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白き風竜はときをゆく〜ドラゴンに転生した俺の悠久譚〜  作者: やまぐっち
【第一部 魔王大戦編】独り、空を生きる

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第二十一話 束の間の平穏と東方の闇

 勇者カイルが俺の洞窟の前に野営するようになってから、数日が過ぎた。

 彼は律儀にも、毎朝太陽が昇ると同時に俺の前に現れては、


「ヴァイス殿! 今日も稽古をつけてくれ!」


と頭を下げる。俺も彼の熱意に打たれ、まるで弟子の師匠になったかのような気分で、対巨大生物戦の基礎を徹底的に叩き込んでいた。

 俺が風で作り出した、予測不能な軌道を描く「風の的」を、聖剣技『閃光』で正確に射抜く訓練。

 俺が翼で起こす激しい乱気流の中で、体勢を崩さずに維持し続ける「空歩エア・ウォーク」の訓練。


 そして、俺が放つ威力を極限まで抑えたブレスを、真正面から受けるのではなく、剣の腹を使って最小限の魔力で受け流す「パリィ」の訓練。

 カイルの成長ぶりは、目覚ましいものがあった。

 もともと持っていた天性の才能が開花し、俺のアドバイスをまるで乾いたスポンジのように貪欲に吸収していく。昨日できなかった動きが、今日には無意識にできるようになっているのだ。

退屈を持て余していた俺にとって、彼の驚くべき驚異的な成長をみるのは、何とも言えない楽しみになっていた。


「ハァッ! 聖剣技・改――『風断ち』!」

「ヴァイス殿! 今の動き、見ていてくれたか!?」


 汗まみれのカイルが、輝く笑顔で振り返る。


『ふん、まだまだだな。踏み込みがあと半歩足りん。それでは、我の鱗を断ち割るには百年早いぞ』

「くっ……! 厳しいな! もう一度だ!」


 そんな激しい稽古が一段落すると、俺たちは洞窟の前で焚き火を囲み、短い休息をとるのが日課になっていた。


日中の高い太陽が、修行で火照った身体をさらに熱くさせる。

カイルが持参した干し肉を炙り始めると、彼はふと、思い出したように語り始めた。


「……ヴァイス殿。俺は今でこそ勇者と呼ばれているが、故郷の村にいた頃は、本当にいたずらばかりしているガキだったんですよ」


『ほう、お前がか?』


「ああ。隣の家の木から柿を盗んでは、村長さんに追いかけ回されて……。広場の銅像に麦わら帽子を被せて、大人たちをあわてさせるのが俺の日常でした。」


「あの頃の俺にとっての『戦い』は、いかに大人たちの目を盗んで悪ふざけを完遂するか、それだけだったんです」


 カイルは懐かしそうに目を細め、炙った肉の匂いを嗅ぎながら言葉を継いだ。


「王都に出てからも、そんな子供じみた部分は抜けなくて。任務の帰りに寄る『麦の穂亭』という店のアップルパイが、俺の唯一の贅沢だったんです。焼きたての香ばしいバターの匂いと、中に詰まった甘酸っぱいリンゴの果肉……。シナモンが効いた熱々のパイを頬張ると、戦いの中で尖っていた心が、少しだけ丸くなるような気がするんです。」


「……ヴァイス殿にも、一度食べさせてやりたいくらいですよ」


 カイルの屈託のない思い出話を聞きながら、俺もまた、彼には想像もつかないであろう、この山で刻んできた百年の記憶を、静かに取り出した。


『……人間がそんな小さな喜びに命を懸けているとはな。だが、我の百年間もお前たちの社会から見れば、孤独で退屈なだけのものだったろう。』


『……だが、カイル。この世界の頂から見る景色は、お前が愛する街並みよりもずっと鮮烈だぞ』


「景色、ですか?」


『そうだ。嵐が過ぎ去った直後、雲を突き抜けて上ってみろ。そこから見下ろす虹は、地上で見上げるような半円ではない。完璧な、光り輝く「輪」となって、真っ白な雲海を縁取るのだ。この世の何よりも清らかで、誰にも汚されることのない、光の芸術だ』  


俺の言葉に、カイルは干し肉を動かす手も止め、食い入るように聞き入っている。


『秋になれば、海を渡る渡り鳥たちがこの大地を越えていく。あんな小さな身体で、風を読み、幾千キロもの荒波を越えていくのだ。』


『奴らは誰に教わるでもなく、星の動きと風の匂いだけで世界の行く先を知っている。……我は独り、岩場に座って奴らの羽ばたきを数えながら、この世界がどれほど広く、自由であるかを教わった。我にとってのサバイバルは、ただ生き残るための戦いではなく、世界の鼓動を肌で感じるための時間だったのかもしれん』


「……円い虹に、海を渡る鳥。ヴァイス殿の話を聞いていると、俺の悩みがいかにちっぽけなものか分かります。俺もいつか、勇者としての役目を終えたら……その景色を、貴公の隣で見てみたいものだ」


『ふん。我の隣に立つなど、さらに百年修行しても足りんわ。……だが、そうだな。お前がその「アップルパイ」とやらを持ってくるというのなら、少しは考えてやらんでもない』

 

