04:惨劇
「そんな数で何が出来るってぶふぁっ」
真価を見抜けという方が無理な話だった。
侮った私兵の顔面に、カラガンが握っていた剣の刃がめり込む。
呆けてその有様を見ていた男の首に剣が突き立てられ、矢を射ようとした男は弓ごと両断された。
スケルトンたちは次々と私兵に襲い掛かり、包囲網を内側からこじ開けていく。
「何だこいつら、普通の動きじゃねぇッ!」
魔物スケルトンはこの世界の人間にはなじみ深いアンデッドだ。
骨の体に錆びた鎧をまとい、緩慢な動きで闇の中を闊歩する。
一体あたりの戦闘力は高くない。
躯である彼らは疲れを知らず、痛みを知らず、恐れを知らない。
そのことにさえ注意していればスケルトンは手強い魔物ではなかった。
しかし。
【側面、回り込ませるでないぞ! アスラ殿が用意してくださった戦場を無駄にするな!】
【カラカラッ! 足元がお留守ですなぁ!】
【野郎はいらねぇ! 肉付きの良いおよめさん出せやコラァァァァッ!】
カラガンの指揮の元、躯の兵たちは効率良く戦線を切り開いていく。
「ぎゃああああぁッ! やめろ、やめてくれぇぇぇッ!」
いくら広いホールといえど、乱戦に耐えられる程ではなかった。
先頭で戦っていた私兵は後続を巻き込み、戦いは一方的な様相を見せ始める。
「さ、下がれてめぇら! 魔法で丸ごと押し返すぞッ!」
魔導士たちが一斉に杖を構える。
すぐさま放たれた渦巻く風の刃と爆炎、鋭利な土くれが廊下を埋め尽くした。
「消し飛びやがれノーライフがぁぁぁッ!」
【アスラ殿をお守りせよ!】
庇うように体を差し出すカラガンたちだが、風と炎、土の属性を孕んだ魔法は混ざり合い、威力を増して彼らをあっけなくすり潰してしまう。
狙いを消し飛ばすまで魔法は止まらない。
絶体絶命の状況下にアスラは――胸に手を当て、小さく微笑んだ。
「このままだと死んじゃうけど、まだ黙ってるつもり?」
胸の中で渦巻く感情はまだ見ぬ彼女の者だ。
怒り、焦燥、そして迷いと後悔。
アスラの呼びかけに、その女性は声を荒げた。
【~~っ! 防御魔法を展開せよ! 術式は――】
「ああ、なるほどね。そう繋げればいいんだ」
アスラがかざした手の平を中心に防御魔法が形成される。
第一階梯の汎用防御魔法 《ディフェント》。
魔導士たちが放った魔法は盾とぶつかり、反射して屋敷を抉っていく。
【貴様っ、なんと無謀な戦い方をするのじゃ!? その身が惜しくはないか!?】
「怒らないでよ。カラガンたちだって助けてくれたし……」
【奴らも奴らじゃ! 並みの強さではないぞ!?】
「ノーライフキングに仕えた魔物ってあれで普通じゃないの?」
【そんなわけなかろう! あれは下手したら上級に匹敵する強さじゃ!
馬鹿みたいに魔力を込めて召喚するでない!】
「どうりでカラガンたちが出てきた時に魔力が減った気がしたと思ったよ」
なんて笑うアスラに。
彼の胸の中にいる何かは絶句するしかない。
【妾が助けねば……貴様はどうしていたのじゃ?】
「絶対に助けてくれるでしょ? だって……僕が死ねば君も死ぬんだから」
【……どこで気付いた? 妾は一言も申しては……】
「最初の治癒魔法からだよ。僕が死んで開放されるなら教えたりしないよね?」
【……恵まれた体質を持つだけの男だと思っておったが】
小さな笑いは次第に胸の内で大きく膨らんでいった。
【くく……ふふふっ! そうかそうか!
