
体に気を付けて!』
レアンの声と同時に、ミラ、ロダンの体の表面から、植物が茂り出す。
「うおっ!!」「なに!?」
『呼吸を止めて!
魔力を吸ったら、
躰の内側からも芽吹くかも…!』
「私が結界で弾く!」
カフカが金継ぎの結界を張り直す。
通常は恩恵のある回復魔法をはじき返す結界など存在しない。しかし、眼前の魔物が放つ異常な回復魔法は、あらゆる周囲の生命に異常をきたす毒と化していた。
『ミラ! ロダン!
今のうちにいったん離れて!
ザエルが“砲撃”する!』
合図とともに二人が距離を取ると、高台の上から、ザエルが巨大な火の弾を放物線を描いて放った。
熊に命中した爆炎は、植物を燃やし、灰を巻き上げる。
しかし赤い熊は、その燃える炎を纏ったまま、突進してきた。
(あの再生能力を超えるほどの攻撃じゃないと、こいつを止めることもできないってことね…!)
ミラがそう判断し、魔法剣を構えた。無数の斬撃を繰り出し、細切れにするつもりだった。
そのとき、ロダン背後にはクェトの姿が見えた。
(クェト……! この状況で、何をする気――?)
クェトは一瞬だけ、サブリミナル的に、ミラの方を窺ったような気がした。
刹那の世界。
時がゆっくりと過ぎていく。
『聞こえるな、ミラ。ハルト。聞け』
まるで、レアンの通心魔法のようにクェトの声が脳内に直接響く。他の3人には聞こえていないようだった。
『こやつは“シシュル=ヴィナ”の使途だ。天命を定める権利を持つ。容易には殺せない。だが所詮、末端の存在――物理的に細切れにすれば、自身の天命の回復に時間を要し、周囲への影響を抑えられる』
すると、ロダンが剣を構える。
『因果を我が観測し、我が解釈し、我が定む。“敵が細切れになったから、ハルトは剣を振った”』
まるで詠唱のようなクェトの声――その刹那の世界で、ミラは、奇妙なものを見た。
まず敵の片腕が、先端から削り取られるように細切れにされていき、肉片が散らばった。
敵を切り裂いた、不可解で、圧倒的な斬撃。
その僅か後にロダンは剣を振った。
そしてクェトの姿が消えると、世界の時の流れが元に戻った。
グオオオオッ!!
熊の咆哮。
ぞぞぞ、と植物が蔓延り、肉片同士をつなぎとめていく。
『おお、やった!
てかロダン君、やば~…!?』
耳元から、レアンの歓声。
彼女には、ロダンの高速の剣が熊を木っ端みじんに刻んだように見えたようだ。おそらく、他の皆にもそう見えたことだろう。
ミラだけが、そのときの因果を正しく見届けていた。
(今、明らかに結果と順序が逆だった――!? ロダンが剣を振ったから斬れたんじゃない! 敵が斬れたからロダンは剣を振った…!)
どのような因果であれ、最後には「細切れにされた敵」と「剣を振ったロダン」が残る。
始点と終点だけでは、どの事象がどの順序で起きたか、誰も証明できない。
しかし帳尻だけ合っていて、そこにいたる順序が逆なことに、ミラだけは気付いたのだ――剣を振ったロダンも当然、その逆因果の事象が発生したことを自覚していた。
(クェトがやったの? それとも、ロダン自身の意思で出来るの?)
『あっ、聞いて~!
その熊、自分の回復中なら
周囲に魔力を発散しないっぽい!
攻撃しまくって、躰の再生に集中させて!
そしたら魔力の供給部位を見つけられる!』
「――任せて!」
そのとき、ミラはまた、場違いな対抗心を燃やしていた。しかしそれも、彼女にとって無理もないことだった。
先のロダンの一撃は、クェトとの協力による逆因果で起こされた「見かけ上の神速の剣」だった。
もしその剣と同じ威力に、単独の実力でたどり着いたら――
(私の勝ち、ってことでもいいよねぇ!)
