05:絶望と希望の魔将たち
『――違うよっ! 全部アスラのせいじゃない!』
アスラではない、誰かの声。
聞き覚えのある大切な声。
アスラが顔を上げると、そこには小さな灯がゆらゆらと浮いていた。
「モーラ……?」
宙でゆらゆらと揺れていた灯は次第に形を変え、人の上半身を作り出す。
それはアスラのよく知る少女――モーラだった。
ぽつりぽつりと次々に小さな炎が宙に灯っていく。
『なんで泣いてるの? かなしいことがあったの?』
『傷、もう痛くない……どうして?』
『ちょっとっ、アスラじゃない! 生きてたのね……一体どうして……』
心配するように、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになったアスラの顔をエティが覗いていた。
淡い光になった腕をノラが摩って不思議そうにしていた。
アスラのように泣きそうな顔になって、モーラが安堵の表情を浮かべていた。
そこにいたのは、彼が守りたかった友達だった。
「なんで、みんな……死んだはずじゃ……」
【人魂――むき出しになった人の魂じゃ。不死王は生と死の狭間にある王。
世界にあるだけでその境界線を歪め、死者の断片を励起してしまうのじゃ】
「やっぱりこの炭は……みんなの……」
『あー、まぁそうなるわよねぇ……めちゃくちゃ熱かったもん』
檻の中に積み重なった炭の山を見て、モーラはため息を吐いていた。
どこか他人事のように事実を受け入れた彼女と違い、エティとノラは現状を把握出来ずに首を傾げていた。
『……って話してる場合じゃなかった! アスラ、今すぐ私の牢を調べてッ!』
モーラが炭の山へ飛んでいく。
アスラは言われるがまま立ち上がり、ぼろぼろと脆く崩れていく炭をかき分けていった。
指の火傷も構わず掘っていった先に――クリスがいた。
全身大やけどだが、まだ微かに息がある。
「他の牢にも、もしかしたら……?」
【入口から見て左側の手前と奥、右側は奥から二つ目じゃ】
「分かるの……?」
【魂を知覚したまで。ほれ、消えかかっておるゆえ、早く救わねば皆死ぬぞ】
《堕魂の鏖殺者》に言われるがまま、アスラは次々と炭を漁っていく。
まだ息をしていたのは三人だ。
十歳のハロルドに動物と話せるイェナ、嘘が上手いザカリーが微かに呼吸していた。
『ジレンって魔法減衰の異能持ちだったでしょ?
あいつ焼かれながら力を使ってくれて……だからもしかしたらって……』
「僕が助けるッ!」
《魔界の庭》で自らを治癒させたように、アスラは惜しげもなく魔法を同時に展開する。
だが、しかし。
「魔法の通りが悪い……ッ!」
アスラの手の中で、命の灯が徐々に小さくなっていく。
ノーライフキングの全てをもってしても、救えない命だと直感が彼に囁く。
(助けるにはどうしたら……)
アスラの思考が加速する。
浮かぶ手を吟味し、要らないものを排除し――そして彼は答えに至った。
「……君なら治せるんじゃない?」
その声はこの場の誰かではなく、アスラの内側へ。
答えたのは顔も知らない不死王の臣下だ。
【その人の子たちは長い時を苦痛に晒されたゆえ魂が欠けておる。
治癒魔法とて魂までは癒せぬ】
「そんな……」
【だが……妾たちが受肉することで欠けた部分を補い、
その傷が癒えるまで生きながらえさせることは可能じゃ】
「妾たち……? もしかして、前に言ってた……?」
【今は眠っておるがの。さて……どうするのじゃ?
生きた者にしか憑依魔法は通じぬ。
かつて不死王に仕えた魔将たちを働かせるには相応の対価が必要じゃぞ?】
「治してくれたら、その後は自由にしていい」
即答に対して、胸の中の女性が僅かに動揺したのをアスラは感じた。
【……貴様、状況を分かっておるのか?
開放されるのはノーライフキングに忠誠を誓っていた者たちじゃ。
まず間違いなく、王を取り戻すべく貴様を殺そうとするじゃろう】
「全部分かってる。それでも僕はみんなを助けたい」
この場にゼィリルの姿形はない。
けれどぐいっと、にじり寄られているような不思議な感覚がした。
【楽しませてくれる……良かろう。
ならば貴様はその口で妾たちの名を呼び、開放せよ】
並べられた死にかけの四人を前に、アスラに躊躇いはなかった。
告げられた名を、不死王を継いだ男は解き放つ。
「《幽昏の嵐狼王》フィリオ・ハウルダート……君を開放する」
野獣と魔獣を統べ、世界を狩りつくそうとした伝説の怪物が蘇る。
アスラの胸から出た灯が、ハロルドの肉体に宿って燃え上がった。
小さかった体は大きく筋肉質に膨らみ、やがて毛深い獣人となる。
「俺は長く眠っていたか……受肉とは難儀なものだ」
彼は立ち上がると、渋い声と共にアスラを見下ろした。
「《始血夜姫》セレスティナ・ディアクロイツ……君を開放する」
夜を支配し、命という命を弄んだ伝説の貴人が蘇る。
灯はイェナに宿って燃え上がると、異なる面立ちの美少女を形作っていった。
肌は病的な程に白く、生気は薄い。深紅の髪には夜の月を連想させる銀が走っていく。
「ふふっ! 人間、褒めて差し上げましてよ?
おかげで再び夜はワタクシの手に……っ!」
彼女は重力に反した動きで体を起こすと、切れ長の瞳を蕩けさせた。
「《無創の虚鎧》マークス・エイト……君を開放する」
一切の感情なく、破壊の限りを尽くした無機質な悪夢が蘇る。
灯がザカリーに宿ると、周囲の鉄格子が粒子状に崩れて彼の元に集まっていく。
やがて全身を鎧に覆われた何かは、ゆっくりとアスラの前に立った。
「――マークス・エイト再始動。詳細状況を求ム……」
兜の奥で光ったのは、眼光かそれとも生物の光か。
そして。
アスラは最後に残った女性の名を告げる。
ここまで彼を連れて来てくれた、少しお節介な彼女の名を告げる。
「《堕魂の鏖殺者》ゼィリル・レイヴェル……君を開放する」
突如として世界に舞い降り、青い炎でこの世の魂を罰した古の恐怖が蘇る。
灯はクリスに宿ると燃え上がり、少女の肉体を妖艶な女性へと変えた。
アスラの六つは年上に見える絶世の美女だ。
胸元の開いた上質のドレスに身を包んでおり、近寄りがたい高貴な雰囲気を醸し出している。
百人が百人羨む美貌はまさしく、微笑みで男の自尊心をくすぐる悪女に違いない。
「ふふふっ……何だか不思議な感覚じゃのう。貴様とこうして相まみえるとは」
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