「ははは、それは高くつきそうだ」


俺がぶっきらぼうに答えると、カイル声を上げて笑った。


 日中の高い太陽が、二人の影を地面に短く落としている。  


本来なら決して交わるはずのなかった二人の記憶が、稽古の合間の静かな時間の中で、初めて溶け合い、結びついていくのを感じていた。  


それは、俺にとって、生まれて初めての「友人」との時間だったのかもしれない。


 種族も、立場も違う。だが、魂のどこかが共鳴しているような、不思議な居心地の良さがあった。

 この数日間、不思議なことに、他の冒険者たちはぱったりと姿を見せなくなった。

 おそらく、山の麓にいるであろうカイルの存在が、他の挑戦者への強力な「魔除け」になっているのだろう。勇者が張っている場所に、のこのこと入り込む命知らずはいない。

 俺の巣には百年ぶりに、本当の意味での「平穏」が訪れていた。


 そんなある日の夜。

 いつものように焚き火を見つめていたカイルが、神妙な顔で俺に切り出した。


「ヴァイス殿……。俺は、そろそろ王都に戻らねばならない」

『……そうか』


 わかっていたことだ。彼は王国の勇者であり、いつまでもこんな山奥で油を売っているわけにはいかない。

 だが、その言葉を聞いて、俺の胸に、ちくりと寂しさが刺さったのを自覚せざるを得なかった。


「王には、ありのままを報告するつもりだ。貴公に敵意はなく、討伐は不要である、と。俺が責任をもって、貴公がこの山から出ないよう、監視役を務めると進言する」

『……王がそれを聞き入れると思うか?』


 俺の問いに、カイルは難しい顔で首を振った。


「……正直、わからない。だが俺は勇者だ。俺の言葉にはそれなりの重みがあるはずだ。必ず、説得してみせる」


 彼の決意は固いようだった。

 しかし、彼の表情にはまだ晴れない曇りがあった。


「それに……」

 カイルは、星がやけに綺麗に瞬く夜空を見上げた。

「実は、気になる噂を耳にしたんだ。この大陸の遥か東の果て……『魔境』と呼ばれる地で、不穏な動きがあるらしい」


 魔境。

 その言葉は、俺も風の噂で聞いたことがあった。

 あらゆる魔物たちの故郷であり、濃密な瘴気に満ちた、生ある者すべてを拒絶する死の土地。そこには古代の邪神や、魔王と呼ばれるほどの力を持つ災厄が、封印され眠っているとも言われている。


「まだ、不確かな噂の段階だが……。その魔境の方角から、空の色が変わるほどの瘴気が立ち上り、強力な魔物たちが溢れ出し始めているという話だ。もし、それが本当なら、この国が一匹の竜にかまけている場合ではなくなるかもしれない」


 カイルの青い瞳には、深い憂いの色が浮かんでいた。

 彼の背負うものの大きさを、俺は改めて感じた。俺が悩んでいるのは、自分の住処のことだけ。だが、彼はこの世界そのものの平和を、その小さな双肩にたった一人で担っているのだ。


『……気をつけて行け、カイル。死ぬなよ』


 俺がそう言うと、カイルは少し驚いたように俺を見たが、すぐに力強く頷いた。


「ああ。必ず戻ってくる。……その時はまた、稽古の続きを頼む」

『ふん。それまでに少しはマシになっておけよ』


次の日、

朝日が洞窟の奥まで差し込み、岩肌を黄金色に染める中、カイルは身支度を整えて立ち上がった。


「……本当に行くんだな」


ヴァイスが焚き火の跡をいじりながら、何気なさを装って声をかける。

カイルは荷袋の紐を強く締め直し、一度だけ洞窟の奥を振り返った。


「ああ。ここでの時間は、俺のこれまでの人生で一番短く、一番濃い時間だった。貴方には感謝してもしきれない」


『礼を言われる筋合いはないさ。俺はただ、暇つぶしにあんたの相手をしていただけだ』


ヴァイスは皮肉っぽく笑おうとしたが、その声には隠しきれない寂しさが混じっていた。

カイルはそんなヴァイスの様子を察したのか、ふっと表情を和らげた。


「ははっ、最後まで素直じゃないな、ヴァイス殿。……でも、貴公のその捻くれたアドバイスがなきゃ、俺は今頃、自分の影に怯えて立ち止まったままだっただろう。」


カイルは一歩、洞窟の出口へと足を踏み出す。逆光の中で、彼の背中が以前よりも一回り大きく見えた。


「なあ、ヴァイス殿。俺がこの先、もっと強くなり……いつか、貴公の言っていた『本当の景色』を見つけたら、またここへ報告に来てもいいか?」


ヴァイスは少しの間沈黙し、それから小さく鼻で笑った。


「勝手にしろ。ただし、次に来る時はもっと美味い土産でも持ってこい。ここの林檎はもう飽きた」


「ああ、約束するよ。とびきりのやつをな」


カイルは振り返り、満面の笑みを浮かべた。その顔には、最初に出会った時の焦燥や険しさは微塵もなかった。


「じゃあな、ヴァイス。あんたも――達者で」


「……ああ。行けよ」


カイルの足音が遠ざかり、やがて鳥のさえずりと風の音だけが残された。 再び一人になった洞窟は、やけに広く、静かに感じられた。

俺は、まだ微かに熱を帯びている焚き火の跡をただぼんやりと眺めていた。


 この束の間の平穏が、これから訪れる世界規模の嵐の前の静けさであることを、この時の俺はまだ知らない。

 カイルが懸念していた東方の闇は、俺たちの想像を遥かに超える速さと規模で、この世界を覆い尽くそうとしていた。

 そして、その巨大な厄災は、俺とカイルの運命を否応なく、再び交錯させることになるのだ。






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