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白き風竜はときをゆく〜ドラゴンに転生した俺の悠久譚〜  作者: やまぐっち
【第三部 覚醒のサイバー・パンク編】神話との対話

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第76話 鋼鉄の森の異邦人

 地下深くから突き破るように飛び出した俺が、千年ぶりに目にした未来都市の光景。

 それは、俺の理解の範疇をあまりにも暴力的に超えていた。

 俺は巨大な交差点の真ん中で、ただ呆然と周囲を見回していた。


 かつて見渡す限りの緑と岩肌が広がっていたエルロード山脈の面影は、微塵もない。代わりに天を突くようにそびえ立っているのは、冷たいガラスと鋼鉄で覆われた無数の摩天楼だ。

 空を覆い隠すほど複雑に入り組んだ多層式の立体ハイウェイには、流線型の自動運転車が血液のように絶え間なく行き交っている。ビルの壁面全体が巨大な発光板ディスプレイとなっており、そこには毒々しいほど鮮やかな極彩色のホログラム広告が踊り、絶え間なく人工的な光を放ち続けていた。

 見下ろせば、俺の突然の出現に悲鳴を上げて逃げ惑う、蟻のように小さな人々。


 何もかもが、俺の知っている世界とは違っていた。土の匂いも、木々を揺らす風の優しさもない。あるのは、冷たく無機質な金属の冷気と、排気ガスの匂い、そして刺すような電子音だけだ。

 俺が地下から地上へと躍り出たことによるパニックは、想像を絶する凄まじさだった。


 俺がアスファルトの地殻を吹き飛ばして現れたことで、交差点を走っていた何十台もの自動運転車が制御を失い、一斉に緊急ブレーキの金切り声を上げて玉突き事故を起こした。


ガシャァァァン! 


という無数の金属がひしゃげる衝突音が反響し、いくつかの車両からは黒い煙が立ち上っている。

 地上の歩道では、人々が我先にと悲鳴を上げながら、ビルの入り口や地下鉄の階段へと雪崩を打って逃げ込んでいく。


 街全体が、巨大な蜂の巣を叩き落としたような大騒ぎになっていた。

 俺は自分が、とんでもない騒ぎを引き起こしてしまったことに、ようやく気がついた。


(いかん、いかん)


 ただ外の様子を見ようと思って、少し顔を出しただけなのだが。俺の巨大すぎる体躯がこの過密な都市に現れれば、それだけで歩く災害、さながら破壊神の降臨だ。

 まずは落ち着かねば。一旦頭を地下に引っ込めて、アキラたちと合流し、今後のことを相談しよう。


 そう思い、俺が開けた大穴の中へと再び身を沈めようとした、その時だった。

 俺のドラゴンの鋭敏な聴覚が、狂騒とサイレンの只中から、か細く、しかし切実な助けを求める声を捉えた。


「……ママ……! どこ……!?」


 それは、恐怖に震える幼い子供の声だった。

 視線を下ろせば、俺のすぐ目の前にある高層ビルの一階。巨大なショーウィンドウが俺の出現の衝撃で粉々に割れ、鋭いガラス片が散乱している歩道の上。


 逃げ惑う群衆の波に飲まれ、親とはぐれてしまったらしい小さな獣人の女の子が、一人ぽつんと取り残され、泣きじゃくっていた。

 彼女の頭には、狐のような三角形の愛らしい耳がついている。かつて共に旅をしたリリと、同じ種族だ。


 そして、その子の頭上遥か高く。

 俺が地下から突き破ってきた際の凄まじい地盤の隆起と振動によって、古いビルの壁面に設置されていた巨大な金属製のホログラム発生装置の基部が、限界を迎えていた。


 ギギギ……バキンッ!


 留め具が千切れる悲鳴。直後、トラックほどもある巨大な鉄塊が、壁面から完全に剥がれ落ちた。

 落下地点の真下には、泣きじゃくるその幼女がいる。


 まずい、下敷きになる!

 俺の身体は、思考するよりも先に反射的に動いていた。

 再び地上へと首を伸ばし、その巨大な鼻先を、女の子のすぐ横へと滑り込ませる。

 そして、傷つけないように極めて優しく、しかし確実に、彼女の小さな身体を鼻先で掬うようにして、落下の危険区域の外へと押し出した。


「きゃっ!?」


 女の子は、突如横から現れた「動く白い壁」に押され、驚いてコロリと尻餅をついた。だが、そこは街路樹の柔らかな芝生の上だ。怪我はない。

 直後。


 ドガアアアアアンッ!!


