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白き風竜はときをゆく〜ドラゴンに転生した俺の悠久譚〜  作者: やまぐっち
【第四部 銀河の嵐編】神話の始まり

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131/138

第131話 千年の孤独

【お知らせ】

設定の矛盾を解消するため、131話を削除し、大幅な加筆修正を行いました。その結果、予定よりも文字量が多くなったため、二つのエピソードに分けて投稿させていただきます。


この第131話は、以前のバージョンの前半部分を再投稿したものです。続く後半部分は、第132話としてこの後更新いたします。すでにお読みいただいた皆様にはお手数をおかけしますが、改めて最新版をお楽しみいただければ幸いです。


 ナノマシンの脅威が、まるで悪夢の終わりを告げるかのように霧散した船内に、重く、そして異様な静寂が満ちていた。

 先ほどまで壁や床を埋め尽くし、死の津波となって襲い掛かってきた灰色の蔦は、今やただの動かない金属の残骸と化し、非常灯の赤い光を鈍く反射しているだけだった。死の匂いだけが生々しく残り、調査隊の呼吸音だけがやけに大きく響く。


「……あなたはいったい……?」


 ミカサが、銃口を下げぬまま、警戒と畏怖が入り混じった震える声で問いかけた。その問いは、調査隊全員の心を代弁していた。

 目の前に立つ、古びた宇宙服に身を包んだ男。彼は、絶望的な状況をたった一閃で覆した。その存在は、この死の世界においてあまりにも異質で、神々しくさえあった。


 男は、手にしていた青白いビームサーベルの光を静かに消すと、まるで全身の力が抜けたかのように、深く、長い息を吐いた。その疲労しきった様は、彼が神ではなく、長い戦いを生き抜いてきた一人の人間に過ぎないことを物語っていた。


「……俺はジョン・カーター。……国連宇宙軍 第七植民船団 旗艦『ホープ』号、保安部隊長だ」


 ヘルメットのバイザー越しに見える瞳は、千年の時を見つめ続けてきたかのように深く、そして寂しげだった。彼は自嘲気味に口元を歪め、言葉を続ける。


「……まあ、今となってはただの……この巨大な墓場の墓守だがな」


 ジョン・カーター。その名が発せられた瞬間、ミカサの心臓が氷水で締め付けられたかのように冷たく跳ねた。リオンもまた、息を呑み、信じられないという顔で男を見つめている。

 その名は、アークのデータベースに、半ば神話として記録されていた伝説的な軍人の名だったのだ。


 千年前の地球人が、生きている。

 その事実は、アークの民であるミカサにとって、どんな未知の異星人と遭遇するよりも大きな衝撃だった。失われたはずの過去が、今、目の前に生身の人間として立っている。


「……信じられない……! あなたは、どうやって……。この船には生命を維持できる環境など、どこにも残っていないはずです!」

「……ああ、その通りだ。ここは死の世界だよ」

カーターは静かに肯定した。


「俺は千年前、この船が地獄に変わる中で、幸運にも……いや、不運にもコールドスリープに入ることができた。ただそれだけだ」


 彼は足元に転がるナノマシンの残骸を、忌々しげに軍靴のつま先で蹴り飛ばした。


「……奴らの襲撃で、この船は壊滅した。……俺は部下たちを逃がすために最後までブリッジに残ったが……結局、誰も救えなかった」


 彼の声に、ニ年の時を経てもなお色褪せることのない、深い悔恨の色が滲む。脳裏に、炎と悲鳴に包まれたあの日のブリッジが蘇っているのだろう。


「……俺自身も深手を負い、最後の力を振り絞って、艦長専用の緊急脱出ポッドに転がり込んだんだ。……だが、射出装置が故障していてな。……そのまま船内で凍りつくことになった」

「……それが、ニ年前……」

「ああ。……俺が再び目を覚ましたのは、今から五十年前だ。ポッドの生命維持機能が限界を迎えたんだ。宇宙は真空だが、無ではない。千年の間に浴び続けた宇宙放射線と、目に見えないほどの微小なデブリの衝突が、カプセルの外壁を少しずつ、だが確実に蝕んでいた。……そして、ついにシステムがエラーを起こし、俺を強制的に解凍しやがった」


