06:託されたもの
「これでみんなは助かったの?」
「今は一時的に肉体変化しておるが、妾たちが離れれば元通りじゃ」
「約束は守ってよ?」
「魔の者にとって契約は絶対。
お主が生きていようがいまいが、癒えた後は自由にしよう」
「……どれくらいで回復する?」
「個体によるが、早くとも一年はかかるじゃろうな」
ゼィリルが説明する中、魔将たちの視線がアスラに集中する。
「この人間が何をしたか……うっすらと覚えているぞ」
「あぁ陛下、ただの人間にしてやられてしまうなんてお労しや……」
「――確認。この人間が陛下の御魂を飲み込んダ」
途端、膨らんだのは彼らの魔力と殺意だ。
魔力の余波は暴風となり地下空間に吹き荒れる。
「その体から陛下の魂を引きずり出してくれる……ッ!」
フィリオの大きな手の平がアスラの胸元を掴んで持ち上げる。
鋭い爪は首に食い込み、あと僅かな力を込めれば鮮血が噴き出すことは必至だ。
「もう殺すの? 少しお喋りしない?」
「この俺に命じるつもりか? 身の程を……」
「……フィリオ? 貴様、何をしておるのじゃ?」
ゼィリルの疑問はフィリオに新たな疑問を生ませた。
いつの間にか彼は手を放し、アスラは地に足をつけていたからだ。
そのことに一番驚いていたのはフィリオ自身だった。
「何故、俺は……この人間の命令に従ったのか?」
「貴方が殺さないのでしたらワタクシが……」
セレスティナの投擲した血の短剣が天井へと突き刺さる。
心臓を目掛けた末の暴投に、冷酷な吸血鬼は驚きで瞬きを繰り返した。
「陛下を取り込んだことによる従属……否、これは契約外の……」
「……どうやら依り代の影響のようじゃ。
受肉元となったノーライフたちが、アスラを傷つけることを望んでおらぬ。ばかりか……」
ゼィリルの手の中で青い炎が躍る。
彼女の言わんとすることは、臣下たちの身にも起こっていた。
アスラを傷つける意欲が、まったく湧いてこないのである。
「この感情……俺は、この人間を傷つけたくないと思って……?」
「それだけではありませんわ。むしろ守ってあげたいとも――」
掠れるセレスティナの動揺。
魔将たちの脳裏を駆け巡るのは肉体に宿る記憶と経験だ。
ノーライフとして虐げられてきた過去。
そしてアスラと共に過ごした過去。
想像を絶する弱者以下の人生は、セレスティナが吐き気を催す程であった。
「なんて酷い扱いを……こんな生き方を強いられるなら死んだ方が……っ」
セレスティナが受肉した少女の名はイェナ。
動物と話せるため親に気味悪いと捨てられ、
ノーライフになってからは彼女の力の正体を探ろうと実験の数々を強いられた。
危険な猛獣の檻に入れられるのはまだマシな方。
面白半分で豚と交尾させられたこともあった。
「まだ子供だ……年端もいかない子供相手にやることかッ!?」
フィリオが受肉した少年の名はハロルド。
物体の透視能力を持っていた彼は両目を抉られた。
それでも見えてしまったせいで、脳に激しい苦痛を伴う魔法実験を強いられた。
泣き叫び過ぎたせいで枯れてしまった声を、人間たちはいつも馬鹿にしていた。
「――学習。己は感情を持たないが、これこそ絶望という名に相応しいのだろウ」
マークスが受肉した少年の名はザカリー。
中途半端な予知夢をみる力のせいで、酒浸りな父親から毎日殴られていた。
次第に嘘を吐くようになり、ノーライフと認定されても癖は抜けなかった。
現実と予知夢で二重の絶望を味わい続け、
感情を手放すことが希望だと気付くまで長く時間はかからなかった。
「救いのない話じゃ……これだから天も人の子も好かぬ」
ゼィリルが受肉した少女の名はクリス。
