15 壊滅
再び手合わせをするミラとロダン。
クェトの協力なしに、ミラの魔法剣と対峙するロダン。攻防隙無く、間隙ない剣舞のようなミラの攻撃に押されるものの、ロダンは魔法剣の仕組みに気付いて反撃。
そして勝負は、両者同時に致命傷となる一本を取り合い、決着となった。
「引き分け…」
ミラはそう呟いて、木剣を下ろした。ロダンから距離を取る。
なぜか、すがすがしい気分だった。クェトの助力なしのロダン本人との手合わせの中で、完全に互角の勝負だったことが。
――ただロダンは一度も、魔法を使わなかったのだ。あえてそうしないのか、それとも、剣術の方が圧倒的に強いゆえか。
しかも戦いの中で、ミラの魔法剣が実際には剣ではなく身体へのエンチャントであることを見抜き、的確に剣を弾き飛ばす一手も見せた。戦闘で使わないだけで、魔法の嗅覚は一人前だ。
もし彼が魔法剣を使えるようになったら、どうなるのか、ミラは知りたくなったのである。
もはやミラにとって、負けるのが悔しい、というより、興味の方が大きくなっていた。ロダンの「上限」が、どこにあるのかが。
「……柔軟」
「えっ?」
「君は力も体力もあるけど、まだ少し体が硬い。私の剣術と魔法剣を教えて上げても良いけど、まず毎日柔軟して、動きをしなやかにすることに」
ロダンは徐々に目を見開いた。
「……はい!」
「使う魔法は操作魔法と自然魔法。まずはエンチャントじゃなくて普通の魔法を使うところから。その後は体と物に魔法を纏わせる感覚を覚える。覚えた後は、どれだけ早く、どれだけ精密にできるか。反復練習する」
「はい!」
「よし。じゃあやるよ」ミラは、ニッと微笑んだ。
「えっ?」
「善は急げ、魔法の練習を今から始める。操作魔法と自然魔法、使えるものはある?」
「じ、実は、火の魔法しか使ったことが無く」
ロダンの告白に、ミラは驚きを見せなかった。「だと思ったよ。君、まだ入団したばかりだし、王立魔法学院に通ってた口でもなさそうだし。魔法を習う機会は、ほぼなかったってことね」
「その通りです。すみません…。火の魔法は、薪をくべるために教わったんですが、他はまるっきり。まずは魔法を覚えて来るところから、ですよね」
「君が王立魔法学院の図書館からちょうど良い本を見つけて、魔法を覚えるのを待ってたら、君の剣の方が鈍っちゃいそうだわ。魔法は私から教える。といっても操作魔法だけね。もう他の魔法は、興味があるならレアンに聞けば良いわ」
ミラが剣を宙に放る。
すると、剣は宙に浮かび、そのまま止まった。
「対象を動かす。または止める。そういう単純な魔法だから、入門的魔法ね」
「隊長は、これを戦闘中に使いこなしてるんですね。だから、あんなに流れるように早く、そして強く動ける」
「ええ。本来は物を浮かせたり止めたりするけど、私は自分の体を動かすのに使ってるの。単純でしょ?」
「でも恐ろしく強かったです」
「ふ、ふん……。勝ち越した君が言っても説得力ないね」
「本当です! それに、最初の勝ちは実質、クェトがやったことですし」
そういわれて、ミラは静観を続けるクェトをじっと睨んだ。
クェトは事もなげな様子で、首を傾げた。
『お前が我を観測し、こちらに踏み込んできたことが、そもそもの原因なのだがな。我も手を貸すつもりはなかったのだ』
「私のせいって言いたいの?」
『ああ。同時に、お前がなぜ我を観測できたのか、分かった。お前の剣術、実際には剣と魔法だけで成立しているわけではない。お前が、お前自身をどう見ているか、“視点”の問題もある』
「――どういうこと?」ミラは首を傾げた。
クェトは首を傾げ返した。
『意識してやっているわけではないようだが、お前が自分の体を操る時、自身を“俯瞰”せざるを得ない。目が見る1人称の視界と、俯瞰する3人称の視点――戦いの中で、無意識のうちに、お前はその2つの世界を同時に観測している。その2つの世界は、重なっているわけでも、区切られているわけでもない。表裏か、写像のような関係だな』
クェトが、ひた、ひた、とミラに歩み寄って来る。
「そうかもしれないけど、でも、それは想像の話でしょ」
『ふむ。お前は目で見たものと、脳内の想像とを、どう区切る? 目から入って来た情報で作った世界と、自分の感覚と音だけで認識した世界、どちらも結局、お前の頭の中にしかないぞ――最初から、お前が見えている世界と他人が見えている世界、同じ保証はないのだから』
