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第11話 流恋情花①

  

 夜明けの時間が好きだ。


 朝の静寂の空間。

 その一刻の間に、静かに己と向き合える。

 軒先から見える朝と夜の境界の線。

 その射す小さな光に思わず見惚れる。

 どんなに辛い昨日があっても、それでも陽は昇る。

 希望はやってくる、と心に抱かせる。

 夜明けの靄に包まれた庭の薫りが心地よい。

 澄んだ空気が美味い。

 夜露に濡れた葉から滴る雫。

 一日の生まれ変わりを想起させる。


 庭を彩る紫陽花の花。

 多彩で移ろいやすい色合いから、鮮やかな花達は浮気性だと揶揄される。

 だがその中の白い紫陽花の花弁に瞳を奪われる。

 あんなに一途で純真な色があろうか、いやない。

 梅雨の時期に咲き、どんなに嵐が激しい季節でも、凛と咲く花。

 雨露に濡れても気高く庭を彩る白い紫陽花の花にいつしか心を奪われた。

 その花を眺めていると、空には陽が昇ってきた。


 そう、今日が始まるのだ。

 眩しい朝日に照らされて、紫陽花の花は白く高貴な花弁を照らす。

 眩かった。

 その光に不意に目を逸そうとしてしまいそうだった。

 今は何よりも尊いものだと気付かされた。

 桜や菊と比べ、地味な花と思っていたが。

 今はわかる。

 白い紫陽花の高潔さを。

 花言葉は一途な想いだそうだ。

 その献身的な感情がとても懐かしい。

 あの頃の熱い想いが甦っていく。


 



 外は雨がまだ止まない。

 夕闇に降る滝のような雨粒。

 せっかくの収穫祭もこれでは台無しだな。

 宿に泊まってる客人も気の毒だ。

 この天気のように沈んだ雰囲気でテーブルでただ外の水の景色をぼんやりと見ていた。

 観光に来たというのに残念なことだ。

 今年の灯籠流しは見れないだろう。

 わざわざ異国から来た南蛮人の女性二人か。

 ここは宿の料理でもてなすとしよう。

 私の得意料理を振舞おうじゃないか。

 せっかくなんだ、美味しいものを食べて旅行気分を味わってもらおう。

 

 私は出来上がった自慢のお手製料理をテーブルに並べる。

 茶色の長髪の美人さんが不思議そうな顔で私に尋ねる。

「料理を頼んだ覚えはないが?」

 私は満面の笑顔でその美人さんに語りかける。

「この雨だ。せっかくの祭りが中止になったお詫びに、この店のとっておき料理をサービスするさ。お客人」

すると、金髪の愛くるしい顔をしたもう一人の女性のお客人が屈託ない笑顔で尋ねる。

「ありがとうございます! ところで何の料理ですか? どうやって食べれば?」

「箸は使わずともフォークで食べられるものさ。西方から来たお客人でも堪能できるよ。コウソージーって、鶏肉を揚げた料理だ。ジューシーだし、風味もあるよ」

 しかし茶髪の美人さんは鶏肉と聞いて、少し落胆した顔を見せた。

「鶏肉か……。私は苦手なんだ。パサパサした食感が好きになれないし、この東方独特の味付けも舌に合わないんだ」

「安心してくれ! こいつは俺のアレンジを加えたこの店とっておきの料理なんだ。前に来た異国の客人も喜んでくれた。味は保障するよ」

 私の必死な言葉に、茶髪の美人さんはフォークを使って、コウソージーを恐る恐る口に入れ、咀嚼する。

 そしたら、それまで固かった顔の表情が驚きと歓喜に溢れてくる。

「何だこれは!? 肉汁が溢れてくる! 肉が硬くない、柔らかくて歯応えがある! さらに食欲をそそるような味付け! 主人、これは何の肉なんだ!? ただの鶏肉ではない!」

 私はニヤリと笑みを浮かべて、質問に答える。

「ただの鶏の肉ですよ。ただし、新鮮な若鳥のもも肉を使ってるんだ。それに調味料を、醤油とニンニク、山椒を肉に染み込ませて、小麦粉でまぶしたものを高温油で揚げたのさ。最後に香草をまぶしてね」

 茶髪の美人は驚きを隠せない。

「これが鶏の肉だと!? 信じられん! 七面鳥の肉より旨いじゃないか! 店主、追加を頼む!」

 茶髪の美人さんが料理に夢中になっていると、金髪の愛らしい顔した客人が朗らかな笑顔で、私にお礼と注文をする。

「店長さん、素敵な料理をありがとうございます。あ、飲み物いいですか?」

「あいよ、祭りで振舞うはずだった飛び切りの果実酒を出すよ」

 すぐに私は厨房にオーダーを伝えた。



 夕立は勢いを増すばかりだ。

 雨が止む気配を見せない。

 宿の食卓テーブルでは陽気な笑顔の若い女性客が二人、コウソージーを肴に果実酒を酌み交わしていた。

 祭りが絶望的になったと悟った私は月花美人の鉢を取り出して、二人の客人の席に置く。

「この花は年に一夜だけ咲く花なんだ。今夜はこの花が満開になるところ眺めるといい」

 金髪の愛くるしい顔の客人は目を輝かせる。

「素敵な宿ですね。こんなおもてなしまでしてくれるなんて! 私達、花が大好きなんです」

 しかし茶髪の美人さんは酔いが回ったのか、挑発的な言葉を口にする。

「なかなか粋なことをするが、まだまだ花弁が萎んでるじゃないか。満開になるまでただ待つだけなのか?」

 私は温かい散茶を二人の前に置き、懐かしむように、この月花美人を眺めた。

「お茶を飲みながら、私の昔話しでも聞いてくれ。お若いご婦人だ。恋の話しぐらいなら興味もあるだろう?」

 なおも茶髪の美人さんは挑発的だ。

「男の女に関する武勇伝なぞ興味はない」

「まぁまぁ素敵な恋の物語かもしれないじゃないですか。店長さん、是非聞きたいです!」


 なんでこの茶髪の美人さんは私にこうも高圧的なんだろうか?


 まぁせっかくせがまれたんだ。


 一つ昔話をしようじゃないか。



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