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白き風竜はときをゆく〜ドラゴンに転生した俺の悠久譚〜  作者: やまぐっち
【第二部 偽りの平和と伝説の再臨編】教国の傲慢

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第50話 動き出す森と新たな火種

 ルナミリアの真実が白日の下に晒されてから、エルフの森には、まさに嵐のような劇的な変化が訪れた。

 五百年間もの長きにわたり、絶対の真理として信じ込まされてきた「偽りの歴史」が、根底から覆されたのだ。


 森の民は当初、深い混乱と動揺に見舞われた。自分たちが信じていた教義が崩壊し、自分たちの祖先が英雄の死を冒涜し、他種族を不当に蔑んできたという事実は、誇り高きエルフたちの自尊心を激しく傷つけたからだ。


 だが、エルウィンをはじめとする長老たちが、言い訳をすることなく泥にまみれ、民衆の前で涙を流して謝罪し、真摯に彼らと向き合い続けたことが、事態を好転させた。


 長老たちのその悲壮な覚悟は、民の間に渦巻いていた不信感と怒りを、やがて「過ちを正し、未来へ向かわねばならない」という活力へと変える原動力となったのだ。

 俺は世界樹の巨大な枝の上、小鳥たちだけが知る特等席で、その目まぐるしい変化の様子を静かに、そして頼もしく見守っていた。


 眼下の広場では、若いエルフたちがいくつも車座になり、禁書庫から持ち出された古い書物――人間やドワーフと共に戦った魔王大戦の真実の記録を、熱心に読み耽っている。

 彼らの瞳は、恐怖ではなく、未知の世界への好奇心で輝いていた。


 ルナミリアが目指した「他種族との共存」という理想は、閉塞感に苦しんでいた若い世代にとって、ただの古びた遺言ではなく、これからの新しい時代を生きるための道標として映ったのだろう。


「人間は、私たちが教わってきたような、怖いだけの生き物じゃないんだって」


「あのドワーフの技術を取り入れれば、森の外縁部の土壌改良ができるかもしれないわ」


 そんな前向きな会話が、風に乗って俺の耳にも心地よく届いてくる。

 かつて固く閉ざされ、結界に守られていた森の門は、今や物理的にも、そして精神的にも完全に開放されていた。


 まず最初の一歩として、アーベル亜人連合の首都エアレンディルへ、エルウィン長老を筆頭とする正式な使節団が送られることになった。

    

 数日後。亜人連合議事堂の広大な大ホール。

 張り詰めた緊張感が漂う中、エルウィン長老は、連合の最高評議会議長である獅子の獣人、レオニダスの前に進み出た。


 レオニダスは玉座に深く腰掛け、鋭い琥珀色の眼光でエルフたちを見下ろしている。

 その周囲には、ドワーフの族長や鳥人族の代表など、各部族の長たちが並び、エルフの使節団に対して冷ややかな、あるいは敵意に満ちた視線を向けていた。


 無理もない。エルフたちはこれまで五百年間、彼らからの同盟の誘いや救援要請を冷酷に無視し続け、結界の中で高みの見物を決め込んでいたのだから。


 エルウィンは、静かに手にした杖を床に置き、その場に両膝をついた。


 そして、床に額を擦り付けた。エルフにとって最大の屈辱とも取れる、土下座の姿勢だ。


「……レオニダス議長、並びに各部族の代表の方々」


 エルウィンの声は老齢で震えていたが、その言葉の一つひとつはホールに響き渡るほど明瞭だった。


「我々エルフ族は、五百年の長きにわたり、同じ亜人としての同胞である貴殿らを蔑ろにし、教国からの幾多の苦難を見捨ててきました。……その傲慢と非礼を、心よりお詫び申し上げます」


 深く頭を下げるエルウィンに続き、随行していたルシルたち若いエルフも一斉に平伏した。

 ホールに大きなどよめきが走る。


「あの高慢なエルフが、頭を下げただと……」

という驚きの声が漏れる。


「我々は、過去の悲劇から逃れるために偽りの歴史を作り、自らの殻に閉じこもっていた臆病者でした。ですが、風竜ヴァイス殿のお導きと、真実の開示により、ようやく目が覚めました」


