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白き風竜はときをゆく〜ドラゴンに転生した俺の悠久譚〜  作者: やまぐっち
【第二部 偽りの平和と伝説の再臨編】新たな時代へ

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第四十四話 聖都アルドの光と影

 枢機卿バルバロスの率いる聖騎士団に護衛され……いや、教国側の認識で言えば「神々しい行軍」として、俺と背中のリリは、聖都アルドへの道を堂々と進んでいた。

 道中、通過する村や町では、あらかじめ教皇庁から通達が回っていたのだろう。人々が総出で沿道に並び、俺の巨体を見るなり、まるで神そのものが降臨したかのように涙を流してひれ伏した。


「おお……! 聖獣様! 聖獣様だ!」

「神よ、この穢れなきお姿を拝見できた奇跡に感謝いたします!」


 彼らにとって、五百年の眠りから覚めた守護聖獣は、神の権威を物理的に証明する絶対的な存在なのだ。俺が一歩足を踏み出すたびに地響きが鳴り、その音にすら彼らは恐悦して祈りを捧げている。

 俺の背中で、フードを深く被り獣耳と尻尾を隠したリリが、居心地悪そうに身を縮めていた。


「……なんだか、見世物になっているみたいで、落ち着きませんね」

『見世物ならまだマシだ。奴らの目には、俺は「神の御使い」という名の、都合の良い偶像にしか見えていない』


 俺はテレパシーで答えながら、前方を歩く枢機卿バルバロスの背中を冷ややかに見下ろした。

 彼は白馬に跨り、沿道の民衆に向けて鷹揚に手を振りながら、まるで自分が偉大な神の使いを従えるほどの権力者であるかのように振る舞っている。その俗物っぷりには、鼻で笑う気すら起きなかった。


 数日後。

 俺たちは大陸の西の果て、海に面した美しい聖都アルドに到着した。

 その威容は、確かに息を呑むほど美しかった。

 街全体が純白の大理石と鮮やかな青い屋根で統一されており、太陽の光を浴びて宝石のように輝いている。街の中央には、天を突くような巨大な尖塔を持つ大聖堂が聳え立ち、その鐘の音が清らかに響き渡っていた。


 俺が街の巨大な正門をくぐると、地上からは割れんばかりの歓声が巻き起こった。


「聖獣様万歳! 教皇陛下万歳!」

「我ら人間に、永遠の栄光あれ!」


 人々は、広く整備された石畳の道の両脇を埋め尽くし、熱狂的な眼差しで俺を見上げ、狂ったように祈りを捧げている。

 彼らのその熱狂ぶりは、一見すると平和で、幸福に満ちたものに見える。だが、俺の目にはどこかひどく不自然に映った。

 彼らの笑顔は一様に同じ形をしており、瞳の奥には思考停止したような陶酔の色がある。

 教国の教えに微塵の疑いも持たず、ただ与えられた「正義」に酔いしれている。それはまるで、見えない糸で操られた気味の悪い人形劇を見ているようだった。


「……すごい人ですね。みんな、ヴァイス様を歓迎しているみたい」


 俺の背中で、リリが小声で呟いた。彼女はフードをさらに深く被り直す。この教国の中心で、狐の亜人であることが露見すれば、即座に異端審問にかけられ火あぶりにされるのは間違いない。


『……歓迎、か。我には檻に入れられた珍獣を見る目にしか見えんがな。いや、それ以下だ』


「それ以下、ですか?」

『ああ。彼らは俺という「存在」を見ているのではない。俺という「看板」を見て、自分たちの優越感に浸っているだけだ』


 俺たちは街の中心、大聖堂の前に広がる、数万人を収容できる広大な広場に通された。

 大聖堂のバルコニーには、純金の装飾が施された豪奢な椅子が置かれており、そこに教皇グレゴリウス七世が座っていた。

 見た目は、小柄で痩せ細った、ただの好々爺といった風情の老人だ。

 だが、その濁った灰色の瞳の奥には、長年権謀術数を巡らせてきた老獪な政治家だけが持つ、底知れぬ冷たい光が宿っていた。


「……よくぞお越しくださいました。偉大なる聖獣ヴァイス様」


 教皇はゆっくりと椅子から立ち上がると、大げさな仕草で両手を広げ、バルコニーから俺に向かって深々と頭を下げた。



挿絵(By みてみん)



「この日を、聖アルド教国百万の民と共に、心より待ちわびておりましたぞ。神の御使いの帰還は、我ら人類の繁栄が永遠であることを示す何よりの証。さあ、民草よ、聖獣様を称えよ!」