この《堕魂の鏖殺者を利用するか!】
「……なんか僕がすごく悪く思われてない?」
【良いことではないか! して、貴様はこの後どうするつもりじゃ?】
未だアスラの防御魔法は攻撃を受け続けて拮抗していた。
その状況が、どうやら《堕魂の鏖殺者》は面白くないようだ。
「どうするって……攻撃魔法の術式を思い出させてくれない? すぐ終わらせるから」
【ふむ……】
アスラの提案に、女性は胸の中で僅かに逡巡するがしかし。
【嫌じゃ。貴様がどうするか興味が湧いた】
どこか弾んだ声は利用された彼女なりの意趣返しか。
アスラはため息と共に張り続ける防御魔法に力を込めた。
「仕方ないなぁ……」
展開したのはもう一つの防御魔法。
それは半球状になると私兵たちを丸ごと包み込む。
「な、なんだこれ……へぶっ」
半球の内側に弾かれた魔法が魔導師の腹を貫く。
不運だったのは彼だけではない。
特に前列で魔法を放っていた者は次々と同士討ちで倒れていく。
「そ、総員、魔法を止めろ! 奴の防御は魔法を反射――」
たまらず私兵隊長が叫ぶが――もう遅かった。
アスラへ向けた殺意は防御魔法内を乱反射し、囚われた私兵たちを次々に焼いていく。
「魔法は使うな! 剣で防御魔法は破れないか!?」
「びくともしねぇ! あいつどんだけ……魔力を……込め……」
悪態を吐いていた兵士の言葉は尻すぼみに消えていく。
不幸なことに彼は思い出してしまったのだ。
抗いようのない、たった一つの事実に。
「あ、あいつ、たしか……魔力量に、底がないって……伯爵が……」
「底がない!? そんな馬鹿な……クソ、そういうノーライフだってのか!?」
「じゃあ、俺たちは……閉じ込められた時点で……」
一人の呟きが、私兵全体に更なる絶望をもたらす。
決着した勝敗に、私兵隊長はアスラへ声を荒げた。
「伯爵を襲撃してタダで済むと思うなノーライフがッ!
貴様はダナット王国や同盟国を敵に回したのだぞッ!?
安寧と生きられる地は大陸にないと知れッ!」
「元から、僕たちが生きられる場所なんてこの大陸にないよ」
「ま、待てッ! 今ならまだ――」
怨嗟の声に耳を貸さず、アスラの防御結界が爆縮する。
玄関ホールは抉り取られ、丸呑みにした私兵たちや彼らの魔法は跡形もなく消えていた。
【……貴様、どれだけの魔力を魔法に込めたのじゃ?】
その声は驚きというより呆れの色が強い。
「二倍くらい?」
【少なく見積もっても七百倍じゃろうに。
ただの汎用防御魔法にデタラメな魔力を込めおって……
檻のように使うなぞ非効率かつ非常識極まりない。檻ならば他の魔法が……】
「だってこれしか知らないもん。そんなことより早くみんなを助けに行かないと」
アスラは瓦礫を固めた魔力で弾き、玄関ホールだった場所を抜けて書庫から隠し通路へ。
伯爵に買われて移送された時の記憶を頼りに先へ進んでいく。
【なにゆえノーライフを救いたい? 恩でもあるのか?】
「恩なんかなくたって、誰かが苦しい思いをしてたら助けたいと思うでしょ?」
【貴様は……本当にノーライフか……?】
地下へと続く階段に明かりはなく、肌に張り付く湿気が満ちていた。
そこを二階ほど下った先にノーライフを閉じ込める檻がある。
【否、ノーライフであるのは間違いあるまい。妾は貴様の記憶を覗いたからのう】
「僕ってそんなにおかしい?」
【特大の阿呆か、あるいは既に壊れているか……】
「どっちでも良いよ。僕は魔法でみんなを助けて一緒に逃げるんだ。
人里から離れて、大きな家を作って、畑を耕して、みんなで……」
逸る足は見張りの兵たちが控える部屋を抜けて。
ようやくアスラが暮らしていた牢にたどり着いた。
「みんなで……たの、しく……」
並ぶ十の鉄格子。
二十人はいたそこに息遣いはなく。
そこにあったのは――アスラの腰の高さまで積み重なった炭だった。
あたりは焦げ臭く、嗅ぎ慣れたすえた臭いはなかった。
炭から放たれる僅かな熱がアスラの頬に暖める。
「……は?」
炭?
なぜ?
みんなは移送された?
その後、牢に炭が残された?
ぐるぐるとアスラの思考が巡る。
【魔物でもここまではすまい……人間とは惨いものじゃ】
「……いみが、わから――」
アスラの視界の端に細長い炭があった。
錆びた鉄格子に絡みつく炭はまるで、助けを求めて伸びる人の腕のようで。
「あ、ああ、あああああああ……ッ!」
触れた手は握り返すことなく、指先からぼろぼろと崩れ落ちていく。
理解した瞬間、アスラの喉から迸ったのは慟哭だ。
力があるのに間に合わず、みんなを死なせた悲鳴だ。
心から溢れ出る何かが抑えきれず、アスラはその場に膝をついて丸まる。
(これまで散々、僕たちは酷い目に遭わされてきたのに……なんで、僕はっ!
こうなる可能性だってあったじゃないか……っ!)
アスラたちノーライフは物だ。
賊に私財を奪われることは貴族の面子に関わる問題だった。
移動させる時間がないため、伯爵の指示で丸ごと焼却処分されたのだ。
事態が収拾してから、似た特異な力を持つノーライフを買えばいいのだから。
「僕が……僕が、殺したんだ……僕が、みんなを……」
力を試しながらここに来なければ――
友を助けようと思わなければ――
ノーライフキングと出会い、打ち勝たなければ――
森に廃棄処分されなければ――
生きたいと、願わなければ――
『――違うよっ! 全部アスラのせいじゃない!』
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