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第16話 流恋情花⑥


 そうそうこの里では灯籠流しは川で流すものじゃないんだ。


 天灯と言って、袋のランタンに蝋燭の火をつけると、空に浮かぶんだ。

 それを夜空の風に流して天へと飛ばす。

 それがこの地元の灯籠流しなんだ。

 収穫祭の名物さ。

 ? 意味なんて特にないよ?

 普通は盆にやるものだって?

 私もそう思う。

 けど収穫祭の最後にやる方が綺麗じゃないか。

 華があって。

 祭りをいい思い出にさせてくれる。

 私とシュエの収穫祭はいい思い出だ。

 今でも忘れない。

 

 あれは里の山々が紅葉に染まった季節だ。

 頑張って畑で耕した南瓜の大きな実がついてくれたんだ。

 南蛮からの渡来種だったから、健陽の土で育つか心配だったが、大きく実ったよ。

 しかも大量にだ。

 シュエも喜んでくれた。

 そしてこう告げたんだ。

「今年の収穫祭で是非出店を出しましょう」

 私は首を傾げた。

「いや、里の市でお裾分けすればいいのではないか? こんなに食えんぞ」

 シュエは嘆息する。

「主様は欲があるんだか、ないんだかわかりませんね。多分健陽で南瓜の栽培に成功したの、主様が初めてですよ。収穫祭で出せば、米俵の山になりますよ」

「不要だ。やっと雑穀粥の生活に慣れたのに、今さら白米が食いたいとは思わん」

「里の皆も喜びますし、収穫祭には村外からの観光の方も来ますから、勿体無いですよ!?」

「外からの客も来るのか、収穫祭には。では南蛮人も来るのか?」

「どうでしょうか。確かに健陽は主様が太守の頃に南蛮交易を積極的に取り入れてましたし、都では南蛮街も栄えてましたから……。しかしここは健陽の奥地の里ですからね……」

