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白き風竜はときをゆく〜ドラゴンに転生した俺の悠久譚〜  作者: やまぐっち
【第三部 覚醒のサイバー・パンク編】千年の亡霊

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第91話 失われた超技術

  アキラは、メインコンソールのキーボードの上で、指が千切れるのではないかと思うほどの速度でハッキングを続けていた。

 彼の額からは、玉のような汗が噴き出し、頬を伝ってコンソールに滴り落ちる。

 モニターに滝のように流れるのは、見たこともない複雑怪奇なプログラムコードの羅列。現代のどのOSとも違う、全く未知の論理構造で組まれた、古代の迷宮だった。


「くそっ、なんだこのセキュリティは……! 現代のどの軍用システムとも構造が違う……! 量子暗号化とも違う、もっと……もっと原始的で、それでいて隙がない……!」


 この施設の防御システムは、間違いなく数百年前の産物だ。だが、その複雑さと堅牢さは、現代の最新鋭の軍事施設のそれを遥かに凌駕していた。

 まさしく、失われた超技術ロストテクノロジー


 この数百年、あるいは千年の間に、人類はある分野において、進化するどころか明らかに「退化」していたのだ。


 その理由は何なのか。

 アキラはハッキングを続けながら、脳の片隅で必死に思考を巡らせた。

 トレジャーハンターとして読み漁った数多の禁書や、裏社会で取引されるオーパーツの記録。その断片的な知識が、彼の脳内で一つのおぞましい仮説を紡ぎ出していく。


「……おそらく、あの記録映像にあったバイオ・ドラゴンの暴走事件。あれが原因だ……」


 人類は、自らが作り出した制御不能な怪物によって、一度滅びかけたのだ。その強烈すぎるトラウマが、生き残った人類にある種の「枷」をはめた。


 『これ以上、神の領域に踏み込んではならない』と。

 『危険すぎる技術は、意図的に歴史から抹消し、永遠に封印すべきだ』と。


 その結果、エーテル科学はより安全で、人々の生活に役立つ平和利用の方向へと発展した。だが、かつて頂点を極めた軍事技術や生命工学の分野は、意図的に停滞させられ、あるいは忘れ去られていったのだ。

 この地下施設は、その人類が自ら葬り去った禁断の遺産そのもの。その禁断の遺産が今、目の前で牙を剥いている。


 一方、俺は魔力を封じられたまま、メカドラゴンとの泥臭い肉弾戦を繰り広げていた。

 アンチ・マナ・フィールドの青白い光の中では、俺はただの巨大な生物でしかなかった。魔法の加護を失った肉体は、驚くほど脆く、そして重い。


 ガキンッ! ドスッ!


