33:鏖殺・夜を統べる鮮血の姫
〈第一分隊、《始血夜姫》を拘束完了〉
通信魔法の終わりに、その神聖騎士はため息を吐いた。
彼らを率いる《末光隊》の副隊長ヴィクトルは、聖務より嗜好を優先していたからだ。
「ああ、なんて見事な深紅……ッ、そしてこの芳醇な血の香り……ッ!」
ヴィクトルが握る銀の短剣はセレスティナの心臓に突き立てられていた。
拘束魔法と糸に加えて魔力減衰だ。
彼女の体はのけ反るように仰向けに吊られ、その刃を甘んじて受け入れていた。
「なのにさぁ……泣けよほらぁッ! はしたなくよがらないとつまらないだろう!?」
刃が圧し込まれた傷口から鮮血が吹き上がる。
ヴィクトルは下半身を熱くさせながら何度も刃を圧し込み続けていた。
(これは、精神干渉系の魔法ですわね……)
混濁するセレスティナの意識。
自分ではない何者かの思考が、感じる痛みを塗り潰していく。
不死王を殺せと。
ノーライフキングこそが倒すべき敵だと。
(ワタクシの主は……)
セレスティナは教会の新たな戦力として使われて。
その裏ではヴィクトルの愛玩道具として飼われ続け生きながら死ぬ――筈だった。
『おやおや、私の娘はもっとお転婆だったがな』
『そうですわね。少なくともこんな下品な男で満足する淑女に育てた覚えはありません』
セレスティナの傍に灯った人魂は男女を作り出す。
それは再会を願っても止まなかった、少女を最初に愛してくれた人たち。
「お、おとうさま……おかあさま……っ?」
瞬間、セレスティナの血が爆ぜる。
ヴィクトルや周囲の騎士たちは吹き飛ばされ、辺りに濃い血の霧が広がった。
体を縛っていた鎖が落ちるのをそのままに、セレスティナは人魂と改めて向き合う。
「ごめん、なさい……」
真っ赤な涙が目尻から頬へ流れ落ちる。
「ワタクシは……おとうさまと、おかあさまの真意に気付けず……」
それは、二度と果たせない謝罪だった。
それは、二度と告白出来ない後悔だった。
それは、二度と訪れないであろう奇跡だった。
「ワタクシはただ憎むばかりで、子供で、それで……」
『いやいや、その件は大した問題ではない。大事なのはお前の未来だセレス』
『そうよセレス。私たちずっと見ていたのよ? あの王様と結婚するの?』
「……はい?」
セレスティナの涙は秒で引っ込んだ。
両親は記憶にある通り、娘のことを第一に考え過ぎていた。
『うむ……あのノーライフキングは大した男だ。
やがて世界に混沌をもたらすだろう。しかし共に生きるとなれば苦労するであろうな……』
『貴方がそれを言いますか? いいですか、セレス。大事なのは既成事実ですよ?』
父に攫われて婚姻を結んだ母の語気はなぜか荒い。
ズレすぎた忠告にセレスティナは開いた口が塞がらなかった。
『特にあのゼィリルとかいう女は油断ならん。お前の最大の恋敵となるだろう。
いや、私のセレスが劣っている点は何一つないが作戦は大事だ』
『既成事実よセレス! 寝床に忍び込むより先に一服盛りなさい』
『毒よりスキルを使うべきだ。
これまで黙っていたが吸血鬼には魅了という技があってだな……』
失敗した夜這いを見られていた事実に、セレスティナは顔を両手で覆った。
死んだ両親と話したかった。
これまでのことを懺悔し、愛してくれた二人に改めて感謝を伝えたかった。
けれど今、セレスティナは切実に願う。
――早くこの世から消えてくれませんか、と。
――可能ならば、ワタクシが送って差し上げましょうか、と。
『……セレス、私たちの愛しい娘よ』
苦悶する少女へかけられる落ち着いた声音。
おずおずと顔を上げると、両親は優しく微笑んでいた。
『自由に生きなさいセレス。だがディアクロイツ家に敗北は許さん』
『外堀から埋めていきなさいセレス! 泣き言は許しませんよ!』
わざわざ現れてまで娘の未来を心配する二人の姿に。
セレスティナはこみ上げてきた笑いを堪えられなかった。
「ふふっ、お父様もお母さまも勘違いしておりますわ」
『……そうか。それはどんな思い違いだ?』
『正しなさいセレス。貴方の心の在り処を』
「ワタクシの王は……ワタクシが愛を捧げた王は、ノーライフキングではありませんの」
沸騰するような血の滾りと共に、朱に染まった唇を歪めてセレスティナは告げる。
セレスティナの心を救ってくれた王の名を。
誰よりも優しくて、誰よりもお節介で、誰よりも底知れない愛しい男の名を。
「ワタクシが愛を捧げる王は未来永劫ただ一人……アスラ様ですわッ!」
瞬間、辺りに飛び散っていた血液が脈動する。
セレスティナの血は彼女の心臓に再び集い、一つの意思の元に統べられる。
【《始血夜姫》セレスティナ・ディアクロイツ……】
