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白き風竜はときをゆく〜ドラゴンに転生した俺の悠久譚〜  作者: やまぐっち
【第二部 偽りの平和と伝説の再臨編】新たな敵

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第62話 平和の祭典に潜む影

 次回の『大陸未来創造会議』は、これまでのどの会議とも異なり、比類ない規模と、華やかな祝祭的な意味合いを強く帯びていた。

 それは、長きにわたる人間と亜人との血みどろの対立の歴史に終止符を打ち、両者が正式に和解し、新たな協力関係を築くための「歴史的な調印式」が執り行われる予定だったからだ。

 いがみ合ってきた種族同士が手を取り合い、大陸の未来を共に歩む。それは、まさに誰もが待ち望んだ新しい時代の、本当の意味での始まりの日であった。


 会場となるリンドブルムの王都は、数日前から国を挙げての熱狂的なお祭り騒ぎに包まれていた。

 街の目抜き通りには、平和協定機構の青い旗と、アーベル亜人連合を構成する各種族のカラフルな紋章旗が、風を受けて誇らしげに、そして美しくはためいている。


 広場には無数の出店が立ち並び、ジュージューと香ばしい肉の焼ける匂いや、ハチミツをたっぷり使った甘い焼き菓子の香りが漂う。あちこちから陽気なリュートや軽快な笛の音色が響き、人々は昼間から安ワインの入った木杯をカチンと打ち合わせて笑い合っていた。


「おい、エルフの兄ちゃん!その珍しい酒、もう一杯頼むわ!」

「人間は本当に酒好だな。森の果実をたっぷり使った特製だから、悪酔いしないようにな!」

「ガハハ!ドワーフの作ったこの肉焼き器、火力が最高だぜ!」


 かつては目を合わせることすら避けていた者たちが、今は同じ屋台で肩を並べている。

 何より俺の目を細めさせたのは、石畳の道を、人間の子供たちと、狐や狼の耳を持った獣人の子供たちが、何のわだかまりもなく手を取り合って駆け抜けていく光景だった。


「待てーっ!」

「あはは、捕まえてごらんなさい!」


 彼らは無邪気な笑い声を上げながら、教国時代には「異端の悪魔の呪具」と恐れられていたドワーフ特製のゼンマイ仕掛けのからくり人形を追いかけ、エルフの吟遊詩人が奏でる音楽に合わせて楽しそうにくるくると踊っている。


 転んで膝を擦りむいた人間の男の子を、熊の獣人の女の子が優しく助け起こし、泥を払ってやっている姿もあった。

 ほんの一年前には、誰一人として想像すらできなかった光景だ。

 人間と亜人は、ただ憎み合い、高い壁の向こうとこちら側で互いに怯えながら生きるしかなかったのだから。


 俺は、上空の雲の切れ間から、その平和で温かな光景を、心からの満足感を覚えて静かに眺めていた。

 俺が……いや、俺たちが望んだ世界が、今、まさにここで実現しようとしている。


(カイル。ルナミリア。ギルバート。……空の上から、見ていてくれるか?)


 俺は、天上の友たちに向けて、心の中で静かに語りかけた。


(お前たちが命を懸けて夢見た世界は、五百年の時を経て、ようやくここに実を結んだぞ。お前たちの願いは、決して無駄ではなかったんだ)


