バレンタ国の長い一夜
日も暮れて城内は夜の仲間入り。
王子付き侍女を先頭に、後ろを付いて歩く私たちは絶賛ケンカ中。
「やっぱり怒ってる?」
「別に!怒ってないもんね」
高い天井に私とオリバーのケンカが響いてて、気まずい雰囲気を作り出してる自覚はある。こう聞くとなんて傍迷惑な夫婦☆
「フフ 本当に?怒ってないの?」
逸らしていた私の顔を高い位置から覗き込むから目が合っちゃった。バッチリとね!
からかう様な得意げな顔…。
あの顔を見ていたら心揺らぐから見ないようにしてたのにぃ……っくぅ!
しっかりするのよエラシラ!
「く、口の中にブルーベリー詰め込まれたこと、もう怒ってないって何度も言ってるのにぃ…」
オリバーの余裕に流されそうになって最初の言葉が出て来なくて詰まっちゃった。だけど、私だってやるときゃやるのよ……胸辺りをポコポコ叩いてやったわ!
「あの時の君、リスみたいで可愛かったけど」
「えっ、可愛かったの?!まぁ〜私が可愛いのは認めるけどさ。へへへ」
オリバーに初めて可愛いって言われたのが嬉しくて、叩いていた手がいつの間にか止まってた。
「あらぁ、まぁ〜フフフ」
前から生暖かい視線を感じて、先頭の侍女に目をやると……なんということでしょう。こちらを振り返り、ニヤニヤニヤニヤ暖かく見守っているではありませんか。
せっかくの感動が引っ込んじゃったわ!
「ケンカップルってやつですね〜微笑ましいです」
口元を隠す様に手を添えてるけど、目元でニヤついてるのバレバレなんだわ。微笑む侍女と苦笑するオリバー。な、なんだこの空間は!
「私達はそんなんじゃないですぅ!」
私の返答に、クスクス笑いながら前を向き直し歩き出した侍女……『いや、笑いすぎよ!』そうツッコミを入れるより早く、彼女は話を続けた。
「このままお二人の会話を聞いていたいですけど、殿下の寝室に到着しました」
一瞬で仕事モードに切り変えて、重そうな扉をゆっくりと開ける侍女。
「この通りだ!すまなかった!」
「本当にすみませんでした」
扉が開いたのと同時に王子とじぃやから滑り込むような土下座で迎えられて『そうだった。これ、おじ王子の懺悔の時間だったわ〜』なんてことを今思い出した。オリバーとの喧嘩のせいで忘れてたけど、こっちが本題だったわ。
「こちらへどうぞ」
じぃやに部屋へ招き入れられて、私とオリバーは奥のソファーへと案内された。侍女は扉を閉めてフェードアウトし、結果この広い部屋に私達四人だけの非常に気まずい空間が出来上がったと言うわけ。
そんな中で気まずそうに私達の向かいにこじんまりと座った王子。その姿は他人の家に来たみたいだった。
「殿下は反省しておられるので今日は夕食を食べないとおっしゃられたんですよ。何よりも食べる事が好きなお方が……うぅ」
ハンカチで涙を拭うじぃやには申し訳ないけども、一食抜いただけだよね?そんなこの世の終わりみたいに泣かなくても……なんて事は声に出せない☆
「あぁ、だから夕食会には殿下がいらっしゃらなかったんですね」
オリバーが納得した顔でじぃやにそう返した。これ、私も何か言った方が良さそう?
「ベルタ様の気持ちは伝わりました。嘘をついていたのに物で人を釣ろうとする姿にムッとしていただけで謝ってくれたことだし、もう怒ってませんから。私もちょっと意地になってましたし。」
「許してくれるのか?それなら僕たちの仲も戻ったことだし、乾杯しよう!」
じぃやからグラスを受け取ると、フワッと漂ってきたのは甘い葡萄の香り。
「うちの国でも選りすぐりのを持ってきたから味は問題ないはずだぞ!」
「わぁ〜美味しそう」
『言い争っていたせいで、丁度喉が渇いてたのよね〜』なんて乾杯した後にゴクゴクと飲み干した。
「美味しい!」
だけどおかしい。なんだか急に、体が熱くなってきた……
「このワインは女性達に飲みやすいと人気の品で、君も気にいると思ってこれにしたんだ。」
「えぇ?!これ、ワイン?!」
「ハッハッハ〜いい反応をするな。ぶどうジュースみたいだと話題なんだ!だから気づかなかったのも無理はな……え!どうした?」
「も……無理」
眠気に襲われてそのまま瞼を閉じるしかなかった。
手から離れたグラスがコロンと絨毯に落ちた音がした様な……だけどもう…げんか…い。
◇ ◇ ◇
渡された飲み物がワインだと気づいた時にはもう手遅れだった。隣に座るエラは、それを勢いよく飲み干していたから。
甘い香りのせいで僕ですらジュースだと錯覚したぐらいだから、飲み慣れなくて分からなかったんだろうね。絨毯にグラスを落とした彼女は、僕の肩を壁代わりに眠ってしまった。
「どうしたエラ!」
「ど、どうしましょう」
よっぽど心配なのか向かいから、こちら側まで飛び込んできた。オロオロ心配する王子と執事。そんな二人に『酔っ払っただけです』なんて気まずくて伝えにくい。
「まさか毒か?!」
「僕達は元気なので違うかと」
「脈も安定してないぞ」
「ワインを飲んだせいでしょうね」