 メカドラゴンの動きは、プログラムに忠実で単調だ。だが、その一つ一つの攻撃は、コンマミリの狂いもなく俺の急所を狙い、その肉体を確実に削っていく。

 俺は、相手の攻撃パターンを必死で読み、そのコンマ数秒の隙を突いて反撃を試みる。

 巨大な爪で、黒光りする装甲を引き裂こうとするが、甲高い金属音と共に火花が散るだけで、浅い傷しか付けられない。

 牙で首筋に噛みつこうとするが、滑らかな曲面装甲に歯が立たず、滑ってしまう。

 逆に、相手の肩から突き出たドリル状の突起が、回避した俺の脇腹を抉る。生肉が裂ける鈍い音と、焼けるような激痛が走った。


 完全に劣勢だった。全身から流れる血が目に入り、視界が赤く滲む。


「……くそっ、このままじゃジリ貧だ……!」


 何か手はないのか。

 俺の脳裏に、千七百年の戦いの記憶が走馬灯のように蘇る。


 カイルとの剣戟。魔王軍との死闘。そして、百年の孤独な森での、弱肉強食のサバイバル。

 魔力が使えなかったことは一度もない。

 だが、俺はその中で、魔力だけに頼らない、純粋な生物としての戦い方も学んできたはずだ。

 弱点を突く。


 そうだ、どんな強固な敵にも、必ず構造上の弱点はある。

 俺は、メカドラゴンの動きを冷静に、そして徹底的に観察した。


 その動きは完璧に見えた。だが、ただ一点。

 関節部。頑強な装甲板を繋ぎ合わせる、その継ぎ目の部分だけは、どうしても可動域を確保するために装甲が薄く、そして内部の動力パイプがむき出しに近い状態になっている。


 狙うはそこだ。

 俺は、わざと大きく体勢を崩し、傷ついた脇腹を無防備に敵の前へと晒してみせた。致命的な隙。AIならば、この絶好の機会を見逃すはずがない。

 案の定、メカドラゴンの人工知能は、その好機を完璧に捉えた。


『……攻撃パターン・デルタヘ移行。対象ノ腹部ヲ高周波ブレードニテ切断シマス』


 無機質な音声と共に、その長い尻尾が、まるで巨大な鎌のように、俺の腹をめがけて鋭く振り下ろされる。


 俺は、その一撃を待っていた。

 高周波ブレードが、俺の身体に届く寸前。

 俺は、床を転がるようにして紙一重で回避した。そして、尻尾を振り切った反動でがら空きになった、尻尾の付け根、その関節部に、ありったけの力で牙を突き立てた。


 ガッッッッッッッッッッッ!!!


 これまでとは、全く違う手応え。

 硬い装甲を貫き、俺の牙が内部の太い動力ケーブルと油圧パイプを噛み砕いた、確かな感触があった。

 バチバチバチッ!と、青白い火花が俺の口内で炸裂し、凄まじい電流が牙を通じて全身を駆け巡る。


「ぐ……うおおおおおっ!!」


 感電の激痛に耐えながらも、俺は決して牙を離さなかった。それどころか、顎の力をさらに込め、噛み砕いた関節部を支点に、その五メートルほどの鉄の塊を、軽々と持ち上げたのだ。


『……ギ……!? システムエラー……! エラー! 下半身トノ接続ガ……制御不能……!』


 メカドラゴンの動きが、初めて乱れた。尻尾と、後ろ足がだらりと力を失い、空中で虚しくぶら下がっている。


 やった! 好機は今だ!


「ヴァイスさん、そいつを振り回して時間を稼いでくれ! あと少しで、こいつのAIのメインルートを特定できる!」


 コンソールの向こうから、アキラの叫び声が飛ぶ。


『了解だ!』


 俺は咆哮すると、牙にぶら下げたままのメカドラゴンを、まるで巨大なハンマーのように、床や壁に何度も何度も叩きつけた。


 ガシャァァァン! ドゴォォン!


 凄まじい破壊音が司令室に響き渡り、火花と黒煙が舞い上がる。装甲がひしゃげ、部品がそこら中に飛び散っていく。

 だが、メカドラゴンもただやられてはいない。上半身はまだ生きており、腕のクローや口のガトリング砲を乱射して必死に抵抗してくる。俺の身体に、新たな傷が刻まれていく。

 それでも、俺は叩きつけるのをやめない。アキラが活路を見出す、その貴重な数秒を稼ぐために。


「……見つけた! こいつの行動パターンを逆探知して、アンチ・マナ・フィールドの制御アルゴリズムを発見した! あと三十秒……いや、十秒あれば、この忌々しいフィールドを止められる!」


 アキラが歓喜の声を上げる。

 だが、敵もそれを察知したかのように、最後の抵抗を試みた。


 ビーッ! ビーッ! ビーッ!


 けたたましい警報音が鳴り響く。

『……最終安全装置、解除。……機密保持ノタメ、自爆シーケンスヘ移行シマス……』


 メカドラゴンの赤いモノアイが、激しく点滅を始めた。その体内の動力炉が臨界点を超えて暴走を始めているのが、直接肌に伝わるほどの高熱として伝わってくる。

 こいつ、俺を道連れに自爆する気だ!


「ヴァイスさん! 離れろ! そいつ爆発するぞ!」


 アキラが絶叫する。

 だが、もう遅い。俺が飛び退いても、この密閉された空間での自爆からは逃げられない。

 爆発まで、あと数秒。ここまでか――。

 俺が覚悟を決めた、その瞬間。


『―――やったぞ! ハッキング成功だ!』


 アキラの、喉が裂けんばかりの歓声が響き渡った。


『施設のメインシステム掌握! ……アンチ・マナ・フィールド、強制解除ッ!』


 その言葉と同時に、俺の身体を縛り付けていた鉛のような圧迫感が、ふっと消え去った。

 力が、戻ってくる。

 体内に、そして大気中に満ちる魔力が、堰を切ったように俺の中に流れ込み、嵐のように還流してくる。傷口が熱を帯び、高速で再生を始める。失われた白銀の輝きが、鱗一枚一枚に戻っていく。

