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34:最強のノーライフキング/最弱のノーライフ

【顔を合わせるのは二度目か……肉塊よ】

「僕にはアスラって名前があるんだけど……もう忘れちゃった?」


 ノーライフキングの魂の領域。

 驚く程に真っ白な空間で、アスラは再び不死王と対峙していた。


【話は聞こえていた……我が魔杖の(かなめ)《黄泉の宝珠(ほうじゅ)》を欲しているのだろう?】


 纏ったぼろぼろの外套の下で、骨の体が笑っていた。

 姿形はカラガンたちに似ているが、発する威圧感は比べ物にならない程に強い。


 ノーライフキングの開かれた手の中で輝くのは宝珠だ。

 手の平より小さいそれを前にアスラは――その場にゆっくりと腰を下ろした。


【今この瞬間、その首が刎ねられるかもしれないのだぞ?】


 ノーライフキングの空いた手に魔力で構成された剣が握られる。

 一触即発の空気の中、しかしアスラは態度を変えなかった。


「今でも僕の体が欲しいの? 世界征服をまたする気?」

【当然だッ! 貴様の体を贄とし、我は再びこの世を破壊と混沌で覆うのだ】

「そんなに上手くいくかなぁ。今の聖刻騎士ってめちゃくちゃ強いよ?」

【くくっ、ははははははっ! もう奴らの手には乗らんッ!】


 ノーライフキングの高らかな笑いはアスラを馬鹿にするものだ。


【疑問に思わなかったのか肉塊ッ!