 エルウィンは顔を上げ、レオニダスを真っ直ぐに見据えた。


「今更、過去の罪の許しを請おうとは思いません。ですが、どうかこれからの『未来の我々の行動』を見ていただきたい。我々の魔法、森の知識、そしてこの命……その全てを、教国に対抗するこの連合のために捧げる覚悟です。どうか、我々を……再び仲間として迎え入れてはいただけないだろうか」


 重く、長い沈黙が流れた。

 各部族の代表たちは顔を見合わせ、すぐには答えを出せずにいる。

 やがて、レオニダスが重々しく口を開いた。


「……頭を上げられよ、エルウィン殿」


 レオニダスは玉座から立ち上がり、ゆっくりと階段を下りてエルウィンの元へと歩み寄ると、その震える手を取って無理やり立たせた。

 その剛毅な獅子の顔には、微かな、しかし確かな笑みが浮かんでいた。


「過ちを自ら認め、他者の前で頭を下げることのできる者を、我々亜人連合は決して拒まない。……それに、あんたのその目、昔の腐った魚のような冷たい目より、ずっといい目をしている」


 レオニダスが豪快に笑い、エルウィンの華奢な肩をバシバシと叩いた。


「歓迎しよう、古き友よ! これからは共に戦う同志だ!」


 その瞬間、ホールは割れんばかりの拍手と歓声に包まれた。

 特に、あの頑固なドワーフの戦士団長、ボルガの反応は凄まじかった。


「ガハハハ!あの石頭どもが、ようやく目を覚ましたか!いいぞ、これで結界魔法の改良が進む! そして何より、これでやっとエルフの極上ワインが飲めるってもんだな!」


 ボルガがそう言って、どこからともなく隠し持っていた樽酒を開け、議事堂のど真ん中で祝杯を挙げ始めたという報告を後でリリから聞いて、俺も思わず空の上で苦笑した。


    

 こうしてエルフの森は、正式にアーベル亜人連合の一員となった。

 長年の懸案だった「対教国用の共同防衛網」の構築は、エルフたちが提供する高度な結界魔法と、ドワーフの建築技術が組み合わさることで、飛躍的なスピードで進展し始めている。

 そして、俺の存在は、その変化と融和の象徴となっていた。


 当初、俺に向けられていた「人間の手先」「裏切り者の竜」という警戒の目は、今や完全に消え失せていた。代わりに向けられるのは、「森を解放した賢龍」「ルナミリア様の盟友」という、こそばゆいほどの畏敬の念だ。


 広場を歩けば、子供たちが手を振り、果物を供えようとする老婆まで現れる始末だ。

 俺は、彼らの勝手な評価の手のひら返しに内心呆れつつも、決して悪い気はしなかった。ルナミリアが愛したこの森の民たちが、本来の明るさと強さを取り戻していく様を見るのは、友として誇らしいことだったからだ。

 数ヶ月が過ぎ、季節が緑から紅葉へと移り変わる頃。


 エルフの森が、誰かに強制されることなく、自らの足で新しい道を歩み始めたことを見届けると、俺はそろそろ、この地を去る時が来たと感じ始めていた。

 俺の旅の目的は、この五百年の空白を埋め、世界の真実を知ること。

 そして、かつての仲間たちが遺したこの世界の行く末を、最後まで見届けることだ。

 一つの場所に、安穏と長く留まるつもりはない。それは風竜としての俺の性分ではないし、何より、まだ見ぬ新たな脅威の気配が、西の空から俺の肌をチリチリと刺激していたからだ。




 俺が、内心で旅立ちの準備をしていた、ある日のことだった。

 探検家のリリが、血相を変えて、俺が休んでいる世界樹の根元へと駆け込んできた。普段は冷静な彼女にしては珍しく、足をもつれさせんばかりの慌てようだ。


「ヴァイス様! た、大変です!」


 彼女が、息を切らしながら震える手で差し出したのは、一枚の羊皮紙だった。

 そこには、暗号めいた文字が羅列されている。


「これは……?」

「亜人連合の情報部が、聖アルド教国の軍事通信を傍受した極秘の報告書です!」


 リリは深刻な顔で、喉を鳴らすように続けた。


「教国が、大規模な軍事行動を準備しているようです! 国境付近に、数万規模の聖騎士団と攻城兵器を集結させています!」

「……そうか。いずれ来るとは思っていたが」


 俺は冷静に受け止めた。

 エルフの森が連合に加盟し、亜人側の戦力が大幅に増強されたことで、教皇が危機感を抱き、先手を打って総攻撃を仕掛けてくることは十分に予想できたからだ。

 だが、リリの次の言葉は、俺の予想を完全に裏切るものだった。


「いえ、違うんです! 彼らの目標は、我々亜人連合ではないようなのです。彼らが軍を集結させているのは東の国境ではなく……ここから遥か西、大陸中央部! 人間たちの小王国が点在する、あの中立地帯なのです!」


