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白き風竜はときをゆく〜ドラゴンに転生した俺の悠久譚〜  作者: やまぐっち
【第一部 魔王大戦編】世界に忍び寄るもの

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第二十四話 鉄と涙の行軍

 アルマード王国の東端、国境近くに位置する城塞都市ベルン。

 魔物の領域に近いこの街には、腕に覚えのある荒くれ者の冒険者たちが多く集まる。その拠点となる冒険者ギルドは、今日も今日とて、すえたような酒の匂いと、男たちの熱気で満ちていた。


「おい、聞いたかよ。東のルメリナ公国の話」

「ああ……なんでも、一夜にして地図から消えたとか」

「馬鹿言え。いくらなんでも一夜ってことはねえだろ。どっかの酔っ払いのホラ話に決まってる」


 木製の古びたテーブルを囲み、安いエールをあおる男たちが、どこか遠い国の出来事として噂話に花を咲かせている。

 その輪から少し離れたカウンターの端で、一人の男が黙々と剣の手入れをしていた。

 無精髭に、目元の古傷。使い込まれた革鎧。彼が愛用する身の丈ほどもあるバスターソードは、刃こぼれ一つなく、鏡のように鋭く研ぎ澄まされている。

 隣に座った若い盗賊が、男の剣を見て感嘆の声を漏らした。



「相変わらずいい仕事してますね、ガントさん。Bランクともなると、道具への愛着が違うや」

「……道具ではない。相棒だ」


 ガントは低い声で短く答えると、油を染み込ませた布で刀身を丁寧に拭った。

 彼がこの街で名の通った、面倒見の良いベテラン冒険者であることを、周囲の誰もが知っている。だからこそ、若手は彼に憧れ、同業者は彼に一目置いていた。


 その時だった。


 バンッ!!


 蝶番が悲鳴を上げるほどの猛烈な勢いで、酒場の両開きの扉が蹴り開けられたのは。

 一瞬にして、店内の喧騒がピタリと止む。

 入口に立っていたのは、泥にまみれた伝令兵と、王家の紋章が入ったマントを羽織る、完全武装の騎士団の一隊だった。

 先頭に立つ騎士隊長が兜を脱ぎ、鋭い眼光で酒場を見渡す。その表情は、いつものクエスト依頼に来るような事務的なものではなく、どこか切羽詰まった、焦燥の色が濃くにじんでいた。


「ギルドマスターはどこだ!」



「こ、ここにおりますが……」


 カウンターの奥から、マスターがおそるおそる顔を出す。

 騎士隊長はツカツカと歩み寄ると、王家の蝋印が押された羊皮紙の束をカウンターに叩きつけた。


「アルフォンス国王陛下、並びにグランツ皇帝陛下よりの勅命である! 本日、只今をもって『全大陸非常事態宣言』が発令された!」

「先のグランツ帝国での会談にて、対魔王大陸連合軍が結成された。それに伴う『全種族総動員令』である!」


 総動員令。

 その聞き慣れない、ひどく物騒な単語に、冒険者たちが怪訝な顔を見合わせる。


「おいおい、なんだよそれ。俺たちゃ軍人じゃねえぞ」

「そうだ! 国に雇われてるわけでもない、俺たちは自由な冒険者だ!」


 口々に上がる不満の声。しかし、騎士隊長は剣の柄に手をかけ、血走った目で怒鳴り返した。


「黙れ! これは要請ではない、強制召集だ! Cランク以上の戦闘ライセンスを持つ全ての冒険者は、直ちに装備を整え、グランツ帝国の王都ガイアポリスへ向かう連合軍本隊へ合流せよ!」

「拒否する者は冒険者ライセンスの永久剥奪、ならびに人類への反逆罪としてその場で処断する!」


 シン、と静まり返った店内に、誰かが椅子を倒す音が響いた。

 あまりに一方的で高圧的な言い分に、血の気の多い若手の冒険者の一人が立ち上がり、食ってかかる。


「ふざけるな! 処断だ? 俺たちが何をしたって言うんだ!」

「大体、なんで俺たちが魔王軍なんかと戦争しなきゃならねえ! 国を守るのは、あんたたち給料をもらってる騎士様の仕事だろうが!」

「貴様……!」


 騎士たちが色めき立ち、剣を抜こうとする。冒険者たちも武器に手を伸ばし、一触即発の空気が流れた。自由を愛する冒険者と、規律を重んじる騎士。水と油の彼らが、極限状態の中で火花を散らす。