 吹き抜ける風が、俺のたてがみを優しく撫でていく。空はどこまでも高く、果てしなく澄み渡っていた。


 そして、運命の会議の当日。

 俺が住処としている渓谷に、朝早くからリンドブルムの仕立て屋たちが荷馬車でやってきて、大騒ぎを始めていた。


「さあリリ様!今日という晴れの日のために、王都の仕立て屋が総出で縫い上げた特別なドレスです! さあさあ、お召しになって!」

「ええっ!? こんなヒラヒラした真っ白なドレス、わたくしには似合いませんよ!それに、動きにくくて……」


 岩陰で着替えを済ませて出てきたリリは、顔を真っ赤にして、自分のドレスの裾を少しだけ摘んでモジモジとしていた。

 いつもは土に汚れてもいい動きやすい探検家の服ばかり着ている彼女だが、今日のドレス姿は、春に咲く白い花のように可憐で、とてもよく似合っていた。


『よく似合っているぞ、リリ。今日はお前も、この新しい時代を切り開いた立派な主役の一人だ。胸を張れ』

「ヴァイス様……。ふふっ、ありがとうございます! でも、やっぱり尻尾のやり場に困りますね」


 彼女が照れくさそうに狐耳をパタパタと動かすと、仕立て屋のおかみさんが「まあ可愛い!」と手を叩いて喜んだ。

 俺は、そんな彼女を背中に乗せ、歓声の待つリンドブルムの王城へと向かった。

 俺の巨体が王都の上空に現れ、巨大な影を落とした瞬間、地上の広場からは地響きのような、割れんばかりの拍手と歓声が沸き起こった。


「見ろ! ヴァイス様だ!」

「我らが守護竜様がいらっしゃったぞ!」

「聖獣様万歳! 平和万歳!」

「ママ見て、竜だよ! おっきくて、白いねぇ!」


 かつて教国においては「人間の兵器」と崇められ、亜人たちからは「同胞を焼いた恐怖の対象」として恐れられた俺の名を、今や誰もが親しみと深い敬意を込めて呼んでくれる。

 広場を埋め尽くす人々の顔にあるのは、笑顔、笑顔、笑顔。


 俺の背中の上で、リリもまた感極まったように瞳を潤ませながら、小さな手を精一杯振って民衆の歓呼に応えている。

 俺は、ただの恐ろしい怪物でも、都合の良い神輿でもない。

 真の意味で、この世界の「守護竜」として、彼らに受け入れられていた。

 俺はいつものように、王城の広大な中庭にゆったりと巨体を横たえた。

 そして、大きく開け放たれたバルコニーの窓越しに、これから始まる歴史的な調印式を、誇らしい気持ちで見守ることにした。


 大広間の中には、リンドブルム国王アルフレッド、連合の議長代行となったエルフのルシル、ドワーフの戦士団長ボルガ、そして各国の要人たちが、晴れやかな顔で円卓についている。

 壁際には、美しい金色の装飾が施された調印の儀式用の契約書が、静かにその時を待っていた。


「……信じられない光景ね」

 ルシルが、隣の席に座るボルガに、感慨深げに囁いた。

 彼女の緑色の瞳には、かつて人間を恐れ、森の奥で心を閉ざしていた頃の暗い陰りは微塵もない。そこにあるのは、未来への確かな希望の光だけだった。


「エルフとドワーフと人間が、武器ではなくペンを持って、こうして同じテーブルで笑い合っているなんて。……お祖母様がこの景色を見たら、なんと言って喜んだかしら」

「ガハハ! 決まってるさ。『ようやく世界がまともになった』って、あの優しい顔で涙を流して喜ぶに違いねえ!」


 ボルガは豪快に笑い、手にした葡萄酒のグラスを軽く掲げた。


「これも全て、窓の外にいるあの竜の旦那と、ここにいる皆が、諦めずに泥水すすって頑張ったおかげだ。……さあ、始めようぜ。新しい時代の、本当の幕開けだ」

「ああ、全くだ。今日は、我々の歴史に残る、最良の日となるだろう」


 アルフレッド国王も深く頷き、万感の思いを込めて、調印書にサインをするための羽ペンに手を伸ばした。



 誰もが希望に満ち溢れていた。

 誰もが、この温かい平和が、これからは永遠に続くと固く信じていたのだ。

 その希望の光が強ければ強いほど、すぐそこに迫っている「黒い影」の濃さに、誰も、本当に誰一人として、気づくことができなかった。


 俺もまた、油断していたのかもしれない。

 この幸福で、温かく、あまりにも優しい平和な空気に、完全に心を許してしまっていた。

 どんな微細な敵意も見逃さないはずの竜としての警戒心が、平和という居心地の良いぬるま湯の中で、確実に鈍っていたのだ。


 俺の鋭い感覚が、街の華やかな祝祭の空気に紛れ込んだ、微かな、しかしおぞましいほどの「殺気」に気づいたのは、大広間で調印式がまさに始まろうとした、その直前だった。


(……ん?)