 我の臣下はかつて教会に操られたが……貴様が受肉させた時、

 魂に刻まれた筈の縛りが消えていたということを!】


 考えの足りない肉塊へ、不死王は得意げに下顎を揺らす。


【術式の解析も、その解き方も、既に我の知識の中に――】

「――やっぱり君がみんなの術式を解いてたんだね」


 にやりと笑うアスラ。

 その様子にノーライフキングは――【しまった】と思った。

 何故か胸中に渦巻いた後悔の感情は、疑問と怒りになって噴き出す。


【例え気付いても変わらぬッ! 我が貴様のためにゼィリルを解き放つとでも思うたか!?】

「解くしかないんだよ。分からせてあげるね?」


 その場の殺意が突き抜けるその一瞬手前。

 アスラは薄い防御魔法 《ディフェント》の盾をその場に作り出した。

《ウインドスラッシュ》で浮かせたそれは回転を始め、真っ直ぐに――アスラの首へ飛翔する。


【――ッ!】


 撃ち落としたのはノーライフキングの魔法だ。


【何を……何をしている肉塊ッ!?】


 彼が魔法で弾かなければ、アスラは自分で自分の首を刎ねていただろう。


「君の魂は僕の魂の内側に取り込まれてる。だから死んだら体を乗っ取られる」

【理解しているのなら何故……】

「……たぶん違うね。君が僕の中で個を保ってるなら、どうして僕は魔法を思い出すの?」


 ゼィリルや死者たちから教わった術式は、初めからアスラの中にあった。

 だから繋がりの意味を知らされることで形に気付き、その魔法が使えるようになる。

 それはつまり、一つの事実を示していた。


「僕たちは混ざり合ってるんでしょ? 君はもう僕の一部だから思い出せるんだ」

【故に貴様の魂が……心が死ねば衰弱した体も死に、我の魂も死ぬ……か。

 くくくっ、死にたいのなら死ねばいい。貴様の望み通りにするくらいであれば我は……】

「プライドも野心も、君は絶対に捨てられない」


 ぞくりと、ノーライフキングのむき出しの背骨に何かが走る。

 アスラは顔を合わせた時に尋ねていた。自分の体を乗っ取ったらどうするのか、と。

 他愛のない会話はしかし、ノーライフキングの本質を見極めんがため。


「何故なら君は最強のノーライフキングで……僕は最弱のノーライフだから」


 ほの暗い笑みを浮かべた人間を、不死王は最早人間だと認識していなかった。


「君は絶対に負けられないから……負けるんだよ」


 アスラは風の刃に加えて、いくつもの防御魔法を展開する。

 単純な円盤状のものが殆どで、中には剣や槍を模したものまである始末だ。


「今から無尽蔵の魔力で魔法を放ち続けるから全部防いで僕を守って。頼りにしてるからね?」


 アスラは無尽蔵の魔力を有している。

 それはつまり、最初から結末は一つしかないことを意味していた。


「《黄泉の宝珠》を渡して。その後にゼィリルを助ける手伝いをして。それから――」


 魔杖を作ると聞いてから、ノーライフキングは手ぐすねを引いてアスラを待っていた。

 どんな苦痛を与え、屈辱の対価を支払わせるかしか考えていなかった。

 両者の魂の関係性を気付かせないまま心を折り、主導権を握った後で体を明け渡させる。


 ――それが不死王の狙いだった筈なのに。


【に、肉塊風情があああぁぁぁぁッ!】


 だがしかし、アスラは凌駕した。

 不死王に寄りかかるどころか、更に屈辱的な敗北を押し付けている。


「――負けたら「様」付けてね?」


 にやりと笑うアスラの姿に――伝説の不死王は完全に戦意を失っていた。



※※※



 アスラが目覚めたのは商業ギルドにあるベッドの上だった。


「……《エンシェントハイヒール》」


 ぽつりと呟かれる簡易詠唱。

 その一言でもって、アスラの肉体と精神は完全な回復を果たした。

 何度か瞬きをしてから起き上がると、その手を開閉させて具合を試す。


「……よし、参戦しようか」


 アスラは窓から飛び降りると建物前に着地し――目を見開いた。


【だぁから言ったでしょ! アスラ様は勝つって!】

「陛下ぁ! 絶対に勝ってくだせぇ! 俺たちの夢を守ってくだせぇ!」

「アスラ様最強! ノーライフキング最強!」


 通りにはアスラの国民たちが並んでいた。

 元ノーライフに元奴隷、魔物たち。

 口々にアスラを讃え、拍手を送る彼らに身分も種族も存在していなかった。


「……ははっ、僕の民は最高だね!」


 夢みていた世界に思わず零れる笑み。

 心を綻ばせるその背は容赦なく叩かれた。


「遅ぇぞアスラ、民を待たせるとは王失格じゃねぇのか?」

「急げ急げ! 今頃王都じゃやりあってんぞ!」

「街は任せておけ! 負けたら承知しねぇからな!」

「頑張れ! 頑張れアスラッ!」


 四色の髭たちに促され、アスラの足が駆け出す。

 区画整備で議論を交わしていた人々。召喚に応じた魔物たち。

 見知った民たちから投げかけられる激励は、次第に一つとなっていく。


 すなわち、王を崇める声へと。



「【「ノーライフキングッ! ノーライフキング!」】」



 声援に押されながら辿り着いた正門に。

 アスラの勝利を信じ、待っていた二つの人影があった。


「間に合ったぜぃ、アスラ様」

「俺たちを試さないで頂きたいもんだぜ……楽しかったがなぁ!」


 ディンセントの手には布に包まれた棒状のものがあった。


「《堕ちた星》を鍛え、《闇の始まりを告げる血》で打ったアスラ様専用の剣だ」

「カラガン殿たちの剣は鋼だったからな。素材強度の問題で諦めた技を全てぶち込んでおる」

「あとは《黄泉の宝珠》を鍔に嵌めて完成だぜ。アスラ様の斬りたいものが斬れる一振りだ!」

「これが……僕の剣……」


 長さは一メートル半。

 汚れた布に巻かれたその重みに、アスラの背筋が震える。

 それはきっと、ドワーフ二人の思いが込められているからに違いなかった。


「――確認。武器は完成したようだナ」


 空から舞い降りた鎧が王の傍に着地する。

 平坦な声ではあるが、心なしか普段より弾んでいた。


「マークスっ! ここに来たってことは……」

「――肯定。鏖殺(おうさつ)は完了。ノーライフも無事ダ。王都へ攻め込むなら(おの)の方が速いゾ?」

「じゃあ……運んでくれる?」

「――承知。それが王命とあらバ」


 マークスは片腕でアスラを抱えると、重装甲の鎧を点火する。


「二人ともありがとう! これでたくさん殺すね!」


 物騒極まりない言葉に苦笑する民たちをその場に残して。


「行ってきます!」


 真っ直ぐ西へ。

 鎧は火を噴き、白い雲の線を残して飛翔していくのだった。


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