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白き風竜はときをゆく〜ドラゴンに転生した俺の悠久譚〜  作者: やまぐっち
【第三部 覚醒のサイバー・パンク編】神話との対話

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第81話 鋼鉄の世界のルール

 人類の前に姿を現した、伝説の風竜ヴァイス。

 俺が放った「ただのんびりと暮らしたい」という予想外の要求に対し、前線指揮所のテント内では参謀たちによる激しい議論が交わされていた。


「あれほどの戦略級生物を野放しにするのは危険すぎる!」


 そんな声が漏れ聞こえてくる中、やがて、長い沈黙と熟考の後。現場の最高指揮官であるタカギは一つ深く息を吐き、決断を下した。


「……ヴァイス殿と、お呼びしよう」


 彼の俺に対する呼び方が変わった。「貴官」から「殿」へ。

 それは、俺を「排除すべき未知の脅威」から「対等に交渉すべき隣人」として正式に認めた証だった。


「……貴殿の言葉を信じる。……だが、貴殿も理解してほしい。……この現代社会において、貴殿のような規格外の力を持つ存在が、何の制約もなく自由に行動することは、許されない」


 タカギは、背後にそびえ立つ摩天楼を指差す。


「……それは、市民の安全を脅かし、社会に多大な混乱を招く。……悪気はなくても、貴殿が歩くだけで道路は陥没し、飛ぶだけで航空路は麻痺するのだ。法治国家の治安維持を担う者として、それを看過するわけにはいかない」


『……それが、この鋼鉄の世界のルール、というわけか』


「その通りだ。……『郷に入っては郷に従え』と言う言葉をご存知かな?」

『……知っているとも。千年前からある言葉だ』

「……そこで、我々からの提案だ」


 タカギは、懐から一枚の電子ペーパーを取り出し、読み上げた。


「……我々は、貴殿の身の安全と、不自由のない衣食住、そして我々の監視下でのある程度の自由な行動を保証する。……その代わり、貴殿には我々の『保護下』に入ってもらいたい。……そして、我々のいくつかの科学的調査に協力していただきたい」


 なるほど。

 要するに、衣食住付きの「保護観察処分」兼「研究対象」になれということか。


 悪くない提案だ。

 俺もこの未知の世界で、通貨も持たず、地理もわからぬまま一人で生きていくのは何かと不便だろう。俺の巨体が収まる寝床を探すだけでも一苦労だ。

 彼らの力を借りられるのなら、それに越したことはない。それに、「調査」というのも、千年の時を経て俺自身の身体がどう変化しているのかを知る上で、少しばかり興味をそそられる。


『……よかろう。……その提案、受けよう』


 俺が首を縦に振り、承諾の意思を示すと、タカギと、その部下たちの顔に、深い安堵の色が浮かんだ。

 張り詰めていた緊張の糸が切れ、現場の空気がふっと緩む。

 最悪の武力衝突という事態が回避されたのだ。全世界のモニターの前で見守っていた人々も、この平和的な解決を歓呼の声で迎えたことだろう。


「……感謝する、ヴァイス殿。賢明な判断だ」


 タカギは、俺に向かって深々と敬礼した。


「……それから、アキラ君」


 彼はそのまま、厳しい表情でアキラの方に向き直った。


「……君の功績は大きい。君がいなければ、意思の疎通に齟齬が生じ、最悪の結果になっていたかもしれない」

「いえ、そんな……」


「だが!」


 タカギの声が一段と低くなる。


「君が建設局のIDを偽造し、生体認証を誤魔化して国家プロジェクトの現場に不法侵入した罪。さらには軍の封鎖線を車両で強行突破した罪。……これらは到底見過ごせるものではない。本来なら、即刻再教育施設送りだ」


 その言葉に、アキラの顔から血の気が引く。遠くで聞いていたガストンとシルビアも「やっぱりそうなるわよね」と顔を見合わせた。


「……しかし」


 タカギは、そこでふっと口元を緩めた。


「……先ほどのヴァイス殿との仲介役としての見事な働き。あれは君にしかできない芸当だ。……そこで、取引をしよう」

「と、取引、ですか?」

「そうだ。……君のこれまでの罪状をすべて特例で帳消しにする代わりに、君には今後、ヴァイス殿の専属の『特務リエゾン(連絡将校)』として、我々統合軍に協力してもらう」


 リエゾン。つまり、竜と人類を繋ぐ公式な外交官としての役割だ。


「……彼との確かな信頼関係を築いている君以上に、この大役の適任者はいないだろう。危険手当も含め、報酬は弾む。……どうだ?」

「特務、リエゾン……!?」


 アキラは驚き、そして俺の巨大な顔を見上げた。

 俺はニヤリと笑って、軽く喉を鳴らす。


『頼んだぞ、相棒。……俺は結構、大食らいだぞ?』

「……ははっ、マジかよ……。……了解です! 伝説の竜の専属窓口なんて、トレジャーハンター冥利に尽きますね! 謹んでお受けします!」


 アキラは、困ったように頭を掻きながらも、最高に嬉しそうに笑った。

 そのやり取りを見て、少し離れた場所にいたガストンとシルビアも、肩の荷が下りたように深く息を吐き出していた。


「おいおい、あいつ、ちゃっかり軍属のエリートに出世しやがったぞ。俺たちの退職金の心配も、これでどうにかなりそうだな」


 ガストンが太い腕を組んで笑う。


「ええ。……でも、あいつのことだから、そのうちまたとんでもない遺跡に首を突っ込んで、私たちを呼び立てるに決まってるわ。あの腐れ縁は、どうやらまだ続きそうね」


 シルビアも、呆れたように肩をすくめながら、どこか楽しげに「やったわね、相棒」と小さく手を振って彼を祝福していた。

   