「……中立地帯だと? なぜだ?」


 俺は眉をひそめ、リリの手から羊皮紙を受け取り、鋭い視線を走らせた。

『中立地帯』。その言葉の響きに、俺は五百年前の記憶との強烈な違和感を覚えた。

 かつて、この大陸の中央部には、あの豪胆なヴァルカン皇帝が統治する覇権国家『グランツ帝国』が聳え立っていたはずだ。百万の精鋭を擁し、魔王大戦においては連合軍の中核として、あの『嘆きの平原』で魔王軍を迎え撃った強大な帝国。


 それがなぜ今、教国に脅かされるような小王国群の「中立地帯」などと成り果てているのか。


「……リリ。大陸中央と言えば、かつてはグランツ帝国という大国があったはずだ。あそこはどうなったのだ?」


 俺の問いに、リリは悲しそうに目を伏せた。


「グランツ帝国は……もう、存在しません」

「なんだと?」

「魔王大戦の後、ヴァルカン皇帝の治世が終わると、帝国は後継者争いで内部から崩壊しました。そこに、新興勢力であった聖アルド教国が宗教を盾に政治介入を行い、広大な領土はいくつもの小王国へと切り刻まれてしまったのです。……それが現在の、大陸中央部の『中立地帯』と呼ばれる場所です」


 ……そうか。

 あの強大だったグランツ帝国すらも、時の流れと人間の権力闘争の前には、わずか五百年で砂上の楼閣のように崩れ去ってしまったというのか。

 永遠に続く国などない。頭では分かっていても、かつて共に杯を交わしたあの力強い皇帝の国が消滅したという事実は、俺の胸に重い虚無感をもたらした。


 そこに記されていた暗号文は、そんな没落したかつての帝国の跡地を、さらに無慈悲に踏みにじろうとする教皇の狡猾な作戦計画だった。

 教皇グレゴリウスは、俺が聖都を離れてエルフの森へ向かった後、民衆に向けてこう宣言したらしい。



『見よ!聖獣ヴァイス様は、東の地に巣食う穢れた亜人どもを討伐するために自ら旅立たれた! これは神が我らに与えた聖戦の合図である!』


あの老狐め。

 俺の決別の言葉と破壊行為すら、自分たちの都合の良いように捻じ曲げ、プロパガンダとして利用したのだ。俺が亜人連合に向かった事実を、「単独で討伐に向かった」とすり替えるとは。その厚顔無恥さには、怒りを通り越して感心すら覚える。


 そして、彼の狙いはさらに狡猾だった。

 彼は亜人連合との本格的な全面戦争の前に、まずはかつてのグランツ帝国の領土である大陸中央の小王国群を武力で完全に制圧し、大陸西側から中央にかけての足元を一枚岩に固めるつもりなのだ。


 「亜人討伐のための聖戦の準備」という大義名分で、これらの中立国から物資や兵員を強引に徴発し、逆らう国は「異端の協力者」として踏み潰す。


「……やり方が汚いな」


 俺は吐き捨てるように呟いた。


 亜人との戦争という旗を掲げながら、実際に最初に攻撃するのは、抵抗力の弱い同じ人間の国なのだ。


 そうやって自軍の力を誇示し、恐怖で支配し、大陸全体の主導権を握ろうという魂胆だろう。弱者を喰らって肥え太ろうとする、ハイエナのようなやり口だ。


「このままでは、中央諸国が蹂躙されてしまいます! 彼らは教国のような強大な軍事力は持っていません。ただの平和な中小国ばかりなんです!」


 リリが悲痛な声を上げる。彼女の故郷もまた、かつて理不尽な力によって奪われたのだろうか。その瞳には、切迫した色が浮かんでいた。


「連合として、彼らを助けることはできないのですか?」

「……難しいだろうな」


 俺は静かに首を振った。


「連合は、これまで教国からの防衛で手一杯だった。エルフが加わったとはいえ、自国の守りを薄くしてまで、遠く離れた他国に援軍を送るほどの余力はまだない。それに、下手に手を出せば、『亜人が人間の領土に侵攻した』という絶好の口実を教皇に与え、望まぬ全面戦争の引き金になりかねない」