口に出したら幻滅されるくらいに、考えはまるで子供だった。
ミラは、カフカが張った結界を信じ、被弾前提、最短で間合いを詰める。
魔法剣。
予備動作、ゼロ。
剣速、最大。
ミラの速さと、柔軟さ、自身にかけた操作魔法の制御。その融合によって繰り出されたしなやかな神速の剣捌きは、ロダンの「逆因果の剣」のように、敵のもう一方の腕を切り裂いた。
両手を失った熊は、再生に魔力を費やす。
『――見つけた!
下腹部、左!
古傷がある!』
レアンが、敵の弱点部位を叫ぶと、ミラとロダン、二人の視線が、同時に向いた。
レアンが指摘した熊の腹部。
そこには一層、蔦が集中する場所があった。血を吸って育ったかのような、赤い花が咲く。
(あれが――)(弱点!)
弱点を目掛けて攻撃を仕掛ける両者。
剣が蔦を薙ぎ、その奥に隠された、熊の古傷が露になる。
そこに根が見える。
グオアアアッ!!
大熊の腕が再生し、地面を叩きつける。地面に亀裂が駆け抜け、亀裂の合間に瞬く間に植物が張り巡られて、砂塵が舞い上がった。
「ロダン!」
先に再生した右腕の下敷きになったロダン。「ぐっ、くっ…!」
彼の足は、ひび割れた地面から伸びる蔦に絡めとられていた。カフカの結界に守られ、潰されることはなかったが、結界が崩壊寸前の明滅を放つ。
弱点。
ロダン。
弱点、ロダン、弱点、ロダン――……!
幾重にも視線を往復させたミラは、ロダンを攻撃する右腕を切り上げる。
腕が一瞬だけ跳ね上がり、刹那の間隙が生まれた。
足に絡む蔦がちぎると、ロダンはすぐさまに脱出する。
そして古傷へと切先を向け、剣を突き刺し、貫いた。
剣での攻撃とは思えない、抉れたような傷痕。
(やったか!?)
熊は――活動を停止しなかった。抉られた傷痕には、まだ植物の根が、内臓のようにぶらりと残っていた。
その場で腕を振り回し、纏うツタを鞭のようにしならせて、一帯を薙ぎ払う。
ツタの強度も相まって、もはや斬撃のような跡が地面に刻まれていく。
熊はもう、啼き声一つ上げず、淡々と、劇的に動いていた。何者かが、その肉体を人形のように、操っているだけのようだった。
もはや肉体の損傷などお構いなしかのように再生を止め、赤い魔力をひたすら巻き散らす。植物が育っては腐敗し、菌糸が茸を成しては枝分かれしていき、赤い花が次々に芽吹く。
「隊長ッ!」「ミラ!」『ミラ~!』
方々からミラを呼ぶ声が上がった。
彼女を目掛けて、歪んだ姿勢のまま、熊が迫る。
ミラは魔法剣を発動する。纏わせるのは、炎の魔法。
瞬間で、剣身は赤く燃え上がる。
さらに操作系魔法により、月の弧をなぞる正確な軌跡で、炎の斬撃を繰り出す――二つの魔法を組み合わせた操炎魔法剣。
彼女の斬撃は、すれ違い際に、熊の下腹部を刳り貫くように切除した。
「凄い…!」ロダンが目を剥く。その時のミラの技は強い弱い、というより、達人の芸当だった。
切除された腹部が宙を舞い、残った熊の肉体は土を舐めるように転び、盛大に土煙を上げた。
バツンーー!!
破裂音。
腹部の肉塊がぎゅうっと球体状に圧縮されたかと思えば、それを“核”として、無数の根が爆発するように飛びだし、あちこちに突き刺さる。
さらにその核から、頭部を持たない人型の化け物が、上半身だけをあらわしたのである。
『ウフフフフフフフフフフフフッッッ!!!』
魔物の声が響く。
それは、女性が笑うような声で、オペラの一幕のように華麗な調べだった。
第11話『逆因果の剣と魔法剣』
5/20公開予定。




