第130話 最後の生存者
「私が行きます」
ミカサが即座に手を挙げた。
「アーク級の構造を一番理解しているのは私です。それに、姉妹船の同胞たちの最期を……この目で見届けたい」
「……わかった。だが、危険すぎる。俺は船長としてここに残って指揮を執る。ミカサ、君に調査隊の指揮を任せる」
「了解しました。……目標は、より船体の損傷が少なく、内部データが残っている可能性の高い、国連軍の旗艦『ホープ』とします」
編成された調査隊は、ミカサをリーダーに、観測士官のリオン、そして護衛として数名の精鋭兵士たち。
俺は、ホログラムのままアキラの横に立ち、言った。
『……俺も、ここから見守る。……何かあれば、すぐに飛んでいけるようにな』
小型探査船が発進し、漆黒の宇宙を滑るように進んでいく。
目標は、巨大なホープ号の脇腹にぽっかりと口を開けた、戦闘によるものか、あるいは内部からの破裂によるものか、巨大な亀裂部分だ。
俺たちは、ブリッジのメインスクリーンに映し出される、彼らのヘルメットカメラの映像を固唾を飲んで見守っていた。
『……ビーグル2よりアルゴス。ホープ号の船体裂け目に接近。ここから船内へ侵入します』
パイロットの緊張した声が響く。
探査船は、巨大な鋼鉄の傷口へと、慎重に吸い込まれていった。
船内は、無重力と完全な暗闇、そして不気味な静寂に支配されていた。
ミカサ、リオン、そして護衛兵たちは、磁力ブーツのスイッチを入れ、カツン、カツンと金属の床を踏みしめながら、ブリッジを目指して進んでいく。
ホープ号の船内は、ジェネシス号以上に異様な光景だった。
至る所が、奇妙な灰色の金属質の蔦のようなもので覆われている。
それは植物のようでありながら、無機質な光沢を放ち、船の配線やパイプと融合し、まるで船そのものが生き物のように脈打っているかのようだった。
「……なんだ、これは……?」
護衛の兵士が、不気味そうに銃口を向ける。
「……植物? いや、金属だ。……船が錆びているのか?」
ミカサが、分析スキャナーをかざす。
数値を見た瞬間、彼女の顔色が変わった。
「……待って。……この物質構成パターン……。まさか……」
彼女が何かに気づき、叫ぼうとしたその時。
一人の兵士が、何気なくその蔦に触れようと手を伸ばしていた。
「……動くな! 触っちゃダメ!!」
ミカサの絶叫が通信機に響く。
だが、遅かった。
兵士の指先が蔦に触れた瞬間。
シュルルッ!
死んでいたはずの灰色の蔦が、まるで生き物のように蠢き、鋭い針となって兵士の腕に突き刺さった。
「うわっ!?」
兵士が悲鳴を上げ、腕を振り払う。
だが、それは合図だった。
ザワザワザワ……ッ!!
船内の通路を覆っていた全ての灰色の蔦が、一斉に覚醒し、蠢き始めたのだ。
壁から、床から、天井から。無数の金属の蛇が、鎌首をもたげ、調査隊へと殺到してくる。
「……こいつら、生きているのか!?」
「総員、戦闘開始! 撃てぇッ!」
兵士たちがレーザーライフルを乱射する。
だが、レーザーで焼き払われた蔦は、瞬時に周囲の金属や瓦礫を取り込み、傷を修復し、さらに増殖していく。
「……くそっ、キリがない!」
「ミカサさん、下がって!」
リオンがミカサを庇いながら叫ぶ。
「……船長! 聞こえますか!」
ミカサが、パニックになりそうな心を抑え、冷静かつ早口で報告する。
「……これは植物じゃありません! アークのデータベースにある、禁断の技術……『自己増殖型ナノマシンコロニー』です!」
「……ナノマシン……!?」
ブリッジのアキラが驚愕する。
「……本来は船の自動修復のために使われるはずの極小ロボットたちが、何らかの原因で制御を失って暴走し、独自の進化を遂げてしまったんです! ……彼らは金属も、エネルギーも、有機物さえも……全てを喰らって増殖します!」
内側から食い破られたような船の残骸。
その犯人は、この暴走したナノマシンたちだったのだ。
彼らは、この宙域の船を次々と襲い、取り込み、このホープ号を巣として繁殖していたのだ。
「……撤退だ!すぐに船に戻れ!」
アキラが叫ぶ。
「……ダメです!出口が……!」
モニターに映ったのは、背後の通路が灰色の壁によって完全に封鎖されている光景だった。
ナノマシンは知能を持っているのか、彼らの退路を断ち、袋小路へと追い詰めていたのだ。
全方向から迫りくる金属の波。
弾薬は尽きかけ、シールドのエネルギーも残りわずか。
絶体絶命。
俺は、ブリッジで歯噛みした。
『……俺が行く!』
俺は、叫んだ。
『……俺が外から船ごと焼き払うか、壁をぶち抜いて助け出す!』
だが、間に合うか?
俺が到着するまでの数分の間に、彼らは飲み込まれてしまうかもしれない。
アキラも、顔面蒼白でモニターを見つめている。
「……くそっ……! 何か、何か手は……!」
ミカサたちが、覚悟を決めたように身を寄せ合う映像が映る。
灰色の津波が、彼らの頭上に覆いかぶさろうとした、その瞬間。
カッ!!!!
ホープ号の船内の奥深く、暗闇の向こうから、一筋の青白い閃光が迸った。
その閃光は、正確無比にナノマシンの群れの中枢を貫き、瞬時にして灰色の壁を焼き払った。
ジューッという音と共に、金属の蔦が溶解し、崩れ落ちる。
ミカサたちの目の前に、一本の道が切り開かれた。
「……え……?」
「……なんだ……今の光は……?」
リオンが、呆然と光の飛んできた方向を見る。
暗闇の中から、カツ、カツ、と重い足音が響いてくる。
磁力ブーツが床を叩く音だ。
そして、非常灯の薄明かりの中に、一つの人影が浮かび上がった。
それは、ボロボロに傷つき、継ぎ接ぎだらけになった、古びた旧式の宇宙服に身を包んだ、一人の男だった。
その手には、青白く輝くエネルギーの刃、ビームサーベルが握られている。
男は、ミカサたちの前で足を止めると、ゆっくりとヘルメットのバイザーを上げた。
そこに現れたのは、白髪混じりの髭を蓄えた、厳しい顔つきの壮年の男の顔だった。
その瞳は、千年の孤独と戦い抜いてきた者だけが持つ、鋭く、そしてどこか哀愁を帯びた光を宿していた。
彼は、掠れた、しかし力強い声で言った。
真空の宇宙服越しに、通信機を通して。
「……助けは……不要だったかな……? ……若いの」
ミカサが、その男の胸元にある、擦り切れたエンブレムを見て息を呑んだ。
それは、アークと同じ、数千年前の地球宇宙連合軍の紋章。
そして、その下に刻まれた階級章と名前。
「……まさか……。あなたは……」
彼は、ニヤリと笑った。
「……待っていたぞ。……ずっと、な」
この宇宙の墓場で、たった一人。
千年の時を、ナノマシンの脅威と戦いながら生き延びてきた、最後の生存者。
伝説の英雄が、今、俺たちの前にその姿を現したのだ。