ヴィクトルは見た。神聖騎士たちは見た。
血の冠を乗せ、深紅のドレスに身を包み、その背から血の腕を生やす夜を統べる怪物を。
それは何の慈愛もなく、人類史上最も多くの人間を生きながら干からびさせた最悪の姫。
【王命に応じ、愛しき人に刃向かう全てを――鏖殺致しますわ】
「このっ、吸血鬼風情が……ッ! 」
折れた歯を吐き捨ててヴィクトルが立ち上がる。
「殺せッ! 今すぐにッ!」
彼がけしかけたのはセレスティナの同胞――半吸血鬼たちだ。
半端な血統といえど吸血鬼。
彼らは人を超えた速度と膂力で襲い掛かるがしかし。
【誰の前に立っていらして?】
たった一言。
不敬を咎めるその言葉に、半吸血鬼たちは一斉に膝を折って頭を垂れる。
《夜天の宮殿》でエプスタインを屠ったのと同じ原理だ。
セレスティナの血は始まりの血。
彼女の命令に、連なる血を宿す全ての吸血鬼は混血といえど例外なく逆らえない。
圧巻の光景に遅れて数秒。
騎士たちは剣を抜き、魔法の詠唱を始める。
セレスティナ一人に対し、四十の神聖騎士たち。
その戦力差に――セレスティナは憐れみを覚えずにはいられない。
【ふふっ、あははははははっ!】
その血にはとびきりの愛が溢れていた。
剣を手に殺到する男たちの首が飛び、彼らの血すら取り込んで体積を増していく。
【もっと血を……もっと、もっとッ!】
セレスティナの放った拳は、盾を構えた騎士と後続の騎士たちを纏めて殴り飛ばした。
まるで壁に叩きつけられた羽虫だ。
衝撃は聖刻騎士たちの鎧を砕き、その体を民家の染みの一つへと変えていく。
「《キャノンレイ》ッ!」
飛来する魔法を血で叩き落し、跳躍と共に彼女は騎士たちの中に飛び込んだ。
「創造神様っ、どうか、この吸血鬼に天罰を……っ、なぜ、私がァァァっ!?」
「家族がいるんだこんな所で死ねなぁがああぁだずげでぇぇぇっ」
返り血に塗れた吸血鬼が踊っていた。
干からびた人間を壊して遊ぶ吸血鬼が笑っていた。
降り注ぐ血の雨の中で吸血鬼が愛を謳歌していた。
「なんだ、これは……」
圧倒的な暴力が目の前にあった。
恐怖で足を震わせるヴィクトルの脳裏に伝説がよぎる。
「これが、夜を統べる者……始まりの吸血鬼の真の力……っ!」
【あはっ、あははははっ!】
ヴィクトル以外、その場に立っている者はもういない。
その場で尻餅をついた彼を助けられる者はもういない。
「ま、待て……俺は神聖騎士団でも上の地位だ……地位だから……
俺を傷つければ神聖国はお前に復讐するだろうさ!?
それに吸血鬼狩りたちだってお前を狙い……」
【楽しみですわぁ……待っていれば血が集まりまして……?】
認識の差にヴィクトルは内心で悲鳴をあげる。
彼が最後に縋れるのは慈愛に溢れた存在だけだった。
「敬愛する創造神よッ! 今こそ俺に聖刻を! 天の威光を示すために何でもしますぜ!」
しんと静まり返るその場に神からの応えはない。
ゆえにヴィクトルの生存本能が一瞬で下した判断は――何の見返りも寄越さない信仰を捨てることだった。
「頼むッ! 神聖国が憎いんだろ? 何でも話すから命だけは助けてくれッ!」
ぴたり、とセレスティナの足が止まった。
その好機にしがみつかんとヴィクトルは言葉をまくし立てる。
「俺は神聖国に詳しいし各国にも顔が効くッ! お前がここで俺を殺すより利用価値が……」
【何か勘違いをされているようですが……貴方の相手はワタクシではなくてよ?】
血で作った豪華な椅子に腰かける彼女の背後に彼らは立っていた。
ヴィクトルが欲望のままに弄んだ半吸血鬼たちだ。
【《封じの光臨》を解くことはワタクシには敵いませんが……
彼らの望む通りに体内の血を操ることは出来ましてよ?】
「や、やめ――」
彼らの憎しみに満ちた瞳に映ったヴィクトルは。
自分がこれからどうなるのか、その最期を思い知る。
【鏖殺完了ですわ】
セレスティナの言葉を合図に。
爪が、牙が、血の剣がヴィクトルの体に突き立てられる。
「がぁ、こんな、いっ、さいご、いやだぁぁぁぁっ!」
半吸血鬼たちの食事を尻目に、セレスティナはようやく一息つく。
両親の姿は既に傍にはない。
けれど人魂が現れた現象は、一つの事実を示していた。
【……アスラ様が近くにいらしているのですね】
ふと見上げた空に始祖の吸血姫は見た。
それは、セレスティナが心から愛するたった一人の王。
世界の在り方を否定し、恐怖と屈辱で光を闇に塗りつぶす不死の王。
蹂躙されたくなくばその名を讃えよ。
自由を求め、平和を愛し、民のため邪道を進む――命なきその王の名は。
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