 五十年前。その言葉の重みに、ミカサは息を詰まらせた。彼は、たった一人でこの死の世界に放り出されたのだ。


「……目が覚めた時、そこは地獄だったよ」

 彼は遠い過去を呼び覚ますように、虚空を見つめて語った。


「…最初に見たのは、凍てついたカプセルの窓の外で、俺を覗き込むようにして死んでいた部下の顔だった。彼の宇宙服は破れ、その瞳は永遠の驚愕を宿したまま凍り付いていた。……仲間たちは皆、干からびたミイラか、あるいはナノマシンの苗床になっていた。通路の隅で、親友だった通信士官が、灰色の蔦に全身を覆われたまま、助けを求めるように手を伸ばして事切れていた。……食料庫は汚染され、水再生装置も壊れかけていた」


 その言葉は、あまりにも壮絶だった。五十年間、誰とも言葉を交わさず、暗闇と絶望の中で、かつての仲間たちの亡骸と共に生き延びてきた孤独。


「……それからずっと、この地獄を一人で歩き回った。……壊れた装置を修理し、わずかな水と、かろうじて汚染を免れたレーションを啜りながら……。……そして、時折眠りから覚めて襲ってくるナノマシンの群れを、このサーベル一本で撃退しながらな。……毎日、毎日、俺は自問自答した。なぜ俺だけが生き残ったのか、と。死んだ方がマシだと、何度思ったか分からない。だが、死ねなかった。あいつらの、無念の顔が、俺に死ぬことを許してくれなかったんだ」


 彼の鋼の精神力に、ミカサも、リオンも、そしてモニター越しにその言葉を聞いていたアルゴス号のクルーたちも、ただただ畏敬の念を抱かずにはいられなかった。

 通信機越しに全てを聞いていたアキラは、即座に決断を下した。


「……ミカサ、彼を連れて戻れ。……この船には、もう何もない。俺たちの探すべき真実は、あの人の中にある」

「……了解」


 ミカサは短く応じ、カーターに向き直った。


「カーター部隊長。私たちは、あなたを保護します。どうか、私たちと共に来てください」


 カーターは、ミカサの差し伸べられた手と、その後ろに立つ屈強な兵士たち、そして獣人の青年リオンを順番に見つめ、やがて小さく頷いた。 


「……わかった。……もう、一人で歩くのは……少し疲れた」


 帰還の途は、行きとは比較にならないほど重苦しいものだった。カーターを中央に、調査隊は警戒を怠らずに進む。彼の案内で、ナノマシンの巣と化していない、比較的安全なルートを辿った。

 それでも、崩れ落ちた隔壁を乗り越え、剥き出しになった配線を避けながら進む道は、まるで巨大な生物の死骸の中を進むようだった。カーターは無言だったが、時折、床に転がるヘルメットや、壁に残された血痕のような染みを見ては、痛ましげに顔を歪めていた。


 探査船のハッチが見えた時、調査隊の誰もが安堵のため息を漏らした。探査船は無事にアルゴス号の下部ドックへと帰還し、その巨大なエアロックが開かれる。


 プシュー、という音と共に、二年ぶりに「生きた空気」が流れ込んできた。その瞬間、カーターは膝から崩れ落ちそうになった。


「……空気が……美味いな……」


 彼は震える手でヘルメットを脱ぎ、貪るように深呼吸をした。その皺の刻まれた顔は、長年の疲労と栄養失調で土気色だったが、その瞳だけは、再会した懐かしい友人のように、澄んだ空気を慈しんでいた。

 医療班が駆けつけ、彼をストレッチャーに乗せようとしたが、カーターはそれを手で制した。

「……自分の足で歩ける」と。その痩身に宿る軍人としての誇りは、千年の時を経てもなお健在だった。


 彼が案内されたのは、アルゴス号の最新鋭の医療室。清潔なシーツ、穏やかな照明、そして微かに香る消毒液の匂い。カーターは、まるで夢でも見ているかのように、その全てを目に焼き付けていた。

 アーニャ博士の指示で身体のスキャンが行われ、彼の肉体が、深刻な栄養失調と、複数の古傷、そして微量のナノマシンによる汚染に蝕まれていることが判明した。


「……治療には時間がかかります。まずは、体力の回復を」


 アーニャが用意したのは、高栄養の流動食――温かいスープだった。アキラとミカサが見守る中、カーターは衰弱して震える手で、ゆっくりとスプーンを口に運んだ。

 スープが彼の舌に触れた瞬間、その目から、堰を切ったように大粒の涙がこぼれ落ちた。


「……温かい……。……こんなものが、まだこの宇宙にあったとはな……」


 それは、五十年間、冷たい保存食と汚染された水だけで命を繋いできた男の、魂からの言葉だった。そのあまりにも純粋な感動の姿に、アキラもミカサも、かけるべき言葉を見つけられなかった。





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