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白き風竜はときをゆく〜ドラゴンに転生した俺の悠久譚〜  作者: やまぐっち
【第二部 偽りの平和と伝説の再臨編】新たな時代へ

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第三十九話 忘れられた伝説を求めて


 五百年前、この世界には真の英雄たちがいた。


 空を裂く純白の翼を持つ竜と、その背に乗り魔王を討ち果たした勇者。

 そして、彼らと共に種族の壁を超えて手を取り合い、絶望に立ち向かったエルフやドワーフ、獣人たちの物語。


 だが、それらは皆、五百年という容赦のない時の風に吹かれ、どこかへ消え去ってしまった。今ではただ、埃をかぶった古い歴史書の中に眠るだけの、退屈な「おとぎ話」としてしか語られていない。

 それどころか、今の世の中でその伝説は、一部の権力者たちにとって都合よく書き換えられ、全く違う意味を持つ物語へと歪められてしまっている。

 

 でも、私は信じていた。

 おばあちゃんが、ベッドの端で何度も語り聞かせてくれたあのおとぎ話が、決して誰かが作った都合の良い嘘などではないことを。

 あの日、確かに種族を超えた絆があり、世界を心から愛し、全ての弱き者を守るために自ら盾となった気高く優しい竜がいたのだということを。



 私の名前はリリ・フォックス。

 狐の獣人であり、失われた古代の真実を追い求める、探検家だ。


「……ふぅ。ここも、ハズレですか」


 私は、大陸の辺境に広がる薄暗い森の中で、苔むした古びた遺跡の石版を虫眼鏡で覗き込みながら、深くため息をついた。

 頭の上の狐の耳が、落胆を隠しきれずにぺたりと垂れ下がる。

 この数年、私は『真実の歴史』を求めて、大陸中のあらゆる遺跡や古い神殿を独りで巡ってきた。しかし、見つかるのは後世に手が加えられた偽りの記録か、風化して解読不能になったただの石の欠片ばかりだった。


 私の長年の、そして生涯を懸けた唯一の夢。

 それは、五百年前の伝説の守護竜、『風竜ヴァイス』が眠るとされる幻の遺跡……『風竜の聖域』を見つけ出すことだった。


 もし、その伝説の竜が今もどこかで眠っているなら。あるいは、真実の記録がその聖域に残されているのなら。私は、この自分の目でそれを確かめたかった。

 誰も信じてくれなくてもいい。私だけが、あの伝説の真実を知ることができれば、探検家としてこれ以上の喜びはない。


 私は、その日の夜、野営のための小さな焚き火の前で、リュックから埃まみれの古文書と、星の軌道を記した古い海図を取り出し、もう一度にらめっこをした。

 何百回、何千回と計算し直した、一つの仮説。


「……古代の文献では、風竜は『雲海を抱く霊峰』


に降り立ったとされている。今の歴史学者が主張するような、教国の平原の地下にあるわけがないわ」

 私は、パチパチと爆ぜる炎の明かりを頼りに、地図の端にある、ほとんど空白に近い領域を指でなぞった。

 そこは、かつて『エルロード山脈』と呼ばれた、一年中深い雲海に覆われた険しい岩山の連なりだ。


「……行くしかありませんね」


 私は、背中の大きな尻尾をパタパタと振り、気合を入れ直した。

 エルロード山脈は、今や誰も近づかない危険な未開の地だ。凶暴な魔物が棲みつき、険しい崖と予測不能な天候は、これまで多くのベテラン冒険者の命を飲み込んできた。獣人である私が一人で向かうには、あまりにも無謀な場所だ。


 でも、ここで諦めたら、私は一生後悔する。恐怖よりも、未知を求める探求心の方が遥かに強かった。

 翌朝、私は動きやすい革のジャケットの紐をしっかりと締め直し、愛用のサバイバルナイフと登攀とうはん用のロープを何度も確認すると、雲に霞む巨大な山脈へと足を踏み入れた。

 山での探索は、想像を絶する過酷さだった。

 最初の数日は、ひたすらに急勾配の獣道を登り続けた。標高が上がるにつれて空気は薄くなり、一歩踏み出すたびに肺が焼けつくように痛んだ。


 三日目の昼には、岩陰から突然飛び出してきた狼の群れに襲われた。


「くっ……! しつこいですね!」


 私は岩と岩の隙間を縫うように走りながら、持っていた発煙筒を投げつけ、なんとか彼らの目を眩ませて窮地を脱した。しかし、その逃走の最中に愛用の水筒を一つ谷底へ落としてしまい、貴重な水分の半分を失ってしまった。


 さらに上へと登るにつれ、道は完全に途絶えた。

 切り立った崖を、岩の割れ目に指をねじ込み、素手で登っていくしかない。足元の小石が崩れ落ちるたびに、眼下の深い谷底へ引きずり込まれそうになる恐怖と戦いながら、少しずつ、少しずつ高度を上げていく。