「息も絶え絶えだ!」
「それは気のせいです」
僕の返しに納得していないのかまだ不満そうな王子の顔。ただ僕が嫌いなだけかも知れないけど。
「伯爵は何を言っているんだ!……は!もしや新種の病にかかったのかもしれんな。こうしてはいられん!じぃや、すぐ医療チームを呼べ」
「は、はい!ただ今」
「――いえ、本当に大丈夫ですから 落ち着いてください、殿下」
『彼女は酔っただけです』そう言葉を続けようとしたところで王子に遮られてしまった。
「でも伯爵!あんなに元気だったのに、いきなり眠るなんておかしいじゃないか。」
「ですから、彼女は……」
「ふぁ〜……ん?」
僕の肩から顔を離したエラは、目の前にある王子の膨れ……失礼。丸い顔に吸い寄せられるように近づいた。
「良かった!気がついたんだな」
じぃ〜……と薄目で王子を見つめる表情からは何を考えているのか全く読めない。
「もしかして…まだ怒っているのか??」
トロンとした彼女の目を見て、後ろへたじろぐ王子。その両ほっぺを容赦なくペシャンコに潰した。もしこれをレナードが見ていたら昇天していただろうね。
酔っ払った彼女が何をやらかすのか少しヒヤヒヤしながら見守っていたけど、あの王子の頬を潰すなんて想像の3倍は威力がある。
「うぇ〜ん。オリュバーがブチャいくになっちゃったぁ。」
「え?ぶ、ぶちゃ?!」
トドメを指す様な言葉に思わず吹き出してしまった。王子と執事は目を丸くして何を言われたのか未だに理解できていない様子なのがまた笑いを誘う。
「でも安心して。私がお嫁に貰ってあげりゅからねぇ〜」
「お、お嫁??……なんの話だ?」
王子が嫁ぐ側なのか?なんて心で突っ込まずにはいられなかった。この状況を作り出せるのは彼女だけだろうね。
「私が幸せにしてあげりゅ」
そう言い放ち、固まった王子の顔目掛けて口を尖らせてゆっくりと近づけていく。とても幸せそうな顔で。
「え、いや…あの!」
戸惑いながらも、ちゃっかりと目を瞑る王子の姿に、そろそろ止めないとまずいな。そう思って二人の間に手をかざすと――
「……zZZ」
またもや眠りについていた。本当に……この娘は。
「ん?あれ?……また寝たのか!」
「こんな感じなのでこれで失礼しますね、殿下。それと妻のことは諦めてください。では――」
釘を刺す様に微笑みながら眠りについた彼女を横抱きにしてソファーから立ち上がった。
すぐ横で一部始終を見ていた執事は、しばらく放心状態のままで固まっていたけど、僕が部屋を出ようとしているのに気がついて、すぐさま扉を開けてくれた。
じぃやには刺激が強かったみたいだね。
◇ ◇ ◇
彼女を横抱きにして抱えて歩いていると、ふと思い出した。あの時エラが口を近づけた時、無意識に手をかざそうとしたことを。いつもの僕らしくない。あんなに焦らなくても良かったのに何故……
「ふぁ〜ぁ。……あっ、いつものオリュバーの顔に戻ったぁ!良かった〜」
僕の顔を見て安心したのか、顔をすりすりと胸元に押し付けてくる。これは甘えているのだろうか?
「ねぇ、さっきお嫁に貰ってくれるって言ってたの……あれ、まだ有効かな?」
「うん!おじさんが貰ってあげりゅからねぇ〜。安心してオリュバー。」
「おじさん……?」
酔って一人称がおじさんって……思わず笑みがこぼれてしまう。本当に想像の斜め上をいく発想だ。
どうやら僕を嫁がせてくれるらしい。
「フフ……」
ふと顔を上げると、素で笑う自分の顔が窓に反射していることに気付いた。
……いつも彼女といる時こんなに笑っていたのか。
「どうしゅたの〜?」
「別に、大したことじゃないよ」
◇ ◇ ◇
「それで$*£~bu2¥で……」
「そりぁ辛い思いしたな。さっ、飲んで忘れるんだ」
王子が何を言っているのかって?
そんなの俺にも分からん!
血相変えてやって来た執事に突然呼ばれたかと思えば泣き崩れてて――
「グス……うぅ……」
この始末。昼はエラが不機嫌だったし夜には王子が泣くし今日は散々な日だ。
「テイリー、君は優しい男だな!きっとすぐに結婚できるぞ!」
「そりゃどうも」
つっても俺、婚約者もいないのに。
「人生振られることもある!しっかり気を保つんだぞ」
「我が息子よ。泣いて忘れるんだ」
俺を挟んで座る国王と王太子。一国の王と次期王にサンドされるというなんとも言えない状況に毒付くしかなかった。これ俺いるのか?って。
あと男三人でこのソファーじゃ狭すぎる!それでもこの二人、すでに出来上がっているらしく何故かこっちに座ってんだよ。
「飲みすぎて王妃様から叱られますね。これ」
「ほんとね。こうなるとなかなか終わらないわ」
コソコソと話すメイドの絶望的な会話を俺は聞き逃さなかった。まじかよ!このまま行くとオールかよ!
「よし!今夜は飲みまくろう弟よ」
「そうだぞ!飲め飲め!」
俺の横で交わされる乾杯に危うく意識が無くなりかけた。酒耐性のあるこの俺が。
あぁ……長い夜になりそうだ。




