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白き風竜はときをゆく〜ドラゴンに転生した俺の悠久譚〜  作者: やまぐっち
【第一部 魔王大戦編】独り、空を生きる

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第十九話 芽生える違和感と奇妙な稽古

 気絶した勇者カイルを洞窟の入り口まで運ぶと、俺は彼を日当たりの良い、平らな岩の上にそっと横たえた。あまり手荒に扱うと、本当に死んでしまいそうなくらい、彼は満身創痍だった。聖剣も、彼の枕元に丁寧に置いてやる。


 我ながら随分と甘い処置だとは思う。だが、彼のあの折れない心に敬意を表して、これくらいのことはしてやっても罰は当たらないだろう。

 さて、後は彼が目を覚まして、すごすごと山を下りていけば、それで一件落着だ。


 俺はそう思い、自分の巣の奥へと戻ろうとした。

 しかし、なぜか足が動かない。

 気絶している勇者の、穏やかな寝顔から目が離せないのだ。

 戦っている時の、あの烈火のような闘志を宿した鬼気迫る表情とは打って変わって、その寝顔はまだあどけなさを残しており、どこにでもいる村の青年のようだった。


(こいつが本当に、俺のブレスを防ぎきった勇者なのか?)


 俺の中に、小さな違和感が芽生え始めていた。

 俺は、人間という種族が心の底から嫌いだった。

彼らは欲深く、身勝手で、自分たちの都合で俺の母を、俺の世界の全てを奪っていった。

 だから人間は皆、同じ穴の狢だと思っていた。

 だが、このカイルという青年はどうだ?

彼は富や名声のために戦っていたわけではない。ただひたすらに「人々を守る」という純粋で揺るぎない信念のために、己の命をチップとして賭けていた。

 その姿は、俺が憎んでいた人間の姿とは、あまりにもかけ離れていた。


(……人間にも、色々な奴がいるということか)


 当たり前のことだ。

 人間だった頃の俺なら、当然理解できていたはずのこと。

 だが、竜として生きた百年の孤独と憎悪は、俺の視野をあまりにも狭く、色眼鏡をかけたものにしてしまっていたらしい。

 俺がそんな思索にふけっていると、岩の上のカイルが小さくうめき声を上げて、ゆっくりと身じろぎした。どうやら意識が戻り始めたようだ。


 カイルはゆっくりと瞼を持ち上げると、自分がどこにいるのかを確かめるように、ぼんやりと辺りを見回した。

 そして、目の前に鎮座する俺の巨体に気づくと、ハッと息をのみ、バネ仕掛けのように咄嗟に身を起こして聖剣を掴んだ。


「ここは……俺は、負けたのか……」


 彼は悔しそうに唇を噛みしめ、よろめきながらも俺を睨みつける。その青い瞳には、まだ闘志の炎が消えずに残っていた。


「なぜとどめを刺さなかった? 情けをかけたつもりか、竜よ」

『勘違いするな』


 俺はテレパシーで、わざとぶっきらぼうに答えた。


『お前を殺しても、我には何の得もない。死体の処理も面倒だし、人間どもが復讐だと騒ぎ立てて面倒が増えるだけだ。敗者は潔く立ち去れ。二度と、その顔を見せるな』


 そう言って、俺は彼に背を向けた。

 これで終わりだ。

 だが、カイルは俺の予想外の言葉を口にした。


「……いや、まだだ。俺はまだ、負けてはいない」

『……何?』


 俺は思わず振り返った。

 カイルは、ふらつく足でそれでも確かに立ち上がると、聖剣を再び正眼に構えたのだ。


「俺がここにいる限り、貴公は人々にとっての脅威であり続ける。ならば俺は何度でも立ち上がる。貴公を倒すか、俺がここで果てるか。それまでだ!」


 ……こいつ、本気か?

 魔力はほとんど空っぽで、枯渇寸前だ。身体もあちこち骨折しているだろう、ボロボロだ。もはや立っているのが不思議なくらいなのに。

 それなのに、まだ戦うと言うのか。

 そのあまりの執念と愚直さに、俺は呆れを通り越して、ある種の感動すら覚えてしまった。

 そして同時に、ふとある考えが頭をよぎった。


(……こいつ、強いことは強いが、戦い方があまりにも下手くそだ)


 彼の剣技は確かに見事だ。天才的と言ってもいい。だが、それはあくまで「人間相手」の剣技だ。

 俺のような規格外の巨体を持つ相手との戦い方を、全く知らない。


 ブレスを真正面から防ぐのが精一杯で、それをいなして反撃する一手まで考えが及んでいない。風を操る俺に対して、真正面から突っ込んでくるだけ。あまりにも戦術が稚拙すぎる。

 潜在能力は計り知れないのに、それを全く活かしきれていない。


 宝の持ち腐れとは、まさにこのことだ。

 その未熟さに、俺の中の何かがうずいた。

 それは、教えたがりな年長者の性のようなものだったのかもしれない。

 あるいは、この素晴らしい才能の原石が、磨かれないまま無駄に砕け散るのを見るのが、単純に惜しいと思ったのかもしれない。


『……はぁ』


 俺は本日何度目かわからない、深いため息をついた。

 そして、カイルに向かって、自分でも信じられないような言葉を口にしていた。


『……勇者よ。お前、あまりにも弱すぎる』

「なっ……!?」


 俺の言葉に、カイルはカッと目を見開いた。これ以上ないほどプライドを傷つけられたのだろう。


『お前のその聖剣、そしてその折れない心は確かに本物だ。だが、それだけだ。戦い方が全くなっていない。あまりに無策すぎる』


 俺は巨大な前足の鋭い爪先で、地面の土に簡単な図を描いてみせた。


『いいか、よく聞け。我のような巨体を相手にするなら、真正面からぶつかるのは愚の骨頂だ。狙うべきは、関節の繋ぎ目、あるいは翼の付け根のような可動域の限界点。お前のその神速を活かすなら、的の大きい胴体ではなく、常に死角に回り込み、一撃離脱を繰り返すべきだ』


「……な、何を言っているんだ、貴様は……?」


 カイルは、敵であるはずの俺が自分に戦闘のアドバイスをしているという異常な状況が理解できず、完全に混乱して剣を下ろしかけていた。


『それからあの防御技。確かに強力だが、魔力の消費効率が悪すぎる。常に最大出力でドーム状に展開するのではなく、攻撃が当たる瞬間だけ、当たる箇所に絞って最小限の範囲で展開するようにしろ。そうすれば魔力を温存し、防御即反撃に転じる隙も生まれるはずだ』


「……」


『そもそも、お前は風の流れというものを全く読んでいない。我は風竜だぞ? 戦場は常に我が支配下にある。だが風は一定ではない。追い風を利用して加速し、向かい風で敵の動きを鈍らせる。それくらいのことを、なぜ考えんのだ』


 俺はまるで道場の剣術師範が弟子に教え諭すかのように、彼の戦い方の問題点を次から次へと指摘していった。

 カイルは最初は敵意むき出しで俺を睨んでいた。

 だが、俺の指摘があまりにも的確で、理路整然としていることに気づくと、次第にその表情は真剣なものへと変わっていき、最後には俺の言葉の一言一句を聞き漏らすまいと、聖剣を下げて熱心に耳を傾けていた。


 こうして、ドラゴンと勇者による、世にも奇妙な戦闘指南が始まった。

 それは俺にとっても、カイルにとっても、そしてこの世界の運命にとっても、大きな大きな転換点となる出来事だった













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