 こうして、俺と人類との間に仮の盟約が結ばれ、当面の問題となったのは「俺をどこに滞在させるか」ということだった。

 この過密なメガロポリスのど真ん中に、俺のような規格外の巨竜をいつまでも置いておくわけにはいかない。


「……ヴァイス殿の巨体を収容でき、かつ民間人への影響が少なく、我々が警備と調査を行いやすい場所……」

 タカギが腕の端末からホログラムの都市マップを展開し、顎に手を当てて思案する。


「司令、それなら第二湾岸地区の沖合にある、あの場所がいいのでは?」

 幕僚の一人が指差した先。


そこには、高層ビル群から海を隔てて少し離れた場所に浮かぶ、巨大な人工島があった。


「……なるほど。第七空軍基地か。あそこなら、軍の巨大戦略爆撃機を収容するための超大型格納庫がある。ヴァイス殿に入っていただくには十分な広さと強度があるはずだ」


 タカギの提案に、俺も異存はなかった。海が近く、空が開けている場所なら、この息苦しいビルの谷間よりはずっとマシだ。


「よし、では直ちに移動を開始する。アキラ君、君は我々と同乗したまえ」


 タカギが指示を出すと、アキラが目を輝かせた。


「えっ! 俺、ヴァイスさんの背中に乗って飛んでいくんじゃないんですか!?」

「馬鹿なことを言うな」


 タカギが呆れたように一蹴する。


「今の君は、特殊な耐Gスーツも酸素マスクも持っていない丸腰だぞ。上空の強烈な風圧と寒さに曝されれば、数秒で吹き飛ばされて海の藻屑だ」

「あ、そっか……。それもそうですね」


 アキラはしょんぼりしながらも、タカギと共に、交差点のすぐ近くの広い道路に轟音を立てて着陸してきた軍の大型ティルトローター輸送機へと乗り込んでいった。

 俺は、彼らの乗った輸送機と、護衛のために飛来した数機の最新鋭戦闘機に先導される形で、夕暮れの空へと力強く翼を広げた。


 バサァァァッ!!


 巨大な翼が風を叩き、凄まじい風圧と共にアスファルトを蹴って飛び立つ。

 眼下には、ネオンが灯り始めた新ガイアポリスの夜景が、まるで無数の宝石箱をひっくり返したようにどこまでも広がっている。


挿絵(By みてみん)


 先導する輸送機の窓からは、アキラが身を乗り出すようにして、海に反射して煌めく街の光と、俺が飛ぶ姿を感極まったように眺めているのが見えた。


 やがて、前方の海上に、広大な滑走路と無数の誘導灯が青白く輝く人工島が見えてきた。


 第七空軍基地。


 島全体が要塞化されており、軍用機が整然と並ぶエプロンの奥に、規格外の巨大さを誇る半円形の格納庫がいくつも並んでいる。

 俺は滑走路へとアプローチし、バサバサと翼で風のブレーキをかけながら、大きな地響きを立てて着陸した。


 俺を迎え入れるため、最も大きな格納庫の分厚い防爆シャッターが、重々しい金属音を響かせてゆっくりと開いていく。

 俺は輸送機から降りてきたアキラたちと共に、その中へと足を踏み入れた。

 内部は途方もなく広く、コンクリートと無機質な鉄骨に囲まれてはいるが、天井は俺の背丈の数倍の高さがあり、圧迫感はない。軍が急遽手配してくれた、輸送機用の巨大な緩衝材クッションが山のように積まれ、俺の仮の寝床が作られていた。


 シャッターを開け放てば、潮の香りを孕んだ海風が吹き抜け、遠くに波の音が聞こえる。かつてのエルフの森の豊かな自然とは程遠いが、それでも決して悪くない場所だった。


「……ここが、これからの俺たちの新しい拠点か。……悪くないですね、ヴァイスさん」


 アキラが格納庫の中を興味津々に走り回りながら、壁の端末を弄ったり、クッションの感触を確かめたりしている。

 そのはしゃぎぶりは、まるで秘密基地を手に入れた少年のようだ。

 俺は、そのだだっ広い格納庫の中央に積まれたクッションの上に、ドスリと重い身体を横たえた。

 千年ぶりに目覚め、怒涛のように過ぎ去った一日。


 約千六百年前は、勇者と肩を並べ、世界を滅ぼす魔王と戦った。

 約千年前は、探検家の少女と共に、差別という偽りの平和と戦った。

 そして、今は軍の保護下で、歴史オタクの青年とコンビを組んで、のんびりと隠居生活を送ることになった。


 俺の人生……いや竜生は、いつだって退屈とは無縁らしい。


 それは、それで悪くない。

 俺は久しぶりに、心の底から愉快な気分になり、大きく笑った。


「グハハハハハッ!」


 その地響きのような笑い声は、人工島の基地全体をビリビリと揺るがし、外で警備に当たっていた兵士たちを「敵襲か!?」と震え上がらせたという。


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