第10話 インタビューヴィズパラディン③
とうとう審判の時が来た。
バレないはずがなかった。
私とマリアの関係はやがて聖騎士団では噂されるようになっていた。
団長から呼び出しを受け、事実確認を求められた時、私は覚悟を決めて返答した。
「私がマリアを唆しました。私は同性愛者です。今日を持って聖騎士の栄誉を返上し、騎士団を去ります!」
私はマリアの元から離れた。
これ以上あの笑顔を見ることが耐えられなかった。
もうマリアの愛くるしい笑顔を見れなくなると思った瞬間、泣き崩れ、絶叫した。
マリアは最後まで私を信頼してくれた。
「テレサ先輩の分まで頑張ります! 手紙書くから住所教えて下さい! 非番の日にお出掛けでもしましょう! その前に脚を治さなくちゃですね!」
未練がましいと思うかもしれないが、手紙のやり取りだけは続けた。
だが、マリアの前には姿を現すことはできなかった。
どれだけの季節が巡っただろうか、私は実家の庭園で働いていた。
手紙を見る限り、マリアは元気にやっているようだった。
私の読み通り後方勤務に回されたらしい。
ふと夜空を見上げる日々が続いた。
マリアは今どんな笑顔をしているのか。
その笑顔の先には誰がいるのか。
冷えた夜風が私の涙の雫を攫っていく。
これでいい。
これでいいはずなんだ。
どんな罰も受け入れよう、マリアの無垢な笑顔が守られるなら、私は地獄にだって笑って落ちてやる。
けど、どうしてだろうな、涙が止まらなかったのは。
ある時、私の住む故郷、アッテムトの街にルシア帝国の軍勢が押し寄せて来ているという知らせが耳に入った。
私も街の住民と一緒に避難をする支度をしていた。
いつ敵軍が襲来してくるかはわからない。
急いで逃げる支度をしていた。
いざとなれば、自分を守れるだけの技量だけは身についている。
そんな時に、マリアからの手紙がやって来た。
「テレサ先輩! 先輩の街は私が守ります! なんかいっぱいルシア軍が来てるみたいですけど、安心して下さい! だから今度の休みにピクニックに行きましょうね! もうあの雛鳥と立派な翼竜になってますよ!」
私は一瞬、頭が真っ白になった。
そして激情が走る。
……あの馬鹿!!!!
脚の腱が切れてるんだぞ!?
もう神速のマリアはいない!
仮に今まで通り動けたとして、後方勤務のはずのお前が駆り出されるぐらいの激戦なんだぞ!
それが呑気にピクニック!?
何を考えているんだ!?
そう怒りの言葉が頭に浮かんだ瞬間、すぐに背筋が凍ったよ。
このままではマリアが死ぬ、とな。
あの時は完全に我を忘れてしまった。
気付いたら城壁を守る門番を殴り飛ばして、門番の盾と剣、そして馬を奪って戦場へと駆け出していた。
視界には埋め尽くすばかりのルシア兵達がいた。
震え上がるほどの大軍が隊列を作って、陣形を組み立てていた。
だが知ったことではなかった。
私の大切な部下がそこにはいるんだ。
立ち塞がる奴らは片っ端から切り伏せてやる、そう誓った。
私の頭にはマリアのことしかなかった。
ルシア兵達も戦慄しただろうな。
大軍のしかも強固な陣形を、単騎駆け、鎧もない、女騎士が悪鬼羅刹のごとく戦場を崩そうとしてたんだからな。
弓矢や槍の先が私の身体を切り刻んだ。
勿論痛かった。
だが、これは贖罪なんだ。
マリアの傷の痛みはこんなものじゃない。
もっと私に罰を与えろ、もっと苦しませろ!
できないならそこを退け!!
私はマリアのところへ行くんだ!!!!