 教皇の扇動に合わせ、広場の歓声がさらに大きく、地響きのように膨れ上がる。

 俺は無言で、その老人を見下ろした。

 こいつが、この歪んだ世界の中心人物か。俺たちの歴史を改竄し、俺を利用して亜人を迫害する思想の根源。

 俺はただ、静かにその不快な茶番が終わるのを待った。

    

 その日から数日間。

 俺とリリは聖都の大聖堂にある、体育館ほどもある巨大な貴賓室で、国賓として扱われた。

 俺の巨体が横たわれるほど大きな、魔物の毛皮を何枚も重ねたふかふかの寝床。そして、毎日数台の荷馬車で運び込まれる、最高級の肉や魚、珍しい果物の山。


「すごいご馳走ですね、ヴァイス様……!こんな高価なお肉、わたくし見たこともありません!」


 リリは目を輝かせて肉の塊にかぶりついている。長旅で干し肉ばかりだった彼女にとっては、最高の贅沢だろう。


 だが、教皇や枢機卿たちが代わる代わるやってきては行う、丁寧だが中身のない街の案内や、神の教えについての長々とした説法には、俺はうんざりしていた。

 彼らは俺に、この聖都の、教国の『光』の側面ばかりを見せようとした。

 繁栄した経済。魔法技術によって豊かになった暮らし。熱心な信者たちによる慈善活動。犯罪とは無縁の、規律の取れた清廉な社会。


 確かに、人間にとってここは、完成された楽園のようかもしれない。

 だが、俺のドラゴンの鋭敏な五感は、この街の華やかな表層の下に隠された、どす黒い『影』の存在を、はっきりと捉えていた。

 夜になると、どこからか風に乗って聞こえてくる、微かな鎖の擦れる音と、絶望に満ちたすすり泣きの声。


 貴賓室の扉の外を歩く衛兵たちの会話の端々に上る、「亜人居住区」「不浄の地の掃除」「亜人狩りのノルマ」という不穏な言葉の数々。

 そして、街全体を覆う、偽善と差別の、鼻につくような甘ったるい腐臭。


(……やはり、何かあるな)

 このまま飼い殺しにされて、都合の良い神輿になるつもりはない。



 ある夜、俺は行動を起こすことにした。

 寝静まった貴賓室。俺は、毛皮のベッドで丸くなって眠るリリを、鼻先で優しく小突いた。


『リリ、起きろ。散歩に行くぞ』

「むにゃ……?ヴァイス様……こんな夜中に、ですか?」


 目をこすりながら起き上がったリリに、俺は低く告げた。


『静かに。……この街の、本当の顔を見に行く』


 俺は再び『光学迷彩』を展開し、自らの巨体と、背中に乗せたリリの姿を夜の闇に溶け込ませた。

 足音を風の魔力で完全に殺し、厳重な警備を抜け出して、俺たちが向かったのは、衛兵たちの噂に上っていた街の北の外れ。


 そこは、「不浄の地」として、街の美しい景観から隠すように、ひときわ高い石壁で外界と完全に隔絶されていた。

 風に乗って、石壁を飛び越える。

 そして、俺たちの目に飛び込んできたのは、煌びやかな聖都とはまるで別世界の、色彩のない灰色の地獄だった。


 そこは、亜人たちが押し込められた巨大な隔離地区「亜人居住区」だった。

 地面は石畳などなく、ぬかるんだ泥と汚水で覆われ、強烈な腐敗臭が充満している。建物とは名ばかりの、雨風を凌ぐことさえ難しそうな、廃材を組み合わせた掘っ立て小屋が無秩序にひしめき合っている。


 俺は、人間の貧民街スラムも見たことがある。だが、ここの空気はそれとは決定的に違っていた。

 人間の貧民街には、まだ「いつか這い上がってやる」というギラついた欲望や、日々の糧を求める生々しい活気、怒りや暴力といった「生への執着」がある。

 だが、ここにはそれがない。

 住人たちは皆、異常なほど痩せこけ、泥にまみれ、ただ無言で、虚ろな目で壁の前に座り込んでいる。


 彼らの瞳からは、希望はおろか、怒りや悲しみといった感情の色さえも失われていた。

 それは、抵抗することすら忘れ果てた、「ただ死を待つために生かされているだけの家畜」のような、空虚な眼差しだった。

 俺の背中で、リリが震える声で呟いた。


「……ひどい。なんで……どうして、誰も逃げようとしないの?これほどの人数がいるなら、壁を越えて東へ行けば、自由になれるのに……」


 彼女の疑問はもっともだ。獣人やドワーフの身体能力なら、この程度の壁をよじ登ったり、壊したりすることは不可能ではないはずだ。

 だが、その答えは、俺たちがこの場所を見下ろしている間に、すぐに明らかになった。

 壁の近くの泥溜まりで、一人の狐の獣人の子供が、落ちていた何かの食べ物の欠片を拾おうと、壁の境界線に引かれた赤い線に一歩、足を踏み入れた。


 その瞬間。


 ヒュンッ!