「少し収穫祭に興味が出た。南瓜だけでなく、熊肉も進上しようではないか。少し山へ行って狩りに行ってくる」

「……普通は熊を狩っただけでお祭り騒ぎなのに、主様は草むしりに行く感覚で熊狩りに向かうとは……」

「山菜狩りではいつもシュエに負けているぞ?」

「主様が害獣退治に夢中になってるだけです!」

 紅葉に染まった山里で熊の断末魔を聞くために、私は剣を振るった。

 熊の死骸を担ぎながら、私は物思いに耽る。


 南蛮交易策を太守の頃に取り入れたが、肝心の南蛮商人や観光客には会ったことが無かったな。

 頭が半分禿げている宣教師共しか顔を見ていない。

 異国人はどんな暮らしをしているのだろうか。

 小麦を粉にして丸めた物を常食しているとか聞いたな。

 実際に会って話を聞いてみたいものだ。


 甘い香りが漂う金木犀の黄色の小さな花が里を彩り、収穫祭が始まった。

 辺鄙な田舎の祭りだ。

 どうせ地元の連中しか集まらんと思っていたが、違った。

 来訪する人の群れは、まるで蝗害のイナゴの軍勢の如くだった。

 村の外からやって来てるにしても多すぎる。

 シュエが得意気に私に伝える。

「健陽でもここの収穫祭は人気なんですよ? 主様はこの里が観光地って知らなかったんですか? 日が暮れれば、名物の灯籠流しや広場での営火でもっと賑わいます」

「……聞いておらんぞ。……儂は観光地で隠遁生活してたのか……」

 シュエが悪戯っぽい笑みを浮かべる。

「今の主様なら観光客相手に宿屋でも営んでみてはいかがです? きっとお似合いですよ」

「馬鹿を申せ、物々交換の村で宿屋なぞ……」

「全く主様は世間に疎くなってしまってますね。主様の政策が進んで、もうこの村も貨幣の流通が盛んになってるんですよ?」

「……儂には関係ない。まぁ村が栄えるのはいいことだ」

「世はままなりませんね。主様が太守をしてた政策が今更になって反映するとは。隠遁生活の主様は知らないでしょうけど、健陽の都はもっと賑わっているそうですよ」

「まぁこれで南瓜と熊肉の山が売れ残る心配はなさそうだな。イナゴの佃煮でも売れる勢いだ」


 私の予想を覆して、午前には出店で出した品が切れてしまった。

 大盛況だった。

 必死に育てた南瓜より熊肉の方が人気だったのが癪に触った。

 しかし米俵どころか、銀貨や銅貨の山が積まれてしまった。


 午後は荷車でそれを別邸の屋敷にしまい、それでも時間をもて余したので、シュエと収穫祭を見て回ることにした。

 大いに盛り上がる収穫祭では様々な出店が軒を連ねていた。

 てっきり地元の収穫した野菜ばかり置かれているものだと思っていたが、珍しい料理や他県からの名産品まで売られていた。

 玉石や水晶を加工した装飾品まで並んでいた。

 珍しくシュエが興味を持っていた。

 私は半透明な白い光を放つ、月のような月長石にシュエを重ねた。

 シュエが愛用していた櫛にそれを装飾できるか尋ねたら、銀貨五十枚もぼったくられた。

 そんな私を見てシュエは屈託ない笑顔を見せながら、それを大事に懐にしまった。

 後になって気付いたら、初めてシュエが私の贈り物を受け取ってくれたな。

 祭りの場とは不思議なものだ。

 普段は見せないシュエの無邪気な笑顔がそこにはあった。


 そういえば、目当ての南蛮人もいた。

 最も魔女であったがな。

 妖しき術で氷を操り、氷菓子を売っていたぞ。

 私が詰問したら、シュエが代わりに答える。

「西方では魔法と呼ぶらしいですよ。便利ですね、真冬でもないのに、氷ができて。南蛮では肉や魚を氷漬けにして、食料の保存にしてるそうです」

 澄まし顔でシュエは氷菓子に砂糖水をかけて、当たり前のように頬張る。

 私はとても食べる勇気が出なかった。 


 シュエは私の手を取って、人混みを掻き分ける。

 異国の屋台はどれも面を食らった。

 牛の乳を腐らした白い塊を小さく切って、火に炙っていた。

「腐った物を食わせようとするのか!?」

「フフフ、これはチーズと言うものです。いい加減、主様が取り入れた交易品にイチャモンつけるのやめて下さい」

 シュエはそのチーズとやらを伸ばして旨そうに咀嚼する。

 腐った物を食べる勇気は私にはなかった。

 

 シュエは私の手を引っ張り、さらに人混みの中へ突き進む。

 何とそこには私が精魂込めて作った南瓜を、なんと菓子にして、転売している出店があるではないか。

「私の南瓜をせどりとはいい度胸だ。叩き斬ってくれるわ!」

 シュエが私の頭を引っ叩く。

「フフフ、これは主様から南瓜を仕入れて、餅や団子にしたものです。文句があるなら主様も南瓜で何かの料理にすれば良かったではないですか」

 私は苦虫を噛み潰したような顔をしながら、団子を食べた。

「しかし、甘いな。砂糖は高級品だというのに……。しかもどこも貨幣で販売しておる。異国だけではなく、四川の珍味まで並んでいるとは不思議なものだ。どこからやってきたというのだ?」

 シュエはまた意地悪そうな笑顔を浮かべる。

「主様、気付いて無かったんですか? ここの屋台の殆どは地元ではなく、流民が出してるんですよ。この人混みの大半は流民ですね」

「流民!? 根無し草の浮浪者達ではないか!」

「その流民が貨幣を流通させているのです。健陽を繁栄させているのです。だから収穫祭がこんなにも盛況なのです。定住暮らしではこんな珍しい物は味わえないのですよ。いいことではありませんか」