生まれて間もなくノーライフ認定された彼女は、普通の幸せも喜びも知らない。
暴力への悲しみも怒りもなく、何のために生まれたのかも分からない肉の塊。
いつも気にかけてくれたアスラの優しさが、生まれて初めて覚えた心地良さだった。
「僕はみんなに友達を助けてくれたお礼をしたいと思ってる」
魔将たちが絶望に言葉を失う中で。
ぽつりと、アスラは口を開いた。
「でも僕が出来るお礼は……僕が消えてなくなることだと思う」
アスラが使える魔法は防御魔法と治癒魔法のみだ。
そんな状況で勝てるほど、かつての臣下たちは甘くはない。
「イェナ、ハロルド、ザカリー、クリス。
そういうわけだから、お願い聞いてくれるかな?」
アスラの一言で、魔将たちは受肉した体への変化を感じ取った。
セレスティナの投擲した小さな血の刃はアスラの頬を傷つける。
絶好の機会であるのに、怪訝な表情を浮かべているのはゼィリルだ。
「……どういうつもりじゃ? 貴様はせっかく助かった命を……」
「でもその前にモーラたちと話していい? その後で殺しても大して変わらないでしょ?」
これまでなら、彼らがアスラの願いを聞き届ける道理はない。
だが壮絶なノーライフの人生を追体験したからこそ、その場に異論を唱える者はいなかった。
「ありがとう。すぐに済ませるよ」
臣下たちから離れ、アスラが向かうのは未だ浮かぶ灯たちの元だ。
『アスラ大丈夫なの? 今度は何したのよ!?』
『また泣いてるの? いじめられたの?』
アスラはモーラへ頷くと、彼女はほっと安堵して胸を撫で下ろした。
エティはまだ幼いこともあり、状況がよく分かっていないようだ。
「う~ん、僕もすぐそっちへ逝きそうかも」
『ダメだよアスラ。あなたは生きて』
モーラの言葉には有無を言わせない力強さがあった。
『アスラは私たちが生きられなかった分も面白おかしく長生きして、
色々なことを経験して……
次に私たちに会う時は、お土産としてたくさん話をしなきゃ許さない』
「モーラ……」
彼女が死んでも願ってくれていたのは、友達の人生だった。
こみ上げてきた思いを、アスラは言葉に出来ない。
「ご、めん……」
ようやく吐き出した言葉は懺悔と後悔に滲んでいて。
震えるアスラを灯は優しく抱擁する。
「ごめん……みんなを、僕は、助けられ――」
『ノーライフがノーライフを助けられるわけないでしょ、馬鹿ね』
「でも、いつか外に連れてって、面白おかしく暮らすって約束を――」
『本気にしてないわよ。だって無理じゃない? 私たち歩けなかったし』
モーラはあっけらかんと笑う。
それはアスラが一度も見たことのない友の姿だった。
(モーラはきっと、絶望する前はこういう性格だったんだ……)
「死ななきゃ、自分を取り戻せないなんて……」
『私はね……貴族に玩具にされて、絶望して……それでアスラに会った。
いつかみんなで外に出て自由に暮らそうだなんて約束をさせられて……
きっとその時にもう、救われてた』
だから気に病まないで。
モーラのまっすぐな瞳はそう語っていた。
『あーあ、もっと生きたかったよ。
お洋服を買ったり、好きなものを食べたり、みんなと遊んだり、
好きな人と結婚したり、子供を作ったり……』
「モーラが結婚……?」
『祟り殺すわよ?』
びっくりするほどその返しは早い。
それでアスラとモーラは、初めて笑い合えた。
「生きるよ……みんなの分も、僕は面白おかしく暮らす。約束だ」
『うん……じゃあアスラはもっと笑おっか』
「え?」
『面白おかしく暮らすのに、アスラの笑顔ってなんか変だよ』
モーラの笑顔も強張っていたくせに。
口にしたらまた何か言われそうで、アスラは何とか言葉を飲み込んだ。