「……やめとけ、坊主」


 重苦しい沈黙を破ったのは、低く、しゃがれた声だった。

 カウンターの端から、ガントがゆっくりと立ち上がる。その巨体が動くだけで、周囲に自然と道ができた。


「ガントさん……でも、納得できますか!?」

「納得などできるわけがない」


 ガントは騎士隊長の前まで歩み寄ると、その目を真っ直ぐに見据えた。


「だが、お高く止まってる騎士様方が、ここまでなりふり構わず俺たちのようなゴロツキを狩り出しに来たってことは……そういうことなんだろう?『東』は、もう駄目なのか」


 図星を突かれたのか、騎士隊長がわずかに視線を逸らし、奥歯を噛み締めながら、苦渋に満ちた声で答えた。


「……ルメリナ公国は、三日で落ちた。そしてその隣の国もまもなく落ちるだろう。その次はベルガ王国……まだこの国には余裕があるが、魔王軍の異常な進撃速度からして、数カ月でこのアルマードに到達する」


 その言葉の重みに、文句を言っていた冒険者たちが息を呑む。

 ホラ話ではなかったのだ。国一つが、たった三日で消滅する。そんな悪夢のような現実が、すぐそこまで迫っている。


「俺たちがここで逃げれば、田舎で畑を耕してる家族や、この街で待ってる恋人が魔物の餌になる。……違いないな?」

「……ああ。もはや国境など関係ない。人類そのものが、崖っぷちなのだ」

 ガントは大きく溜息をつくと、飲みかけのエールを一気に干した。ドン、と空のジョッキを置く音が、奇妙なほど大きく響いた。

「行くぞ、お前ら」

「ガントさん!? 本気ですか?」

「ここで逃げて背中から斬られるよりは、剣を持って死ぬ方がマシだ。それに……」


 ガントは背中のバスターソードを担ぎ上げ、ニヤリと不敵に笑ってみせた。


「魔王軍の将軍とやら、一度拝んでみたいと思ってたところだ。Bランクの意地、見せてやろうぜ」


 ガントはそこで言葉を切り、震える若手や、顔を伏せている者たちをぐるりと見渡した。


「それでも嫌なら、比較的安全な後方支援や、補給軍団の荷物番でもしてれば良い。逃げも隠れもしねえ臆病者に、前線で剣を持てとは言わん!」


 その一言が、場の空気を劇的に変えた。


「……言いやがったな、ガントさん!」


 カウンターの隅で震えていた若い剣士が、顔を真っ赤にして立ち上がった。


「Bランクに意地があるなら、俺たちCランクにだって意地くらいある!」

「補給の荷物番なんて、死んでも御免だ! 俺だって剣士の端くれだ!」

「そうだ! 魔王だか何だか知らねえが、俺たちの酒場まで土足で踏み込まれてたまるかよ!」


 一人が叫ぶと、それはたちまち濁流のような怒号となってギルドを飲み込んだ。

 絶望的な強制連行が、一転して、悲壮な決意の出陣へと変わる。


「おい、マスター! ツケは戦場から戻ったら払うぜ。利息の代わりに魔物の首を持ってきてやるよ!」

「バカ野郎、てめえの溜まったツケは魔将軍の首じゃねえと割に合わねえぞ! ……絶対生きて帰ってこいよ!」



 マスターが涙ぐみながら、カウンター越しに怒鳴り返す。


「装備の点検だ! 砥石を持ってこい、今夜は一睡もしねえぞ!」

「防具屋の親父を叩き起こせ! 在庫のポーション全部買い占めるんだ!」

「おい、誰か字が書ける奴はいねえか! 出発の前に、田舎の母ちゃんに手紙を残してえんだ!」


 恐怖が消えたわけではない。

 だが、逃げ場がないと知った男たちは、それを無理やり「戦う理由」に書き換えた。「死にたくない」という原初の本能が、愛する者を守るという使命感、そして冒険者としての空元気と混ざり合い、熱狂となって暴発したのだ。


