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白き風竜はときをゆく〜ドラゴンに転生した俺の悠久譚〜  作者: やまぐっち
【第三部 覚醒のサイバー・パンク編】神話との対話

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第77話 古き騎士の礼

 俺が地下から飛び出し、落下物から少女を救ったことで起きた奇妙な膠着状態。それを破るように、遠くから地響きを伴う重低音が近づいてきた。

 この街の治安を維持する、正規の武装部隊が到着したのだ。

 けたたましいサイレンの音と共に現れたのは、分厚い漆黒の装甲に覆われた大型の軍用車両の部隊と、パワードスーツに身を包んだ重装歩兵たち。そして、空にはガンシップと呼ばれる重武装の垂直離着陸機が数機、ホバリングしながら砲門をこちらに向けている。

 その機体に刻まれたエンブレムを見て、俺は目を細めた。


 『統合平和維持軍』。

 かつて、魔王大戦の時代にカイルや仲間たちが立ち上げた騎士団。その名前と「平和を維持する」という意志は、歴史の波を越え、形を変えながらも、この千年の未来まで受け継がれていたらしい。


 彼らは現場に到着すると、まず何よりも、遠巻きに俺を見物しようと集まっていた野次馬たちの避難誘導を最優先に開始した。


「市民の皆さんは速やかに地下シェルターへ退避してください! ここは危険です! 立ち止まらないで!」

「撮影をやめて、落ち着いて誘導に従ってください!」


 その手際の良さは、見事なものだった。スマホや端末を掲げて群がる人々を規律正しく、かつパニックを抑え込むように押し返していく。千年経っても、弱き人を守るという軍隊の矜持は失われていないようだ。


 彼らは野次馬たちを完全に退避させると、俺の周囲、半径一キロの交差点を封鎖した。

 そして、歩兵やガンシップの銃口、装甲車の砲塔を、一斉に俺の巨体に向けながら、ジリジリと包囲網を狭めてくる。

 だが、その武装した兵士たちもまた、平然としているわけではなかった。

 俺の聴覚は、ヘルメット越しに漏れる彼らの動揺した声と、荒い呼吸音をしっかりと捉えていた。


「おい、冗談だろ……なんだあの異常な質量は……」

「装甲車なんて、あいつが足を踏み出せば一瞬でスクラップだぞ……」

「隊長、ターゲットのロックオンが定まりません! 手が……手が震えて……!」


 一触即発の空気。

 彼らの恐怖が頂点に達している。俺がほんの少しでも動けば、恐怖に駆られた誰かが引き金を引き、一斉射撃が始まるだろう。


 その張り詰めた空気を切り裂くように、装甲車の最後尾から、一人の男が降り立った。

 初老だが背筋が鋼のように真っ直ぐに伸び、歴戦の猛者のような鋭い眼光を持つ男。軍服の階級章を見るに、現場の最高指揮官だろう。

 彼は拡声機能のついた通信端末を手にすると、兵士たちの間を抜け、俺の真正面、部隊の最前線へと歩み出た。


「総員、待て! 撃つな!」


 彼は、恐怖で今にも発砲しそうになっている部下たちを、腹の底から響く大声で制した。


「相手の行動が読めん! こちらから刺激するな! まずは状況を見極める!」


 男は、ビルを見上げるようにして俺の巨大な頭を仰ぎ見た。

 その額からは止めどなく脂汗が流れ落ちている。無理もない。彼の常識からすれば、俺は言葉の通じない、街を滅ぼしかねない巨大な猛獣と同じなのだ。

 それでも彼は、自らの恐怖を理性でねじ伏せ、努めて冷静な、よく通る声を張り上げた。

「……こちら、統合平和維持軍、中央管区防衛司令官のタカギだ!」

 タカギと名乗った男の声は、微かに震えていた。だが、その瞳には決して逃げないという強い意志が宿っている。


「……貴様の正体も、この街に現れた目的も分からん! だが、先ほどの人命救助の行動……あれは、決して偶然や本能によるものではなく、理知的な意図を持った行動に見えた!」


 彼は、俺の青い瞳をじっと見据えた。

 意思疎通ができる確証など、どこにもない。それでも、彼は武力に訴える前に、対話を試みようとしていたのだ。


「……もし、我々の言葉が理解できるなら……! もし、貴様に知性があるのなら……! 我々に敵意がないことを示してくれ! これ以上の混乱を招かないよう、その場から動かないでいてくれ!」


 なるほど。

 千年後の軍隊は、ただやみくもに攻撃するだけの脳筋集団ではないらしい。

 これほどの未知の脅威を前にしても、まずは理性的に対処し、血を流さずに対話の可能性を探ろうとする。タカギという男のその姿勢は、大いに評価に値する。


 ならば、俺もその誠意に応えよう。

 だが、どうやって?

 テレパシーを送ることはできる。だが、いきなり頭の中に異種族の声を響かせれば、彼らは未知の現象にパニックになり、「精神攻撃を受けた」と勘違いして発砲してくる危険性が高い。


 もっと物理的で、視覚的に分かりやすく、かつ平和的な方法で、俺の「知性」と「無害」を証明しなければならない。

 俺は少し考え、千年の記憶の中から一つの方法を思いついた。

 俺は、ゆっくりと、決して威嚇に見えないように細心の注意を払いながら、右の前足を地面から持ち上げた。


 そのゆっくりとした動きにすら、兵士たちが「ひっ!」と息を呑み、ガンシップの砲身がビクリと揺れる音が聞こえる。タカギ司令も身を固くし、拳を握りしめた。


 俺は、持ち上げた前足の巨大な爪先を、そっと自分の左胸……心臓のあるあたりに当てた。

 そして、前足をそのままに、長い首をゆっくりと曲げ、地面スレスレまで深く頭を垂れた。

 それは、かつて俺の背中に乗った勇者カイルが、戦いの前に王や仲間たちへ示していた敬意のポーズ。

 あるいは、エルロードの騎士たちが剣を胸に当てて示す、古き良き礼儀作法。

 『我が心に敵意なし』を示す、竜なりの不戦と恭順の証明だった。

 その、あまりにも人間的で、かつ古式ゆかしい理知的な仕草を見た瞬間。

 タカギ司令も、引き金に指をかけていた部下たちも、そしてこの光景を中継で見ていた全世界の人々も、息をのんで静まり返った。


 獣ではない。

 本能だけで暴れ回る怪物でもない。

 この神話の中から抜け出してきたような圧倒的な存在が、人間と同じ、いやそれ以上の知性と礼節を持ち、我々との対話を求めているのだと、言葉を介さずに伝わったのだ。


「信じられん……」


 タカギ司令が、呆然と呟いた。


「……我々の言葉が、通じているというのか……? それに、あの古い騎士の礼を、知っているとでもいうのか……?」


 未知との遭遇。

 それは、ただ街が破壊されるパニック映画の幕開けではなく、人類の歴史が新たな、そして数奇な一歩を踏み出した瞬間でもあった。

 だが、意思の疎通はまだジェスチャーのみだ。

 俺が誰で、どこから来て、何を望んでいるのか。詳細を伝えるには、どうしても「言葉」が必要になる。


 アキラ。

 あいつは、まだあの暗い地下の底にいるのか?

 俺は頭を下げたまま、視線だけを動かして、アスファルトにぽっかりと空いた大穴をチラリと見た。

 早く上がってきてくれ、相棒。

 この新しい世界で、お前の出番だぞ。





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