 指先は擦り切れ、血が滲み、爪はボロボロになっていた。


 夜は凍えるような寒さだった。

 火を焚けば魔物を引き寄せてしまうため、小さな岩の窪みに身を潜め、革のジャケットに包まって、ガタガタと震えながら朝を待つしかなかった。暗闇の中で遠吠えが響くたび、私の心臓は早鐘のように鳴った。

 数日が過ぎ、食料の干し肉も底をつきかけ、疲労と睡眠不足で足が鉛のように重くなった時。


「……っ、もう……ダメかも、しれない……」


 岩肌に寄りかかり、荒い息を吐きながら、私は思わず弱音をこぼしそうになった。

 どうして私は、こんな無茶をしているのだろう。誰も見向きもしない、本当かどうかもわからないおとぎ話のために、ここで一人で凍えて死ぬなんて。馬鹿みたいだ。


 私は両頬をパンと叩き、再び岩肌に手をかけた。

 そして、探索開始から十日目の午後。

 分厚い雲海を抜け、ようやく太陽の光が差し込む高度に到達した時だった。


「……あれは……?」


 私は目をこすり、双眼鏡を取り出した。

 雲海から突き出した険しい断崖の中腹。鬱蒼と生い茂るツタや木々に隠されるようにして、ポッカリと、しかし途方もなく巨大な空間が口を開けていた。

 それは自然にできたものとは到底思えない、小さめの城が丸ごと入りそうなほど巨大な「洞窟」の入り口だった。


「ここだわ……!ついに、見つけました……!」


 ひび割れた唇から、歓喜の声が漏れる。疲労も痛みも吹き飛び、私は最後の力を振り絞って、その巨大な洞窟のある中腹へとよじ登った。

 ツタを払い退けて一歩足を踏み入れると、そこには外の光が一切届かない、完全な闇が待ち受けていた。


 私はその辺に落ちている太めの枝に布をまき、火をつけ、震える手で火を灯した。

 冷たい隙間風が吹き抜ける、曲がりくねった険しい地下道を、慎重に下っていく。

 足場は悪く、至る所に巨大な落石の跡がある。普通の人間ならば、数分で恐怖に駆られて引き返すような深い闇の底だ。


 松明の火だけが頼りの、孤独な道のり。

 少しでも足を踏み外せば、底知れぬ闇へ真っ逆さまだ。

 それでも、私の足取りに迷いはなかった。胸の高鳴りが、恐怖を完全に上回っていた。

 広大な洞窟の通路を地下三十メートルほど下っただろうか。

 不意に、洞窟の壁面を覆っていたゴツゴツとした岩肌が途切れ、人工的な、しかし恐ろしく古い石柱の並ぶ空間に出た。


 壁面に自生する発光苔が、淡い青白い光を放ち、その広大な地下空間を幻想的に照らし出している。

 空気は冷たく澄み切っており、不思議と息苦しさはなかった。


「……すごい。本当に、古代の神殿が、こんな地下深くに……」


 私は、緊張で荒くなる息遣いを必死に抑えながら、石柱の陰から、その広間の中心へと恐る恐る足を踏み入れた。

 松明を高く掲げ、発光苔の淡い光しか届かない、広間のさらに奥、一段高くなった巨大な祭壇の上を照らした。

 そこには、小山のような巨大な岩の塊があった。


「ただの、岩……?」


 落胆しかけたその時、私の目は、その「岩」の表面の違和感を捉えた。

 岩肌にしては、あまりにも規則正しい。

 松明の光を反射して、プラチナのように鈍く輝く無数の鱗。

 城壁のように分厚く、力強い四肢。

 そして、全てを包み込むように折りたたまれた、雄大な純白の翼。

 薄暗い闇の中、白銀の山のようにとぐろを巻いて鎮座する、ありえないほど巨大な「存在」に気づいた瞬間。


 私は、ハッと息を呑んだ。

 その光景に、恐怖は一切なかった。

 ただ、探し求めていた伝説を、生涯追いかけてきた夢を、ついに自分の目で発見したという、魂を震わせるような圧倒的な感動だけがあった。


「……いた……。本当に、いたんだ……。伝説の……守護竜、ヴァイス様……!」


 私は、松明を持ったまま、その場にへなへなと座り込んでしまった。

 過酷な道のりを下ってきた極度の疲労と、張り詰めていた緊張の糸がプツリと切れ、腰が抜けてしまったのだ。

 その拍子に、持っていた松明が手から滑り落ち、カラン、コロンと乾いた音を立てて、冷たい石畳の上を転がっていった。

 静寂に包まれた地下神殿に響く、その小さな音。

 それが、五百年もの間、時を止めていた巨大な伝説を、再びこの世界へと呼び覚ます、終わりの合図となったのだ



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