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白き風竜はときをゆく〜ドラゴンに転生した俺の悠久譚〜  作者: やまぐっち
【第二部 偽りの平和と伝説の再臨編】新たな時代へ

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第47話 大樹の議会

 俺が上空で起こした局地的な乱気流の嵐は、迎撃に出てきたエルフの精鋭空騎兵団の戦意を完全に喪失させた。

 彼らはこれ以上の無駄な抵抗を諦め、俺たちを「案内」するという名目で、アーベル亜人連合の首都へと誘導することにしたらしい。隊長のエルフは、俺の背に乗るリリを何度も険しい顔で振り返りながら、風に煽られまいと必死にグリフォンの手綱を握り、俺の前を飛んでいた。

 俺の背中で、リリが風を避けるように身を屈めながら、ポツリと口を開いた。


「……ヴァイス様。ごめんなさい。わたくしの同胞たちが、あなた様に弓を引くような真似をして……。命の恩人に対して、本当に申し訳ありません」

『気にするな。これくらいは想定内だ。だが……』


 俺は眼下に広がる、果てしなく続く巨大な原生林を見下ろしながら、テレパシーで応じた。


『お前たち亜人の国は、随分とピリピリしているようだな。教国の連中よりも、よほど実戦の殺気を帯びている』

「……はい。無理もありません」


 リリは悲しそうに狐耳を伏せた。


「教国は、表向きは『防衛』と称していますが、実際には国境付近の森を焼いたり、小規模な村を襲って亜人を拉致したりと、絶えず挑発を繰り返しています。連合は常にその脅威に晒され、明日にも全面戦争になるかもしれないという恐怖の中で生きているのです」


『だからこそ、人間の国から飛んできた巨大な竜など、警戒して当然というわけか』

「それだけではありません。……アーベル亜人連合は、教国という共通の敵の前に、種族の垣根を越えて作られた急造の組織です」


 リリの言葉には、探検家として各地を見てきたからこその、冷静な分析が含まれていた。


「ドワーフは実利を重んじ、エルフは森の掟に固執し、獣人は部族の誇りを優先する。……内部は決して一枚岩ではないのです。もし、ヴァイス様がこのまま首都に降り立てば、あなたの扱いを巡って、連合内部で意見が割れ、最悪の場合……内戦になりかねません」

『……なるほど。厄介な火種になりにいくようなものか』


 俺は小さく鼻を鳴らした。


『だが、避けて通るわけにはいかん。俺は、お前たちの指導者とやらが、教皇のような腐った目をしているのか、それともまだ「対話」の余地があるのか、この目で見極めねばならないからな』

「……はい。わたくしも、ヴァイス様の真実を、議会に伝えます。わたくしの命に代えても!」


 リリのその決意に満ちた声を聞き、俺は少しだけ飛行速度を上げた。

 首都は、大陸東部の奥深く、かつて魔王城があった不毛の荒野からさらに遥かに離れた、広大な未開の土地にあった。

 魔境と呼ばれるエリアの端に位置しながらも、そこだけは不思議と魔王の瘴気の影響を免れ、太古の自然が色濃く残る巨大な原生林地帯、『世界樹の森』。


 眼下に広がるのは、雲の影を落としながらどこまでも続く、見渡す限りの深緑の海だ。

 そしてその緑の海の中央に、雲を突き抜けるほど巨大な一本の樹、世界樹ユグドラシルが雄大に聳え立っている。


 その幹の太さは一つの山脈ほどもあり、空に向かって伸びる無数の枝葉は、まるで森全体を優しく守る天蓋のようだった。

 亜人たちの首都『大樹の都エアレンディル』は、その世界樹の巨大な幹と、周囲を取り囲むいくつもの巨木の上に作られていた。

 樹と樹の間を頑丈なつるの吊り橋が結び、枝の上には精霊魔法で育てられた美しい木造の家々が段々畑のように並んでいる。夜になれば、発光する苔や植物が街全体を幻想的に照らし出す、見事な空中都市だ。

