第89話 沈黙の研究所
巨大なクレーターの底に降り立った俺は、アキラが示したエネルギー反応の真上付近の壁面を、鋭い嗅覚と視力でくまなく調査し始めた。そして、ついにその痕跡を発見する。
『アキラ、これだ。ここから中へ入れる』
「マジかよ……! よく見つけましたね!」
アキラも小型のスラスターで俺の隣に降り立ち、その巨大な扉を見上げて息を呑んだ。
「この材質……チタンでもタングステンでもない。未知の合金だ……。軍の基地のシャッターより、遥かに硬いぞ……」
『道を開ける。下がっていろ』
アキラを安全な場所に退避させ、俺は扉の分厚い装甲のわずかな隙間に、魔力を込めた爪をねじ込んだ。
ガギィィィィンッ!!
格納庫のシャッターとは比較にならない、耳をつんざくような甲高い金属音。爪が滑り、火花が散るだけだ。
『……くっ、硬い!』
「ヴァイスさん! ただの力押しじゃ無理だ! この合金、衝撃を分散させる特殊な構造になってる!」
アキラが端末で材質をスキャンしながら叫ぶ。
「でも、こじ開けられるとしたら一点だけ! 扉の上下にある、カンヌキのような巨大なロック機構! そこを同時に破壊すれば、強度が落ちるはずだ!」
『……同時に、か。やってみる』
俺はアキラの指示通り、上部のロック機構に前足の爪を、下部のロック機構に尻尾の先端を、それぞれ突き立てた。
そして、全身の筋肉を連動させ、ありったけの力を込める。
ギギギギギギギ……ッ!!
扉全体が軋み、悲鳴を上げる。
『……開けぇぇぇぇぇっ!!』
俺が咆哮と共に渾身の力を込めると、ついにロック機構が限界を超え、けたたましい音を立てて破断した。
バランスを失った扉が、重力に従ってゆっくりと内側へと倒れていく。人が、そして俺が通れるほどの隙間ができた。
ゴォッ、と、隙間の奥から、淀んだ空気が生温かい風となって吹き出してくる。油とカビ、そして何かが腐ったような、吐き気を催す異臭だ。
「うわっ、くせぇ……! やったな、ヴァイスさん!」
『ああ。行くぞ』
俺とアキラは、強力な軍用ライトを点灯し、その謎の地下施設へと足を踏み入れた。
「……気味が悪いな。まるで墓場だ」
アキラが身震いする。ライトの光が、果てしなく続く通路の闇を切り裂くが、その先は見えない。
施設は、地下都市のように広大で、迷路のように入り組んでいた。俺たちはアキラの持つエネルギー探知機を頼りに、動力炉があると思われる中心部を目指して進んでいく。
いくつもの部屋を通り過ぎる。そこには、用途のわからない巨大な機械の残骸や、緑色の液体に満たされたまま割れている人間大の培養カプセルが転がっていた。床には、風化して白くなった、白衣のようなものを着た人骨も散乱している。ここで何か恐ろしいことが起きたのだ。
そして、施設の最深部。
俺たちは、ひときわ巨大な鋼鉄の扉を破り、一つの広大な部屋へとたどり着いた。
そこは、この施設全体を管理する司令室のような場所だったのだろう。
部屋の中央には、壁一面を覆う巨大なメインスクリーンがあり、その周りを無数のコンソールが囲んでいる。だが、全て電源が落ち、沈黙していた。
「……ダメか。完全に死んでるな……」
アキラが埃をかぶったコンソールを叩くが、反応はない。
「いや、待てよ。こういう施設は、メイン電源とは別に、記録保持用の独立した予備電源があるはずだ。……あった! この床下のケーブルだ!」
アキラは床のパネルをこじ開け、埃まみれになりながらも、切断された動力ケーブルを見つけ出すと、自らの端末をバイパスさせて接続した。
「……よし、通電! 予備電源、強制起動!」
彼の言葉と共に、司令室の非常灯がぼんやりと点灯し、メインスクリーンに激しいノイズが走り始めた。
「やったぞ! ここの記録データをサルベージできるかもしれない……!」
彼は、驚異的な速さでキーボードを叩き、施設の深層データへとハッキングをかけていく。