 つまり、中央の小王国たちは、政治的に見殺しにされるしかない。

 大国のエゴと政治的な駆け引きの中で、声なき弱者は切り捨てられる。それが、この世界の冷徹な現実だった。


 かつて、俺が眠りにつく前は違った。カイルが創設した「大陸平和維持騎士団」が、国家の枠を超えて弱者を守り、大国の横暴を抑止していたはずだ。

 だが、その騎士団も五百年の時の流れの中で腐敗し、教国に取り込まれて消滅してしまった。


 またか。

 また、俺の友が遺した尊い想いが、踏みにじられようとしている。

 カイルが守りたかった「誰もが笑って暮らせる世界」が、権力欲にまみれた亡者たちによって汚されようとしている。


 俺は、黙って立ち上がった。

 ズシン、と地面が揺れる。その振動は、俺の腹の底で決まった覚悟の重さだった。


「ヴァイス様……?」


 リリが不安げに俺を見上げる。俺の纏う空気が、先ほどまでとは別人のように鋭く、冷たくなっていることに気づいたのだろう。

 俺の行く先は、もう決まっていた。



 俺は巨大な翼を広げた。バサリ、と風が巻き起こり、周囲の落ち葉を吹き飛ばす。


「え……!?ま、まさかヴァイス様……!あなたお一人で、教国の軍勢を止めるおつもりですか!?」


 リリが目を見開き、驚愕の声を上げる。

 そうだ。軍隊などいらない。政治的な配慮も、国境のしがらみも、俺には関係ない。


「俺は、ただの一頭の竜だ。友の遺志を継ぎ、気に入らない悪党をぶん殴るだけの、自由な存在だ」


 俺は、リリに向き直り、静かに告げた。


「リリ。お前はここに残れ」

「えっ……!お待ちくださいヴァイス様!私もお供します!足手まといにはなりません、ヴァイス様の背中で……!」


 リリが慌てて俺の足元に駆け寄り、懇願する。だが、俺は首を横に振った。


「ダメだ。これから向かう場所は、ただの戦場ではない。狂信者たちの殺意が渦巻く、地獄になる」


 俺は金色の瞳で彼女を見下ろした。


「俺は、お前を守りながら戦うことはできる。だが、それでは全力が出せないかもしれない。……それに、万が一にも、カイルが愛したこの世界の子孫を、俺の背中で死なせるわけにはいかないんだ」

「……っ」


 リリは言葉を詰まらせ、悔しそうに拳を握りしめた。彼女は賢い。俺の言っていることが、単なる心配ではなく、戦士としての合理的な判断であることを理解したのだ。


「……わかりました。ですが……」


 彼女は顔を上げ、涙をこらえながら俺を見つめた。


「必ず、無事に戻ってきてください。……約束ですよ」

「ああ、約束する。俺は死なない。まだ、この世界で見るべきものがたくさんあるからな」


 俺は彼女の頭を、巨大な爪先でそっと撫でた。


「戦いが終わったら、大陸中央部の山岳地帯にある、元ワイバーンの巣穴で落ち合おう。場所はわかるな?」

「はい。以前、調査の際に見つけた場所です」

「そこで待っていろ。……最高の土産話を持っていく」


 俺は短く告げると、大地を蹴った。

 強靭な脚力が地面を砕き、俺の巨体は矢のように空へと舞い上がった。


 教皇よ。

 お前は、二度、致命的な間違いを犯した。

 一度目は、我を怒らせたこと。

 そして二度目は、我の目の前で、抵抗できない弱者をいたぶろうとしたことだ。

 聖獣の裁きとやらを見たいと言ったな。

 ならば見せてやる。

 我が友、カイルが絶対に許さなかったであろう、その理不尽な暴力を。


 この俺が、見過ごすはずがないだろう。

 大陸の中央で、新たな戦いの火種が今、まさに燃え上がろうとしていた。

 だが、その火種を消すのは水ではない。

 全てを吹き飛ばす、竜の嵐だ。





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