『ほら、腹の底から! 心から笑って!』
「ははは……? あはははは……?」
モーラは視線だけでアスラを批難していた。
幼いエティに至っては泣きそうな顔である。
「笑うって……どうやるの?」
アスラはノーライフキングの臣下たちへ振り返った。
律義に待ってくれている彼らは、急に振られた話題に瞬きを繰り返す。
「そらぁ……吠えるように腹から声を出せばいいだけだろう?」
「――理解不能。笑うとは何ダ?」
「ワタクシに聞かないでくださる? 笑いとは……自然と零れるものでしょう?」
「思いのまま、感情を爆発させる感じじゃろうか?」
「つまり纏めると、腹から自然と爆発するように、だね……」
アスラは大きく息を吸い、両腕を開いて喉を開いた。
「ははははっ! ふははははははっ!」
地下室が割れんばかりの大爆笑だ。
地面を張っていた虫たちは驚いて逃げ出し、ぴしりと地下の壁に亀裂が走る。
モーラは……アスラを冷めた目で見つめていた。
ノーライフキングの臣下たちが、露骨にアスラから視線を逸らしていた。
『……うん、まぁ苦しんでる顔よりは良いかな?』
「笑えって言ったのモーラだよね?」
納得いかないアスラをくすりと笑い、モーラの灯がふわふわと上がっていく。
『それじゃ……私たちはもう行くね。今度は約束守りなさいよ?』
『ばいばいなの? アスラ! またね!』
『もう痛くないから……気にしないで、アスラ。守ってくれてありがとう……』
モーラ、エティ、ノラ。
三つの人魂は宙に解けていくように消えていく。
「ばいばい……みんな……元気で……」
死者たちを見送ってから、アスラは乱れた呼吸を整える。
涙が頬を伝って落ちていく感覚は久しぶりだった。
「あぁ、こんなんじゃダメだな……」
託されたものはあまりに大きく、重かった。
涙を拭い、アスラは頬をぴしゃりと叩く。
「みんなの分も、面白おかしく暮らさないと……ッ!」
深い霧が晴れた心を感じながら。
アスラは元臣下たちへ笑って振り返った。
「待っててくれてありがとう。じゃあ僕のこと殺していいよ?」
「「「やりにくいわッ!!」」」
ゼィリル、フィリオ、セレスティナの声が重なる。
マークスはぽつんと立ったままだった。
「何じゃ貴様!? 今しがた生きると約束しておったじゃろ!?」
「簡単に諦めないでくださいまし! ここで何か策を練る流れではありませんの!?」
「友を裏切る気か人間ッ! 畜生も同然に成り下がるとは見損なったぞ!」
「――疑問。なぜ殺してはいけなイ?」
「貴様は黙っておれマークス! 皆、集合じゃ!」
ゼィリルが呼びかけ、四人の元臣下は小さな円を作ってこそこそ話し合う。
しばらくして、アスラの前に立ったのはゼィリルだ。
「これから妾たちは一人ずつ貴様と戦おう。四回勝てば自由になれるかもしれぬぞ?」
「一縷の望みに貴様は賭け、敗れて死んだのであれば友にも顔向け出来よう」
「折衷案ですの。約束を破ったことにはなりませんので面子は立ちますわ」
「――再度疑問。なぜ殺してはいけなイ?」
「マークス、貴方は黙っていてくださいまし!」
「始めは妾じゃ。次にフィリオ、セレスティナ、マークスの順で良かろう。
しかし……力を継いだばかりの貴様にはまだ荷が重いやもしれぬ。
何かもう一つ、貴様の提案を聞いても良いぞ」
「提案、か……」
「妾たちの使う魔法を限定するか、あるいは何かしら別の枷でも……」
少し考えてからアスラは。
にっこりと破顔した。
「じゃあ僕に負けたら「様」付けてね?」
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