「ふむ、流民にそんな効果があったとは……。屋敷に戻ったら、家宰に手紙を送るか。関所については楽市楽座を推奨せよと……」

「主様、そろそろ夕暮れです。名物の灯籠流しが始まります。村外れに行きますよ」

 また小さく柔らかい手で私の硬い手をシュエは引っ張る。

 その手の温もりが心地良かった。


 シュエが灯籠を流すと言うから、沢にでも行くものかと思ったら違っていた。 

 紙や薄布がランタンを垂らしながら、夕日の空へ、まるで渡り鳥の群れのように舞っていた。

 それは天灯であった。

 無数の天灯を私はただ呆然と眺めた。

「シュエ、これは何か儀式的な意味があるのか? こういうのは盆にやるものだろう?」

「盆の時期は忙しいものです。それより収穫祭の夕暮れにやった方が華やかではないですか。そういうものなんです」

「上げる時は何か祈った方がいいのか?」

「そういう方もいますが、大半の人はこの天灯の光景のただ見惚れているものです」

 そう告げると、シュエはあっさりと天灯の蝋燭の火を灯し、空へ上げる。

 私は少し祈ろうとしたが、シュエの天灯の後を追いたくて、慌てて火をつけて、それを空へ飛ばした。

 私とシュエは天灯が夕暮れの果てに行くのをただじっと眺めた。

 とても幻想的な光景だった。

 夕闇の彼方へと二人の天灯は小さな明かりを灯して儚げに揺蕩って行った。

 気付けば、冷たい夜風が吹きつける。

 私は咄嗟に上着をシュエに羽織らせた。

「そんな薄着では風邪を引くぞ」

 シュエは少しはにかみ、下を向く。

「主様、広場に行きましょう。営火が待っていますよ」

 今度は私の袖を弱く引っ張り、人混みから連れ出した。


 広場の営火の前は賑やかだった。

 古琴や胡弓、太鼓で奏でた音色が響き渡り、皆が音頭を取って舞う。

 そして皆が楽しそうに笑い、踊りに夢中になっていた。

 大きな篝火を前に皆がはしゃいでいた。

「主様、どうぞ一献」

 シュエが差し出した腕には白く濁ったどろどろとした温かい液体が入っていた。

 鼻をツンとさせて、思わず拒絶反応が出た。

「うぷっ! なんじゃこれは!?」

「濁酒です。この地方の民の伝来の酒ですよ? こんなふうに飲むんです」

 シュエがそれを一気飲みしてみせる。

 よほどキツい酒なのか、シュエの頬が赤く染まった。

 酔っているのか、挑発までしてくる。

「主様は下戸でございますか? 男らしいところを見せて下さいな」

 仕方なく、異様な酒を一気に飲み干す。

「これはうまい! まるで薬酒のようじゃ! 清酒よりも甘みがあるが、五臓六腑に染み渡る!」

「いい飲みっぷりです。さぁもう一献」

「ふむ、まさか其方に灼をしてもらうとはな……」

「フフフ、祭りの日は無礼講ですよ」

 私は同じく盃を交わし合う人々を見て、気持ちを吐露する。

「自由に生きる流民達か……。まるで悩みなぞないように、楽しんでおるな」

「主様、流民とは上の者が蔑視でつけた名です。道々の者と我々は呼びます。それに彼らも生きる辛さや、悩みもありますよ」

「そうであったか」

「人間の一生なんて、わかりません。明日には死ぬ、そんな定めかもしれません。だから今日を楽しむんです」

 シュエに注がれた酒を飲み、祭りを楽しむ民草のはしゃぐ姿を目に焼き付けた。

 その笑顔はとても眩しかった。

「儂は知らないことばかりであるな。シュエに出会っていなければつまらぬ人間になるところであった」

 そして私は営火の前へ歩き、踊り子達に混じって舞いを披露した。

 作法も礼も、型もない、無形の踊り、だがそれが気持ちを弾ませた。

 ただ夢中になった。

 気付くとその手にはシュエの小さな手が添えられていた。

 小さく、柔らかい手が私の無骨な手を握る。

「一人で楽しんで狡いです。双人舞をしましょう。ちゃんと音色に合わせて下さいね」

 どうやらシュエは相当酔ってるようだ。

 とうに身体も熱ってるのに、私の上着も返してくれない。


 月夜の下で、私とシュエは華麗に舞った。

 収穫祭の喧騒の中、二人の踊りは一段と華やかであった。

 篝火の熱さのせいか、派手に身体を使って踊ったせいか、シュエは汗に濡れていた。

 それがとても美しかった。

 暑いなら、上着は脱げばいいのに、シュエは頑なにそれを拒んだ。


 女心とはわからん。

 可憐な薔薇の花束にも靡かないシュエは、今や踊りに心を奪われている。


 祭りとは不思議なものだ。

 季節外れの蛍のように、里を光で包んだ。

 無数の小さな光がそこには舞っていた。




 そんな日々が続くかと思った。

 だが、人生とはわからない。

 思いもかけない選択肢を突然宣告してくる。


 運命は残酷なものだ。

 それはいきなり起こるものだ。



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