「行こうぜ、野郎ども! 人類が崖っぷちだってんなら、その崖の上から奴らを叩き落としてやるだけだ!」


 ガントが拳を突き上げると、それに呼応する凄まじい雄叫びが建物を震わせた。

 冒険者たちは次々と武器を取り、まるで溜まっていた鬱憤を晴らすかのように、地響きを立てて酒場を飛び出していった。

 その無骨な背中を、騎士隊長はただ、痛みを堪えるような複雑な眼差しで見送っていた。



 翌朝、ベルンの街はかつてない喧騒と、悲哀に包まれていた。

 街の大通りは、王都を経てガイアポリスへと向かう兵士と冒険者たちの列、そして軍需物資を運ぶ馬車の車列で完全に埋め尽くされている。

 泣き崩れる恋人を強く抱きしめる戦士。幼い子供の頭を撫でて、決して泣くまいと無理に笑う父親。二度と戻らぬかもしれない我が家を、角を曲がる前に一度だけ振り返る若者。

 アルマード王国だけではない。大陸中の全ての道が、一点の都を目指す「鉄と涙の河」となっていた。

 ドワーフの重装歩兵団が地響きを立てて山を下り、エルフの精鋭たちが風のように森を駆け抜ける。

 かつては領土を巡って敵対していた国の兵士たちが、肩を並べ、恐怖を押し殺して同じ方向へと歩を進める。

 その数は、百万、二百万と膨れ上がり、大地を埋め尽くすほどの途方もない規模となっていった。


 彼らを動かしているのは、輝かしい「希望」などではない。

 背後に迫る「破滅への恐怖」だけが、彼らの足を前へと進ませていた。立ち止まれば思考してしまう。思考すれば、足がすくむ。だから彼らは、自らを巨大な機構の歯車と言い聞かせ、ただひたすらに歩き続けた。

 その果てしない行軍の遥か上空、雲の切れ間から、一匹の白い竜が悠然と空を舞い、眼下を見下ろしていたかもしれない。

 だが、下を向いて歩く彼らの中に、空を見上げる余裕を持つ者など誰一人としていなかった。

 人間たちは、魔王という理不尽な厄災によって引き起こされた「戦争」という名の巨大な濁流に呑み込まれまいと、必死にもがき続けているだけで精一杯だったのだ。


 そして、一週間がたった。

 グランツ帝国の首都ガイアポリス周辺に集結した一千万の軍勢は、皇帝ヴァルカンの指揮の下、急造の編成を終え、各前線へと送り出された。

 言葉の通じない異種族間での連携ミス、食料配給の遅延、狭い宿舎でのいざこざ。種族の壁を超えた軍隊には数多の問題が発生したが、それら全てを「魔王への恐怖」という共通項と、皇帝の圧倒的なカリスマ、そしてガントのような現場の指揮官たちの泥臭い尽力がねじ伏せた。


 それから一ヶ月が経った。冬の刺すような寒さが和らぎ、春の風が吹き始めた頃。

 ついに、偵察部隊から絶望的な報告が入る。

 魔王軍の主力部隊が、さらに3つの王国を滅ぼし、大陸中央部のグランツ帝国と南方アルマード王国の間に広がる『嘆きの平原』に姿を現したのだ。


 連合軍は動いた。

 大地を揺るがす一千万の軍靴の音が、平原へと向かう。

 もはや後戻りはできない。勝つか、滅びるか。その二つに一つしかない未来を賭けて。

 そして、この巨大な連合軍の先頭に立つのは、誰あろう勇者カイルと、彼の下に集った大陸最高峰の英傑たち『勇者パーティ』であった。

 人類の命運を懸けた、最大の決戦の幕が、今まさに切って落とされようとしていた。


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