 自然を石とコンクリートで破壊して作られた聖都アルドの人工的な美しさとは対照的な、自然と完全に調和した、温かみのある美しい景観だった。


 俺の巨体が首都の空域に近づくと、地上や樹上のテラスから、無数の亜人たちが一斉に顔を出した。

 尖った耳を持つエルフ、ずんぐりとした体躯のドワーフ、様々な獣の特徴を持つ獣人、そして鱗を持つリザードマンや、翼を持つハーピーたち。


 彼らは不安げな、あるいは恐怖に満ちた、さらには剥き出しの敵意のこもった眼差しで、教国の方向から飛んできた俺を警戒して見上げている。

 聖アルド教国で受けたような、熱狂的で盲目的な歓迎とは、まさに対極の反応だ。石や魔法を投げられないだけ、まだ理性が働いていると言えるかもしれない。


 俺たちは、グリフォン隊に導かれるまま、世界樹の根本に広がる、苔むした巨大な円形広場へと静かに降り立った。ズシンという着地音に、周囲の木々がざわめく。

 そこでは、アーベル亜人連合の重鎮らしき者たちが、完全武装した護衛兵団を従えて、すでに俺たちを待ち構えていた。

 最前列で目を引くのは、全身を銀色に鈍く輝く重装鎧で固めた、屈強なドワーフの戦士団。

 その鎧は『ミスリル』と呼ばれる希少金属で作られている。鉄よりも遥かに軽く、それでいてダイヤモンド並みの硬度を誇り、さらに魔力を通しやすいという特性を持つ、ドワーフ族秘伝の魔法金属だ。そんな最高級の装備で身を固めた精鋭たちが、身の丈ほどもある戦斧や戦槌を構え、ずらりと並んでいる。


 その横には、魔力を帯びた杖を構え、冷徹な視線を向けるエルフの魔道士団。

 そして、その物々しい軍勢の中心に立つ、一際大きな存在感を放つ巨漢の男がいた。

 黄金のたてがみを風に揺らし、百獣の王の風格を漂わせる、ライオンの獣人だ。彼こそが、このアーベル亜人連合を束ねる最高評議会議長、レオニダスだった。


「……よくぞ来た、伝説の竜よ」


 レオニダス議長は、俺の山のような巨体と相対しても一切臆することなく、地響きのような低い、腹の底に響く声で口を開いた。その身から放たれる歴戦の闘気は、並の戦士なら気圧されてその場から動けなくなるほどのものだ。


「我が名はレオニダス。この『アーベル亜人連合』の意志を束ねる、評議会議長を務める者だ」


『……我が名はヴァイス。かつてお前たちの先祖と共に戦った、ただの風竜だ』


 俺が念話で短く名乗ると、レオニダスの琥珀色の瞳が鋭く細められた。


「……そして、リリ。無事であったか。お前が教国の領内で消息を絶ったと聞き、同胞皆が心配していたのだぞ」

「議長……!ご心配をおかけしました!」


 リリは、俺の背中から身軽に飛び降りると、駆け寄って議長の前に深く片膝をついた。


「ですが、わたくしの探求の旅は、決して無駄ではありませんでした!わたくしはついに、この目で真実を見つけ出したのです!」

「真実、だと?」


 レオニダスは眉をひそめ、俺とリリを交互に見つめた。


「リリよ。お前が探していた真実とは、その忌まわしき教国の手先である『聖獣』のことか? なぜお前が、その竜の背に乗ってここに現れたのだ? 説明してもらおうか」

「はい……!どうか、わたくしの言葉を信じて、聞いてください!」


 リリは立ち上がり、議長だけでなく、周囲を囲む亜人たち全員に聞こえるよう、声を張り上げた。

 彼女は、エルロード山脈の地下で眠る俺を発見したこと。俺のあくびで目を覚まさせてしまったこと。そして、俺に頼まれて案内役となり、聖アルド教国の首都へと向かったこと。


 そこまでは、亜人たちも怪訝そうな顔で聞いていた。だが、リリの口から「聖都の裏側に隠された、亜人スラムの惨状」が語られた瞬間、広場の空気は激しい怒りと悲しみに包まれた。


「教国は、我々の同胞を家畜のように高い壁の中に閉じ込め、最低限の残飯だけを与え、一歩でも外に出れば矢で射殺していました!彼らの言う『神の教えに従順に暮らしている』などというのは、真っ赤な嘘だったのです!」