 俺は、ニヤリと笑った。


 自爆? 上等だ。

 その莫大なエネルギー、利用させてもらうぞ。


「ヴァイスさん、何をする気だ!? まさか……!」

『黙って見ていろ、アキラ! これが竜の戦い方だ!』


 俺は、牙にぶら下げたメカドラゴンの首の関節部に爪を食い込ませたまま、口を大きく開けた。

 そして、今まさに爆発しようとしている動力炉の、純粋なエネルギーの奔流を、俺の魔力で無理やり吸い上げ、吸収し始めたのだ。

 本来ならブレスを吐くための器官を逆流させ、外部のエネルギーを取り込む。それは、自らの身体を炉とする、極めて危険な賭けだった。


「ぐおおおおおおおおっ!!」


 俺の身体は、許容量を超えた膨大なエネルギーの奔流に耐えきれず、悲鳴を上げる。血管が内側から焼き切れそうだ。鱗の隙間から、青白い光が漏れ出す。


「ヴァイスさん! 無茶だ! そんなことをしたら、あんたの身体が……!」


 アキラが悲鳴を上げるが、俺は吸収をやめない。

 そして、その吸収したエネルギーを、体内で練り上げ、俺自身のブレスの力へと変換していく。

 メカドラゴンの赤い点滅が、急速に光を失っていった。まるで生命を吸い取られるように、その輝きが弱まっていく。

 やがて、動力炉のエネルギーを骨の髄まで吸い尽くされたそいつは、カラン、と乾いた音を立てて床に落ち、完全に沈黙したただの冷たい鉄屑と化した。


 だが、戦いは終わっていなかった。

 今、本当の危機は俺自身の内にあった。

 俺の喉元は、自爆エネルギーと俺の全魔力が融合した、超高密度のエネルギーで臨界寸前まで白く輝いていた。


 ゴポゴポと、喉の奥でエネルギーが沸騰する音が聞こえる。身体が内側から膨張していくようだ。俺の意思とは関係なく、鱗が逆立ち、全身から青白いスパークが迸る。


「……ヴァイスさん……? 大丈夫なのか……?」


 アキラが、恐る恐る尋ねる。


『……ああ。……少し、食い過ぎたようだ……。このままでは、俺自身が爆弾になる……』


 このエネルギーを、制御しきれない。

 これをここで放てば、この地下施設も、アキラも、俺自身も、全てが蒸発する。

 逃がす場所は、一箇所しかない。


「……アキラ、伏せろ!」


 俺は最後の理性を振り絞り、短く告げると、この忌々しい地下施設の天井、その一点に向かって、上を向き、溜め込んだ全てのエネルギーを一気に解放した。

 それは、もはや風のブレスではなかった。

 ただの、純粋な破壊の光。


 ズゴオオオオオオオオオオオオオッッ!!!!


 閃光が全てを飲み込み、轟音が全てを破壊した。

 俺の一撃は、施設の頑丈な天井だけでなく、その遥か上にあった岩盤、土砂、そして地上のクレーター、さらには不毛の大地を覆っていた分厚い雲までをも一直線に貫き、天を突いた。

 光の柱が、宇宙まで届くかのように伸びていく。



 どれくらいの時間が経っただろうか。

 やがて、全てを白く染めていた光が収まり、鼓膜を破るような轟音が遠ざかると、世界は絶対的な静寂に包まれた。


 ぽっかりと空いた天井の大穴から、何かがキラキラと舞い落ちてきた。

 それは、光だった。

 本物の、太陽の光。

 雲が吹き飛び、数百年もの間この土地を覆っていた汚染された空気が、俺の一撃で浄化され、吹き散らされたのだ。

 そして、穴の向こうには、数百年ぶりに澄み渡った、美しい青い空が姿を現していた。


「……すげえ……。空が……青い……」


 埃まみれの顔を上げたアキラが、その信じがたい光景に、ただ呆然と呟いた。

 俺もまた、そのどこまでも広がる蒼穹を見上げていた。


『……ああ。いい眺めだ』


 俺は、熱を持った喉を冷やしながら、満足げに鼻を鳴らした。

 俺と千年の亡霊との死闘は、こうして幕を閉じた。

 後に残されたのは、完全に沈黙した地下施設と、そしてこの土地に秘められた、恐るべき謎の始まりだけだった。

 だが、今はただ、この美しい空を、もう少しだけ見上げていたい気分だった。



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