 なんだ、この不快な気配は。

 それは、まるで美しく描かれた純白の絵画に、ドス黒い墨汁をポタポタと垂らしたかのように、街のあちこちから、同時に、複数立ち上っていた。

 城門を守る衛兵の服を着た男から放たれる、隠しきれない敵意。

 民衆に紛れて陽気に酒を飲む商人の懐に隠された、冷たい凶器の気配。

 そして、教会の鐘楼や、建物の屋根の上の死角に潜む、無数の黒い影たち。


 彼らは、『真実の暁』のテロリストたちだった。

 彼らは、この祝祭の日に、羊の皮を被った狼のように巧妙に紛れ込み、静かに、そして着実に、血塗られた殺戮の準備を整えていたのだ。

 俺は、瞬時に最悪の事態を察知した。


『リリ!皆に警告を!敵襲だ!』


 俺が緊迫したテレパシーで背中のリリに叫んだのと、彼らが一斉に狂気の行動を起こしたのは、ほぼ同時だった。


「「「全ては、真実の暁のために!!」」」


 街のあちこちで、狂信的な叫び声と共に、黒いローブをまとった男たちが隠し持っていた武器を一斉に抜き放った。

 彼らは、パレードに歓声を上げる無防備な民衆の中に無慈悲に飛び込み、手当たり次第に凶行に及んだ。


「きゃあああああっ!」

「な、なんだお前たちは! ぐわあっ!」

「助けて! 誰か!」


 逃げ惑う人々の悲鳴と、血に飢えた怒号。

 笑顔と音楽で満ちていた祝祭の広場は、一瞬にして、阿鼻叫喚の悪夢のような光景へと変貌してしまった。

 屋台はなぎ倒され、青い旗は泥と血にまみれて踏みにじられる。

 同時に、王城の大広間にも、衛兵に化けていたテロリストたちが乱入し、各国の要人たちに襲いかかった。


「なっ、何事だ!?」

「敵襲だ!円陣を組め!要人をお守りしろ!」

「なぜ王城の内部に賊が!?衛兵は何をしている!」


 平和を誓うはずだった会議室は、一瞬で凄惨な戦場と化し、大混乱に陥る。

 ボルガが巨大な戦斧を即座に構えて飛び出し、ルシルの護衛であるエルフの精鋭戦士たちが魔法の障壁を展開してすぐさま応戦する。

 だが、敵は自らの命すら惜しまない、死を恐れない狂信者の集団だ。倒しても、倒しても、次から次へと、まるで底なしの沼から湧き出るように、異常な執念で襲いかかってくる。


「くそっ!キリがねえぞ!ルシル、国王陛下をお守りして下がれ!」

「ボルガ殿!あなたも無理をしないで!」


 そして、中庭にいる俺の目の前にも、この惨劇を引き起こした最大の脅威が、その邪悪な姿を現した。

 中庭を囲む城壁の上に、音もなく、十数人の黒いローブの男たちが現れたのだ。

 その中心に立つ、不気味な鉄仮面をつけた男、預言者が、一つの禍々しい宝玉を、その手に高く掲げていた。

 黒曜石のように深く黒く、しかし内側からドス黒い紫色の光をドクンドクンと脈打つように放つ、不吉な石。


 ――ッ!?


 それを見た瞬間、俺は息を呑んだ。

 全身の白い鱗が、本能的な警鐘を鳴らして逆立つほどの、激しい戦慄が背筋を駆け抜ける。

 見間違えるはずがない。

 あの魔玉だ。

 七百年前、俺の愛する母の命を無慈悲に奪い、俺の魂に消えない絶望の傷を負わせた、あの忌まわしき、呪われた光。


(なぜ、あれがここにある!?)


 俺の思考が、混乱と恐怖で激しく乱れる。

 あの魔道具は、母を葬った後、砕け散って消滅したはずだ。

 それとも、あの狂信者どもは、五百年という途方もない年月をかけて、あのおぞましい禁忌の兵器の製法を密かに受け継ぎ、あるいは復元したというのか。

 俺のような規格外の竜を、確実に殺すためだけに。


「ククク……。初めましてだな、風竜ヴァイス」


 預言者の、仮面越しに歪められたくぐもった声が、混乱する中庭に不気味に響き渡る。

 彼はまるで旧友に再会したかのように、馴れ馴れしく、そして底意地悪く、残酷な視線で俺を見下ろしていた。


「……いや、もはや牙を抜かれた、ただの『平和の番犬』と言うべきか。……その腑抜けたお前に、我ら初代聖騎士団の末裔からの、ささやかな贈り物をくれてやろう」



挿絵(By みてみん)