 風を切る音と共に、壁の上の監視塔から放たれた一本の鉄の矢が、子供の足元の泥を深く穿った。

 あと数センチずれていれば、間違いなく子供の頭を貫いていた。


「ひぃっ……!」


 子供が悲鳴を上げて尻餅をつく。

 すぐさま、掘っ立て小屋の中からボロボロの服を着た母親が血相を変えて飛び出し、子供を抱きかかえて、監視塔に向かって何度も何度も、泥に額を擦り付けて土下座をした。


「申し訳ありません!申し訳ありません!この子はまだ何もわかっていないのです!どうか、お慈悲を……!」


 母親の悲痛な叫びを、監視塔の兵士は冷酷な笑みを浮かべて見下ろしていた。


『……出られないんだ』


 俺は悟った。


『教国の法では、この聖都周辺の亜人は「市民」ではない。彼らは「所有物」か、さもなくば「害獣」だ。この赤い線の内側の豚小屋にいる限りは、最低限の残飯が与えられる。だが、一歩でも赤い線を無断で越えれば、それは「人間に刃向かう害獣」と見なされ、誰でも合法的に殺していいことになっているんだろう』


 もちろん、大陸全土で亜人が無差別に狩られているわけではない。東の『アーベル亜人連合』の領土や、大国の目が行き届かない辺境の国々では、リリのように身分を隠したり、あるいは自由に旅をしている亜人もいる。リリ自身も、狐の耳と尻尾をローブで隠し、教国の監視網を何年もかけて慎重に潜り抜けてきたのだ。


 だが、この教国の中心たる聖都においては、彼らは完全に管理され、自由を奪われた囚人でしかなかった。


 ここから外に出れば、待ち構えている聖騎士や、亜人狩りを娯楽とするタチの悪い冒険者たちに狩られるだけだ。


 東の亜人連合までは遥か彼方。そこまでたどり着ける保証などどこにもない。

 何世代にもわたってそう教え込まれ、実際に無残に狩られる同胞を見てきた彼らは、逃げるという発想すら、心の根底から奪われているのだ。


「……心が、殺されているんですね」


 リリは、俺の背中の鱗を強く握りしめ、大粒の涙をこぼした。


「わたくしが辺境の村で聞いた噂では、聖都の亜人は教国の庇護下で保護されていて……神の教えに従順に、静かに暮らしているって聞いていたのに……!これは、ただの飼い殺しじゃないですか!ゆっくりと、首を絞められているだけじゃないですか!」


 俺は黙って、その地獄絵図を目に焼き付けた。

 腹の底で、ドス黒いマグマのような怒りが煮えたぎる。

 今すぐ光学迷彩を解き、ブレスを吐いて、この忌まわしい壁を、監視塔を、そしてあの教皇庁の偽善者どもを、このふざけた街ごと焼き払ってしまいたい。


 だが、それ以上に俺の心を支配していたのは、深い、どうしようもない悲しみだった。


(カイル。ギルバート。ルナミリア。……なぁ、お前たち)


 かつての友の、泥にまみれながらも希望に満ちていた顔が脳裏をよぎる。

 彼らが夢見て、血を流して守りたかった世界は、本当にこんな世界だったのか?


 違う。断じて違うはずだ。

 カイルは、種族の垣根を超えた平和を願っていた。エルフも、ドワーフも、人間も、共に笑い合える世界を。

 それなのに、五百年後の世界は、彼らの願いをあざ笑うかのように、最も醜悪で、最も残酷な形で歪んでしまっている。


『……帰るぞ、リリ』


 俺は、涙を流して震える少女を背に乗せたまま、静かにその場を後にした。

 俺の問いに、答える者はもう、この時代のどこにもいなかった。

 だが、答えは出ている。

 このままでは、絶対に終わらせない。

 かつての友たちが命懸けで守ったこの世界を、彼らの名誉を、こんな歪んだままにしておくわけにはいかない。

 俺の心の中で、冷たい決意の炎が、静かに、しかし激しく燃え上がり始めていた。

 守護竜として、そしてカイルの友として。

 俺は、この「偽りの平和」に、戦いを挑むことを決めた。

現在、全力で挿絵を描いております!

準備が間に合わず恐縮ですが、3月20日中、午後には 「ここに挿絵を挿入予定」

の箇所に挿入させていただきます。完成まで楽しみにお待ちいただけますと幸いです。

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