 凄まじい轟音と共に、巨大な鉄の塊が、彼女がついコンマ数秒前まで立っていた場所に垂直に落下し、分厚いコンクリートの歩道を粉々に砕いて突き刺さった。


 間一髪だった。もし俺が動かなければ、彼女は今頃、あの鉄板の下で潰れたトマトのようになっていただろう。


「あ……」


 女の子は、何が起こったのか全く理解できず、目の前に突き刺さった巨大な鉄板と、自分を助けてくれたと思われる俺の途方もなく巨大な顔を交互に見比べ、目を白黒させている。

 その瞳に映っているのは、純粋な恐怖か、それとも未知への驚愕か。

 やがて、パニック状態の人混みの中から、母親らしき女性が血相を変えて駆け寄ってきた。


「……リナ!リナ!ああ神様、無事なの!?」

「ママ……!」


 二人は、互いの無事を確かめ合うように強く抱き合った。母親は涙をボロボロと流し、娘の顔や手足を必死に撫で回して、怪我がないか確認している。

 そして、母親はふと顔を上げた。

 目の前には、ビルを数階分覆い隠すほどの質量を持った、俺の巨大な顔面がある。竜の熱い息吹が、彼女たちの髪を揺らした。


「ひぃぃぃっ……!!」


 母親は顔面を蒼白にさせ、腰を抜かしてその場にへたり込んだ。無理もない。どんな猛獣よりも巨大で、神話の化け物が目の前にいるのだから。

 彼女はガタガタと全身を震わせ、娘を自分の背中に隠すようにして覆いかぶさった。


「あ、ああ……娘は……食べないで……! お願い……!」  


 恐怖で半狂乱になりながらも、彼女は必死で俺から娘を守ろうとしていた。だが、同時に彼女は、この化け物が先ほど何をしたのか、一部始終を見ていたのだろう。

 彼女は恐怖で涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしながらも、コンクリートの地面に額を擦りつけるようにして、深く、深く頭を下げた。


「……あ、ありがとうございます……! あなたが、この子を助けてくださったのですね……! 本当に、本当に……っ!」


 極度の恐怖と、それを上回る感謝。

 その震える言葉に、俺は少しだけ心が和んだ。

 千年経っても、世界がどれほど無機質な鋼鉄に覆われても、親が子を思う気持ちと、感謝の心は変わらないらしい。

 俺は彼女たちを安心させるように、喉の奥でゴロゴロと低く唸り、ゆっくりと瞬きをして見せた。危害を加えるつもりはない、と伝えるように。

 この一連の出来事は、ほんの数十秒の間のことだった。

 だが、それはこの街の至る所に設置された無数の監視カメラや、人々のインプラントデバイス、そして上空を飛び回る報道用の小型ドローンによって克明に記録され、瞬時に全世界へとライブ配信されていた。


 ビルの壁面の巨大ディスプレイに、今まさに俺が行った救助の一部始終が、スローモーションや拡大映像で繰り返し映し出されている。


『――速報です!セクター7地区の中央交差点に出現した謎の超巨大生物、落下物から獣人の子供を救助した模様です!』

『信じられません! あの生物には、我々と同じような高度な知能と倫理観があるのでしょうか!? ただ暴れ回る怪獣ではないのかもしれません!』

『専門家の分析を待っていますが、ネット上では、この姿は……千年前の伝説のドラゴンに酷似しているとの声が爆発的に広がっています!』


 俺の出現によるパニックは、この映像をきっかけに、少しずつ、しかし確実にその質を変えていった。

 悲鳴を上げて逃げ惑っていた人々が足を止め、ビルの陰や安全な高架歩道の上から、遠巻きに俺の様子を窺い始める。


 彼らの瞳に宿るのは、もはや純粋な「怪物への恐怖」だけではなかった。

 自分たちの常識では計り知れない、おとぎ話の中から抜け出してきたような圧倒的な存在への畏怖。そして、「もしかしたら、あれは敵ではないのかも?」という、かすかな好奇心と期待。


 そんな、奇妙な膠着状態が十五分ほど続いただろうか。

 俺はこれ以上街を壊さないよう、その場から一歩も動かずにじっとしていた。周囲には警察のホログラムテープが張られ、空には何十機もの報道ドローンが虫の群れのように集まり、俺の顔の周りを飛び回ってフラッシュを焚き続けている。

だが、このまま静かに終わるはずがない。

 やがて、遠くからアスファルトを震わせる、重々しい駆動音が近づいてきた。





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