「……!」
『お前は、少しだけ我に視座が近い。自力で、このクェト=セルスを観測したのだから。その視座があれば、我と同等の存在を見つけることもあるだろう』
「シシュル=ヴィナってやつのこと?」今度は、ミラがクェトに一歩近寄った。「そいつは今、乱れてるって言ってたわよね。放っておいたらどうなる?」
『天命の管理者が乱れたなら、当然、天命も乱れる。放置していれば回復魔法を使う魔物や不死者、疫病があふれるだろう。だがシシュル=ヴィナの使途は以前発見した。まもなく我も根源を観測できる』
「そいつの問題を解決したら、貴方の目的は果たされるのね」
『否』クェトは断じた。『我が探しているものはシシュル1つではない。少なくともあと2つ、星宙の管理者として、見つけなければならない存在がある』
「あと二つも…」ミラが視線を下げる。
「それって何なんだ?」ロダンが尋ねると、クェトの視線は、空へ向けられた。
『1つはクジャ=ラスカ。もう1つはギド=ゾート。いずれも我と同等の存在として、この星を介して、星宙に顕現する予兆がある』
「クジャ=ラスカ、ギド=ゾート…? クジャ=ラスカって、どこかで聞いたことあるわね…」
ロダンが眉を上げた。「本当ですか。俺はクェトから聞いたことしかない単語ばかりで……。どこでそれを?」
「覚えてないわ。クェト、そいつらのことも教えて頂戴。シシュルみたいに危険なやつ?」
『人間にとって危険、という意味では、シシュル以上だ。クジャ=ラスカの使途は、以前、この王都に出現していた』
それを聞いて、二人は目を丸くした。「あの嵐みたいなやつ?」「あれがクジャの使途なのか」
『クジャ=ラスカは乱数を定める。その影響は、災いや不運と言う形で現れる。王都に現れた魔物と性質の近い魔物を探れば、大元に近付くだろう。だが使途の力は災害を招く規模だと思え』
「聞くからに厄介な存在ね」ミラは眉をひそめた。
『残るギド=ゾートは、物質的に直接の脅威だ。ギドは創造を定義し、創造前の無も定義した。一度生み出された物が無に帰すことは必然――その創造と崩壊のサイクルを管理するが、創造物には何ら意味を見出ださない』
「……き、聞くからに厄介な存在ね……」ミラは顔をしかめた。
『ギドの使途はまだ見つかっていない。だが全ての大元がこの星に同時に出現すれば、死と混沌と崩壊にまみれると同義。星宙もいずれ壊滅する』
「なんでそんなことになっちゃったのよ? 貴方、星宙の管理者なんでしょ? 入ってこないようにできないの」
『できる。そのためにハルトを使途にし、お前とも話し、他の使途を追っている』
「……要するに私たちが今やっていることが、対処そのもの、と」
『ああ。ハルトを強化する理由があるのもそれだ。そして、お前も強くなるべきだ。ミラ』
その指摘に、ミラは硬直して、つい背筋を正した。
『お前の能力、素質、剣と操作魔法の使い方。身体能力だけでなく使いこなす能力が高い。ロダンに剣を教える間に、お前自身の能力も磨かれるだろう。これは因果だ。必然とそうなる。任せたぞ』
言い残すとクェトは消えた。
ミラは複雑な表情をしていた。クェトからの賞賛が地味に心に響き、同時に、なぜクェトの賞賛で喜ばなければならないのだ、という自制が働いた結果だった。
「――ふん。あいつ、いろいろ言ってくれたけど、要するに何。やることは全然変わんないわね」ミラは振り返り、ロダンを窺った。
「私と君。どっちも強くなって、強い魔物を全部倒せば良いってことでしょ? 魔物がどれだけ強いのか知らないけど、手っ取り早く言いなさいよねって」
「ははっ。確かに」
ロダンは苦笑いだったが、どこかほっとした様子を見せた。騎士ロダンでもなく、クェトの使途でもなく、年相応の青年が、ふと零すような無垢な笑みだった。
「はいはい、もう魔法の練習戻るよ。時間ないんだから」
「はい! ありがとうございます!」
*
同日。
早朝。
アルレリア西、港町フェリテが、壊滅。
家屋約230戸が倒壊。住人700名が死亡した。
家屋および住人の遺体は何らかの巨大な力で上下から圧縮されたような状態であり、全ての瓦礫は均一にならされ、フェリテの港に、水平線と繋がるような地平線が広がっていた――まるで、“整地されたように”。
偶然、フィールドワークから戻る途中だった緑踏隊第一調査班は、そうまとめた。




