第三十五話 「三十五歳まで、あと少し」
# 第三十五話 「三十五歳まで、あと少し」
三十二歳。
---
夏の終わり。
---
りょうやは出張先のホテルにいた。
---
パソコンを閉じる。
---
時計を見る。
---
午後十時過ぎ。
---
窓の外には、
知らない街の夜景が広がっていた。
---
スマホが震える。
---
かなうだった。
---
『生きてる?』
---
りょうやは思わず笑う。
---
十年以上経っているのに。
---
連絡の始まりは変わらない。
---
『普通』
---
送信。
---
既読。
---
『ならよかった』
---
いつもの流れ。
---
りょうやはベッドへ腰掛ける。
---
---
大学生の頃。
---
三十五歳なんて、
想像もできなかった。
---
今は違う。
---
少しだけ輪郭が見えている。
---
仕事。
---
住む場所。
---
休日の過ごし方。
---
積み重ねてきたもの。
---
失ったもの。
---
増えたもの。
---
---
かなうから電話がかかってくる。
---
「もしもし。」
---
『暇だった。』
---
「正直だな。」
---
『出張?』
---
「うん。」
---
『大変そう。』
---
「まあ。」
---
しばらく沈黙。
---
気まずくはない。
---
昔からそうだった。
---
何も話さなくても、
平気だった。
---
---
かなうが言う。
---
『なあ。』
---
「ん?」
---
『あと三年だな。』
---
りょうやは少し笑う。
---
「まだ覚えてるのか。」
---
『お前こそ。』
---
「忘れる方が難しい。」
---
かなうが笑う。
---
---
『三十五歳の俺ら、
本当に独身だったらどうする?』
---
冗談みたいな声。
---
でも。
---
昔より少しだけ本気が混じっている気がした。
---
りょうやは窓の外を見る。
---
ホテルのガラスに、
自分の姿が映っている。
---
三十二歳。
---
思っていたより大人で。
---
思っていたより、
まだ途中だった。
---
「その時考える。」
---
かなうが笑う。
---
『逃げた。』
---
「お前もだろ。」
---
『確かに。』
---
電話の向こうで笑い声が聞こえる。
---
---
大学の頃。
---
約束は未来だった。
---
今は違う。
---
少しずつ近づいてきている。
---
あと三年。
---
長いようで。
---
きっと、
あっという間なのだろう。




