前線
俺は冒険者ギルドに向かう。
「ギルマス。治癒士の勉強は一通りしてきました。前は魔物討伐の前線でヒーラーの仕事をするのが、クラス上げに効果的でしたが、治癒士も同じような感じでしょうか?」
「あぁケラだったな。そうだな。それが良いと思う。行くか?」
「はい」
「じゃあ。そこにある依頼書を受けろ。ただ地獄みたいなところだから、それは覚悟しとけ」
「はい。行ってきます」
「あぁ。でもちょっと待て」
ギルマスは目を細める。
「はい」
「なんで、そんなキツイ所に行く?ここはお前がいた時代とは違うんだろ。混乱して頭がおかしくならねぇか?」
「あぁ。前に覚えたんです。キツイ時は忙しくしてたほうが楽だと」
「なるほどな。すまなかった。がんばってくれ」
「はい」
依頼書を取り受付に渡す。
馬車の時間を聞き、
馬車に乗り込む。
前線は街から二週間ほどいった場所だそうだ。
治癒士の入門書を何度も何度も読んだ。
目で読み、口で反復し、形を真似した。
何度も何度も繰り返した。
始めはからかってきた御者も、何も言わなくなった。
前線に進むにつれ、
街の活気はなくなり、
人々の顔にも笑顔が少なくなった。
前線は、以前よりも後退していた。
「ようやく着いたよ」
御者は言った。
「ありがとうございます」
「まぁ、あんたは命を落とすなよ」
御者は目を細めた。
男が近づいてくる。
「君が新しい治癒士見習いか?」
「はい。ケラです」
「カラシンだ。君の上司になる。私について仕事をしてくれ」
「はい」
「さっそく良いか?」
「はい」
「では、基本中の基本だ。まず彼らの止血を頼む」
そこには十人ほどの怪我人がいた。
「わかりました」
俺は怪我人の止血を始める。
カラシンは他の所に向かう。
汗が流れる。
単純な作業がもどかしい。
カラシンが戻ってきた。
「確認をお願いします」
カラシンはさっと確認する。
「この程度なら合格だ。これから止血が必要な者が、どんどん運ばれてくる。手早く片付けてくれ」
「はい」
それから、ずっと止血を続けた。
毎日毎日。
それが3か月続いた。
始めは血が消えない事に違和感を覚えた。
でも、
しだいに血が消えていたヒールという魔法が、
そもそも異常だったのではと思うようになっていた。
ここでは遺体の埋葬が、日常になっていた。
誰も涙を流さない。
ただ繰り返される反復作業。
心が壊れるというか、
心が慣れる。
ただそれだけだった。
ある日、
「昔は、ヒーラーという職業があって、怪我をすぐ治していたらしいぞ」
そんな声が聞こえた。
俺は思い出した。
この近くに神殿があったことを。
ずっと連勤が続いていたこともあって、
久々に休みが取れた。
その神殿に向かう事にした。
神殿自体はあった。
ただボロボロに壊されていた。
一時間程探索すると、
片隅に小さな神像が壊されずにあったのを見つけた。
「ハマー神様ご無事でしたか。今人間の世界は、あなた様の加護を得られず、ボロボロになっております。あなたの力がなければ、滅びる未来も近いでしょう。再び力をお借りできないでしょうか?」
俺は祈りを捧げる。
「なんで人間なんかに」
声が聞こえた。
「ハマー神様。お話ができるのですか?」
「人と話すのは、久しぶりだ。暇つぶしになるわ」
「俺は300年ほど前、まだあなた様への信仰が厚かった時代から参りました」
「あぁそうか。だからか」
「再びお力をお借りできませんか?」
「断わる」
「信仰がなくなったからですか」
「そうじゃな。信仰がなくては力も顕現できん」
「俺が復興させましょう」
「無理だ」
「なぜですか?」
「邪神扱いだからな」
「なぜ邪神扱いに?」
「お前は知らないのか?我らがどうやって回復させているのか」
「対価を支払っていました」
「それは金の事だろう」
「はい」
「金では生命力は買えん」
「では?」
「供儀の短剣という呪具で、魔物にとどめを刺すことで治癒力を得るんだ。命と引き換えだな」
「しかし、俺はそんな事はしていません」
「それは神殿の直属の騎士団が行っていたからだ」
「では俺は魔物の命を買って、人々に分けていたと?」
「まぁそうなるな」
「しかし、魔物の命なら、誰も文句を言わないのでは?」
「それがな。人に手を出しよったのよ」
「まさか……、そんな」
「あぁ狂っておろう。ただな政治と、いろんな状況が絡み合えば、ありうる事」
「ハマー様、つかぬ事をお伺いしますが、あなたは女神なのでは?」
「男神じゃよ」
「そうですか……」
「残念か?」
「いえ」
「神殿の上層部が変えたのよ。印象のためにな」
「そうですか……」
「わかったろ。立ち去れ」
「供儀の短剣はどこに?」
「そこら辺に落ちておろう」
片隅に錆びついた短剣があった。
「こちらですか」
「あぁそれだ。錆びてはいるが、使えはする」
「俺がこれで魔物を倒せば、再びヒールは使えますか?」
「あぁ、それが本来の使い方じゃ」
「わかりました」
「待て!どこに行く!」
「立ち去れとおっしゃったのでは」
「何をするつもりじゃ」
「ヒールを使えるようにします」
「ではワシの名は出すな。お前の身が危うい」
「それでは効果がないのでは?」
「ワシへの信仰心と供儀の短剣の使用。そしてヒールの三ツがあれば成立する。ワシの名前は神殿側の宣伝文句じゃ」
「わかりました。しかし手を貸してくださるので?」
「契約に従うまでの事だ。お前の為ではない」
「ありがとうございます。俺の身を案じていただいて」
「いや……、信者があんな目を見るのは、うんざりだ」
そこでハマー神の声は途切れた。
俺は辺りを散策し、弱い魔物を探し討伐した。
そして供儀の短剣でとどめを刺す。
血が短剣に吸い込まれ、ドクンと振動を感じる。
これでヒールが使えれば、治療は楽になる。
俺は時間の許す限り、弱い魔物を探しては、討伐した。
ヒーラーといえど、治癒ばかりしていたわけではない。
危機対応として戦う訓練も必要だった。
特に前線では……。