やがて、スクリーンに一つの映像が映し出された。数百年前の、監視カメラの記録だ。
そこに映っていたのは、狂気と歓喜に満ちた研究員たちが、巨大な強化ガラスの水槽を囲む光景。そして、その中で蠢く、血のように赤黒いドラゴンの姿だった。その身体には無数のケーブルや機械部品が醜く突き刺さり、それは生物というより、生命を冒涜した工業製品――『バイオ・ドラゴン』とでも言うべき存在だった。
その時、映像の中で施設全体が赤い警告灯に染まり、サイレンが鳴り響く。
バイオ・ドラゴンが暴走を始めたのだ。強化ガラスを内側から突き破り、逃げ惑う研究員たちを踏み潰し、薙ぎ払っていく。研究者たちの絶叫が響き渡る。
そして、最後に彼は天に向かって咆哮し、その口から凄まじいエネルギーの奔流、破壊光線を放った。閃光が画面を白く染め、映像はそこでプツリと途切れた。
「……なんだ……これは……」
アキラが、信じられないものを見たという顔で呆然と呟いた。
俺も言葉が出なかった。全てを理解した。
「……つまり、この土地は、このバイオ・ドラゴンの暴走で……」
『いや、違う』
俺は首を振った。
『こいつの力だけでは、これほどの広範囲を汚染し尽くすことはできん。……それに、あのクレーター。あれは外部からの攻撃によるものだ』
俺の言葉に、アキラはハッとして、ある可能性に思い至った。
「……まさか……。数百年前の軍が、この暴走したバイオ・ドラゴンを止めるために、この場所ごと戦略兵器で……? 例えば、あのフェニックス級の爆弾で……」
『おそらく、そうだ。だが、この施設の装甲が、軍の予想を遥かに超えて頑強だった。結果、地表の生命は焼き尽くされ、不毛の大地が生まれた。だが、爆心地であるこの施設は破壊を免れ、地下深くに眠る元凶もろとも、歴史の闇に葬られた……』
「だから公式記録も『原因不明の失敗』なんて曖昧なのか……。自分たちの失態を隠すために……」
歴史の闇。いつの時代も、権力者は自らの失敗を隠そうとするものだ。その代償として、一つの森が死んだとしても。
「……この施設は、いったい何を作ろうとしていたんだ……?」
アキラが、さらにデータを深く探っていく。そして、彼は一つの極秘ファイルを見つけ出し、そのタイトルを読み上げた。
「……プロジェクト『D』。……コードネーム『デストロイドラゴン』……?」
その、あまりにも不吉な響きの名前が読み上げられた、まさにその瞬間だった。
ウウウウウウゥゥゥゥーーーーーッ!!!!
突如、司令室全体に、耳をつんざくようなけたたましい警報音が鳴り響き、非常灯が赤く激しく点滅を始めた。
「な、なんだ!?」
『……俺たちが予備電源を復旧させたことで、ここの自動防衛システムが再起動したんだ!』
ガコンッ! ズシンッ!
俺たちが破ってきた背後の扉が、何重ものロックバーが下りる重々しい音を立てて、完全に閉鎖された。
「くそっ、退路が……!」
アキラが焦って振り返るが、もう遅い。
そして、司令室の奥、さらに深い闇へと続く通路から、何かが近づいてくる気配がした。
それは、生物の足音ではない。
カシャ……カシャ……ウィーン……。
規則正しく、冷たく、そして明確な殺意を帯びた、機械の駆動音。
ライトの光が、闇の中からゆっくりと現れるその影を捉えた。
影は、通路の入り口でピタリと止まり、その全身を俺たちの前に晒す。
その顔面にある、ただ一つの真紅の単眼が、ギョロリと動き、俺とアキラの姿を正確にロックオンした。
『―――侵入者ヲ確認。生体反応、2。危険度判定……測定不能。……プロトコル7ニ従イ、直チニ排除ヲ開始シマス』
感情のない合成音声が、冷え切った司令室に不気味に響き渡った。
忘れられた過去の亡霊が、千年の時を経て、再びその忌まわしき起動音を上げ、俺たちの前に姿を現したのだ。