 リリの悲痛な叫びに、広場は水を打ったように静まり返った。

 誰もが、その言葉の意味をすぐには理解できなかったのだ。いや、理解することを本能が拒絶していたのかもしれない。

 五百年間、彼らは「教国に住む亜人たちは、差別こそあれど、神の庇護下でそれなりに平和に暮らしている」と聞かされてきたのだから。


「嘘だろ……?」


 最前列にいた若いドワーフの戦士が、持っていた戦斧を落とし、呆然と呟いた。


「あの高い壁は……外敵から彼らを守るためのものじゃ、なかったのか……?」

「家畜のように、だと……? 誇り高き我らの同胞が……」


 エルフの魔道士たちも血の気を失い、獣人たちは信じられないものを見るように互いの顔を見合わせている。

 あまりのショックに、膝から崩れ落ちる者さえいた。

 だが、リリの涙ながらの訴えと、その瞳の奥にある決して揺るがない真実の光が、彼らに「それが紛れもない現実である」ことを突きつけていた。

 沈黙と動揺の波が引いた後。

 広場を満たしたのは、悲しみを通り越した、腹の底から湧き上がるドス黒い怒りの渦だった。


「……おのれ、教国の人間どもめ……!!」


 先ほど斧を落としたドワーフの戦士が、顔を真っ赤にして血の涙を流し、激しく地面を叩き割った。


「我らを魔王の手先と蔑みながら、その実、我らを家畜として弄んでいたというのか!!」

「許せねえ……!絶対に許せねえ!今すぐ全軍で教国に攻め入り、同胞たちを助け出さねば!」


 悲鳴のような怒号が次々と上がり、武器を掲げる者、殺気を隠しきれずに牙を剥く獣人たちが広場を埋め尽くす。今すぐにでも西へ向けて進軍を開始しかねない、暴発寸前の熱狂状態だ。

 リリは、その怒りの渦に飲み込まれそうになりながらも、さらに言葉を継いだ。


「待ってください!その惨状を目の当たりにし、教皇がさらに亜人連合への侵略戦争を企てていることを知ったヴァイス様は……激怒なさいました。ヴァイス様は、教皇に向かってはっきりと仰ったのです。『お前たちがやっていることは、かつて我と共に世界を救った英雄への冒涜だ』と!」


 リリのその言葉に、広場が水を打ったように静まり返った。


「ヴァイス様は教国の象徴である大聖堂を破壊し、全聖都の民に向けて、人間至上主義の歴史が嘘であることを暴き、教国と完全に決別されました! ヴァイス様は、我々亜人の敵ではありません! 人間の都合の良い兵器でもありません!」


 リリが涙ながらに全てを話し終えると、議長のレオニダスは、眉ひとつ動かさずに静かに腕を組んだ。

 彼の表情は険しいまま変わらない。

 やがて、彼は重い足取りで一歩前に進み出ると、俺の瞳を射抜くように見上げた。


「……事情は理解した。リリの言葉に嘘偽りはないと信じよう。貴公が、あの忌まわしき教国と袂を分かったことは、我らにとっても喜ばしいことだ。……だが」


 彼の声は、感謝よりも深い警戒心を帯びていた。


「……だからと言って、我らが貴公を、手放しで信用すると思うなよ」

「議長!? なぜですか! ヴァイス様は教国を……!」

「リリ、下がるのだ」


 レオニダスはリリを片手で制し、俺から目を離さずに言った。


「竜よ。貴公は、五百年前、人間である勇者カイルと共に戦い、勝利をもたらした。その事実は消えん。そして、貴公が放ったその圧倒的な炎によって、我々の先祖である亜人たちが数多く焼き殺されたという事実もだ。……貴公のその規格外の力は、我らにとって、教国と同じく制御不能な『脅威』であることに変わりはないのだ」


 単刀直入な、問いだった。

 教皇のような、腹に一物抱えた欺瞞はない。だがその分、その言葉には亜人たちが五百年間、歴史の中で抱え続けてきた人間への、そして「人間の味方をした竜」への、根深い不信感と怨念がこもっていた。


「……貴公は、我らに何を望む?何をしに、わざわざここへ来た?教国に愛想を尽かし、今度は我らの守護神にでもなるつもりか? それとも、教国への復讐の『手駒』が欲しくて、この森へ来たのか?」