私は盾を防具にせず、振りかぶって敵兵を蹴散らした。
私の前を遮る敵兵達の急所を容赦なく片手剣で貫き、戦場を走った。
これは私の戦い方ではない。
あの時の、初めて稽古でマリアが見せてくれた猛獣のような戦法だ。
今の私にはふさわしい戦い方だ。
自分の傷からついた血、敵兵の返り血で血塗れになっていた。
戦場に鮮血の列が作られていった。
マリアの身を考えたら、身体の疲れ、痛みなぞ吹き飛んだ。
私の剣と盾で何人犠牲になったかわからない。
とにかくいっぱいだ。
いちいち数えていなかったからな。
私の剣幕に怯んだのか。
何故か敵兵は散るように逃げていったな。
なんとか私は敵陣を突破し、マリアの元へ辿りついた。
マリアも血塗れで、今にも地面に崩れ落ちそうにしていた。
両剣を大地に突き立て、かろうじて立っていた。
敵兵がマリアの柔らかい肌に槍を刺そうとしていた。
私は激昂した。
すかさず、駆けた馬から飛び跳ね、マリアを汚そうとする下郎の喉に片手剣の先端を突き刺した。
そしてマリアは、戦場で私と遭遇したことが信じられないような顔をして、目をぱちくりさせていた。
そしてルビーのような赤い瞳を潤ませていたんだ。
「テレサ先輩……。……どうして……?」
「私の部下に殉職は許さんと言っただろう! 私より出世なぞさせんからな!」
「……本当に、嘘が下手ですね……」
その言葉で私は確信した。
マリアは私がしたことに気づいていた。
それでいて、また陽だまりのような笑顔で私を見つめていたのだ。
ルビーのような真っ赤な瞳の奥にはどうしようもない私の姿が映っていた。
私はマリアに向かって叫んで、手を差し出した。
「選べ、マリア! 剣を握り続けるか、私の手を取るか!」
血で汚れたマリアは太陽のように明るく、初めて会った時のような純真無垢な笑顔で微笑んで、迷わず私の手を取った。
「テレサ先輩は私のものなんですよ!」
私は頬を緩ませ、マリアを左肩で背負って馬に乗った。
血生臭い戦場の世界からマリアを遠ざけるために、無我夢中で馬を走らせた。
立ち塞がる者は全て剣で切り伏せていった。
後から聞いた。
単騎駆けでアッテムトの街を救った英雄。
ルシア軍からは『アッテムトの悪夢』と呼ばれたそうだな。
私とマリアはがむしゃらに馬を走らせていた。
気付けば、戦場からは遠く離れ、国境さえも超えていたことを。
血塗れになっていて、すっかり忘れていたが、汗まみれにもなっていた。
陽射しが眩しかった。
季節が夏であったことをようやく思い出した。
目を凝らすと、辺りには向日葵畑が広がっていた。
地平線の先までずっと陽の光に照らされて、マリアの髪のように黄金色に輝いていた。
ふと、その一輪を見た。
マリアの笑顔のように朗らかで、心を温まらせてくれた。
私はそれにすっかり魅了されていた。
初めて花が好きだと感じさせてくれた。
私の背中に身体を預けたマリアが声を弾ませて私に尋ねた。
「テレサ先輩ー、どこに行くつもりですかー?」
私は向日葵を見つめながら静かに、そして固い意志、誓いのように答える。
「二人で笑って暮らせる世界だ。週末にはピクニックにも行こう」
マリアは顔をくしゃくしゃにさせて、いつものように無邪気に笑った。
「それ、最高です!」
そして私とマリアは向日葵畑を駆け出した。
陽の光が射す向こうへと駆けていった。
そして今に至る。
これが私の過去の過ちだ。
さてと花の水揚げ作業も終わった。
少々長く語ってしまったせいで、作業が遅れた。
ここの片付けをして、開店準備をしなくてはな。
何?
ずいぶん踏み込んだ過去だったが、本当に小説にしても構わないのかだと?
本当に肝の小さい男だ。
君はこれを物語にして、語り継がせるのが役割なんだ。
私とマリアの物語をだ。
何?
肝心のマリアはどうしただと?
君は忘れっぽい奴だな。
初めに出入り口は相方がいると言っていただろう?
「テレサー! 開店時間もうすぐだよ! 掃除は済んでるから、早く準備しなきゃ!」
「わかった、マリア、すぐに始める。今取材も終わったところだ」
これでわかっただろう。
私はマリアと共に同じ道を歩んでいる。
それが贖罪と呼ばれても構わない。
私もマリアも幸せな時を過ごしているのだからな。
手土産だ。
君に向日葵の花束をくれてやる。
それを部屋に飾って、執筆を始めろ。
こんなに明るい気持ちにさせてくれる花なんてないぞ?
私、テレサ=ゲイルロードとマリアの物語を綴るんだ。