 その紫黒色の宝玉を見た瞬間、俺の身体中の血が凄まじい勢いで逆流し、同時に芯から凍りつくような異常な感覚に襲われた。

 理屈ではない。竜としての本能が、生存本能が悲鳴を上げているのだ。


 憎しみ。

 悲しみ。

 そして、抗うことのできない、絶対的な死の恐怖。

 五百年前の、あの血塗られた夜の記憶が、まるで昨日のことのように鮮烈に脳裏に蘇る。

 禁忌の魔道具に取り憑かれ、生命力を吸い尽くされて苦しむ母の悲痛な絶叫。美しい白銀の鱗が黒く変色し、全てを無に帰していった、あの邪悪な紫の光。


 俺の巨体は、まるで石になったかのように、金縛りにあって一ミリも言うことを聞かなくなってしまった。


 これは、ただの兵器ではない。

 竜の魔力回路を内部から食い破り、魂そのものを蝕み、その存在理由を根こそぎ破壊する、竜のためだけに作られた呪いの塊なのだ。


「さあ、味わうがいい!お前の母親が味わった、同じ絶望と苦痛を!歴史は繰り返すのだ!」


 預言者が狂ったように高らかに笑い、その魔玉を、俺の顔面に向かって力いっぱい投げつけた。

 スローモーションのように、紫色の光が空気を歪ませながら俺に迫ってくる。

 避けられない。


 足が、翼が、動かないのだ。

 あの時の母と同じだ。俺も、母と同じ運命を辿り、ここで無様に命を散らすのか。

 俺が、己の理不尽な死を覚悟し、ゆっくりと目を閉じようとした、その時だった。


「―――ヴァイス様!!」


 俺の目の前に、白いドレスを着た小さな影が、まるで弾丸のように飛び出してきた。

 リリだった。


 大広間のバルコニーから飛び出した彼女は、恐怖で顔を蒼白にさせ、足はガクガクと震えていた。

 人間や亜人にとって、あの禍々しい魔玉から放たれる死の気配は、竜以上に恐ろしいもののはずだ。本能が「逃げろ」と叫んでいたに違いない。

 だが、彼女は決して逃げなかった。

 彼女は、俺が探検家としてただ一人山を登ってきたあの日から、ずっと変わらない「恩人への愛」と「守りたい」という絶対の意志で、恐怖をねじ伏せたのだ。


 彼女は、自らの小さな、あまりにも華奢な身体を盾にするように、俺の巨大な顔の前に、両手を大きく広げて立ち塞がった。


「させません……!あなた様を、死なせはしません……!」


 魔玉は、何の躊躇もなく、無慈悲にリリの小さな背中に、まるで意思を持つ吸血鬼のようにベチャリと吸い付いた。


 そして、あの時の母と同じように、おびただしい数の黒いいばらのようなオーラが、一瞬にして彼女の純白のドレスを汚し、その身体に幾重にも絡みつく。

 呪いのオーラは、彼女の生命力を、貪欲に、音を立てて吸い上げていく。


「……ぐ……ぁ……っ……!」


 リリの身体が、水揚げされた魚のようにビクンビクンと激しく痙攣し、その輝いていた金色の瞳から、急速に光が失われていく。

 俺との間に結ばれた精神的な繋がりを通して、彼女の温かい生命力が、秒刻みで削り取られ、冷たい死へと引きずり込まれていくのが、痛いほどに分かった。


 彼女の魂が、声なき絶叫を上げている。


「リリ……?」


 俺の頭は、真っ白になった。

 時間が、完全に止まった。

 世界から、あらゆる音が消え去った。

 目の前で、俺の一番大切な、五百年の孤独を埋めてくれた小さな守り人が、ボロ雑巾のように力なく崩れ落ちていく。


 そして、次の瞬間。

 俺の精神の奥底で、何かが、ぷつりと、音を立てて千切れた。

 恐怖も、過去の悲しみも、後悔も。

 その全てを一瞬にして飲み込む、純粋で、絶対的で、世界を燃やし尽くすほどの灼熱の『怒りの炎』が、俺の魂を、その根源から焼き尽くした。

 それは、五百年間培ってきた理性を一瞬で焼き切り、ただ「目の前の敵を消滅させる」という破壊衝動だけを残す、原初の怒り。


「貴様らだけは.......」


 グルルルルルルルルルルルル……。


 俺の喉の奥から、地獄の底から響くような、低く、おぞましく重い唸り声が漏れた。

 それは、もはや理性ある竜の鳴き声ではなかった。それは、星をも砕く、破壊の神の産声だった。

 世界が、俺の怒りに共鳴するように、ビリビリと悲鳴を上げて震え始めた。

 澄み渡っていた青空が瞬く間にドス黒い暗雲に覆われ、真昼間だというのに世界が闇に包まれる。雲の隙間を、怒を代弁するような激しい稲妻が幾筋も走る。


「……貴様らだけは、絶対に、許さん」


 守護竜ヴァイスが、その永い生涯の中で初めて、人間に対して純粋な殺意を抱いた瞬間だった。

 優しき平和の象徴は、この日、全てを無に帰す破壊の化身へと、変貌を遂げた。





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