 俺は黙って彼らを見渡した。

 ドワーフも、エルフも、獣人も皆、同じ目をしている。

 過去の歴史に対する疑いと、得体の知れない強者への恐怖。そして、警戒の目だ。

 俺は、ここで彼らの味方だと声高に叫ぶこともできた。

 教国の非道を訴え、共に教国を打ち破ろうと持ちかけることもできた。そうすれば、手っ取り早く彼らの信頼を得られたかもしれない。

 だが、俺はそのどちらも選ばなかった。安っぽい同情や迎合は、彼らにとっても、そして俺自身にとっても失礼に当たる。


『……我は、何も望まん』


 俺は静かに、しかし広場全体に響くように答えた。


『我は、ただ真実を知りたいだけだ。この五百年の間に、お前たちに何があり、世界がどう変わり果てたのか。そして、我が友であるカイルや、ルナミリアたちが命を懸けて守ろうとした未来の行く末をな』


 ざわめきが広がる中、俺は続けた。


『……我は、お前たちの味方になるつもりもなければ、敵になるつもりもない』


『我は、我の意思で飛ぶ。我の目で見て、我の心で判断する。我の前に理不尽な暴力が立ち塞がるというのなら、それが教国であろうと、お前たち亜人連合であろうと、等しく我が敵となるだろう。……それだけだ』


 俺のその「どちらにも与しない」という毅然とした宣言は、彼らにとって予想外だったのだろう。

 媚びへつらうわけでもなく、脅すわけでもない。ただの独立した「個」としての絶対的な宣言。

 レオニダス議長は少し、虚を突かれたように黙り込んだ。


 広場に、針が落ちる音さえ聞こえそうな、緊張した沈黙が流れる。

 その沈黙を破ったのは、意外な人物だった。

 これまで、黙って議長の後ろに控えていた、ミスリルの重装鎧を着たドワーフの戦士団長が、おもむろに前に進み出てきたのだ。

 彼は白銀の立派な髭を豪快にしごくと、カッカッカッと腹の底から愉快そうに笑った。


「……ふん。気に入ったぜ、竜の旦那」


 彼は、ニヤリと笑って俺を見上げた。


「その、誰にも媚びず、誰にもへつらわん頑固なところ……。ワシのひいひい爺さん、ギルバートにそっくりだわい」

『……何?』


 ギルバート。

 その懐かしい名前に、俺の巨大な心臓の鼓動が早くなる。


「ワシは、ドワーフ族戦士団長ボルガ。かつての英雄、ギルバートの玄孫やしゃごにあたる者だ」


 玄孫。孫の孫にあたる世代か。

 ボルガと名乗ったドワーフは、俺をまっすぐに見上げた。その瞳には、疑いではなく、戦士としての親愛と、強い好奇心が宿っていた。


「……爺さんから代々、親から子へ、寝物語のように聞かされとる。魔王大戦の、本当の英雄譚をな。教国の教科書には載っていない、人間の勇者と、エルフと、獣人と、そして一頭の不器用な竜が、肩を組んで世界を救った話をな」


 彼は、腰に下げた巨大な戦斧をポンと叩いた。


「……あんたが、ただの『人間の兵器』ではないことも、ワシは信じとるぜ。あの頑固者のギルバート爺さんが、背中を預けてもいいと認めた相手なんだ、底意地の悪い奴なわけがねえ」


 彼はレオニダス議長に向き直った。


「議長。この竜に、しばらく好きにさせてみてはどうですかい?こいつが本当に敵か味方か……。そのでけえ図体と行動で、我らに示してもらおうじゃありませんか。教国に喧嘩を売ったのは事実なんだ、むげに追い返すのも勿体ないでしょう」


 ボルガのその、豪快な鶴の一声が場の空気を変えた。

 レオニダス議長は、しばらく腕を組んで考え込んでいたが、やがて、大きく一つ頷いた。


「……よかろう。竜よ。しばらくの間、貴公の自由な行動と、この世界樹の森への滞在を認めよう」

 議長の声には、まだ警戒の色が残っていたが、先ほどまでの刺すような殺気は消えていた。


「ただし、我ら連合の民に害をなすようなことがあれば、その時は我ら全亜人の総力を挙げて、貴公を排除する。……それだけは忘れるな」

『承知した。監視付きの客人扱いか。……悪くない』


 こうして、俺はひとまず、アーベル亜人連合の中で「警戒されつつも黙認される」という、奇妙な立場を得ることになった。


 それは、決して熱烈な歓迎とは言えない。

 だが、教国の偽りの崇拝と神輿扱いよりは、よほど居心地が良かった。


 俺は、この亜人たちの国で、俺が探していた答えの一欠片を見つけることができるのか。

 カイルたちが遺した世界の真実を探す旅が、ここから本格的に始まろうとしていた。




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