第129話 宇宙の墓場
「「了解!」」アルゴス号は、まるで巨大な墓所に足を踏み入れる巡礼者のように、音もなく、静かにその宙域へと進入していく。
やがて、その全貌が俺たちの目の前に現れた時、ブリッジにいた誰もが息を呑んだ。
そこに広がっていたのは、美しい星雲の輝きではなかった。
言葉を失うほどの、広大で、静かで、そして悲しい、沈黙と死の世界。
宇宙の墓場とでも言うべき場所だった。
見渡す限り、無数の破壊された宇宙船の残骸が、巨大な墓標のように静かに漂っている。
ねじ曲がり、ひしゃげた装甲板。内部の配線を無残に晒したまま千切れたエンジンブロック。虚空に向かって助けを求めるように伸びた、折れたマスト。
それらは、地球製の船だけではなかった。
流線型で鳥のように優美な船。岩石をくり抜いたような無骨な船。巨大な貝殻のような有機的なフォルムを持つ、明らかに異星文明のものと思われる船。
俺たちの知らない、様々な文明の船が、ここで同じように最期を迎え、永遠の静寂の中に晒されていた。
「……ひどい……」
アキラが、キャプテンシートから立ち上がり、窓の外の痛ましい光景に呟く。
「……ここで、大規模な艦隊戦でもあったのか……? まるで、銀河大戦の跡地だ」
『……いや、違う』
ブリッジに投影された俺のホログラムは、モニターに映し出された残骸の拡大映像を凝視し、首を横に振った。
『……よく見ろ、アキラ。……どの船も、外部からの砲撃やビームによる損傷を受けた痕跡がほとんどない』
「え……? どういうことだ?」
『……装甲が溶けているわけでも、貫かれているわけでもない。……むしろ、内側から何かに食い破られたかのように、膨張し、破裂している。まるで風船が内側から破裂したようにだ』
その異常な破壊のされ方は、俺の記憶の片隅にある、ある不快な感覚を呼び覚ました。
デボアラーの体内。
あるいは、あいつが捕食した星々の残骸。
生命力を、エネルギーを、根こそぎ吸い取られ、枯れ果てて崩壊した抜け殻のような質感。
この場所で、何かが起きたのだ。
俺たちの想像を超える、おぞましい何かが。
「……船長! 前方、デブリ帯の中心付近に、ひときわ巨大な船影を二つ、確認!」
リオンが声を張り上げる。その声には、発見の興奮と、同時に畏怖が混じっていた。
「……形状データ照合……! 間違いありません! 一つは、ノア船団の旗艦、探査移民船『ジェネシス』号です!」
スクリーンに、デブリ帯の中心で、互いに寄り添うようにして鎮座する二つの巨大な影が映し出された。
一つは、流線型で、科学の粋を集めたような美しいフォルムを持つ『ジェネシス』号。
そして、そのジェネシス号を庇うように、前に立ちはだかっているもう一つの巨大な船影。それは、ジェネシス号とは対照的に、分厚い装甲と無数の砲塔を持つ、見るからに重厚な軍艦だった。
「もう一つは……」
ミカサが、震える声でその名を告げた。
「……間違いない! アークの同型艦、国連宇宙軍所属・恒星間移民船『ホープ(HOPE)』号です!」
その船体は無惨に引き裂かれ、動力炉は完全に沈黙し、巨大な幽霊船のように虚空を漂っていたが、その船腹にかろうじて残された『U.N.S.S. HOPE』の文字だけが、静かに、そして痛々しく、かつての栄光を物語っていた。
アーク、そしてホープ。地球脱出の際、種の保存を目的として建造された二隻の巨大な箱舟。アークが未知の宙域へワープアウトした一方で、ホープは地球連合宇宙軍の護衛艦隊と共に、別のルートで脱出したと記録されていた。
「なぜ、ホープがここに……? ノア船団と一緒に……?」
アキラが、信じられないという顔で呟く。
「まさか、ここで合流していたのか?」
「……船長、両艦から発信されていた救難信号ビーコンの詳細データを解析しました」
リオンが、重い口調で報告する。
「……発信時刻に、約三百年のズレがあります。……まず、ノア船団がここで遭難信号を発信し、その約三百年後に、ホープ率いる国連軍艦隊が、同じ場所で遭難信号を発しているんです」
その言葉に、ブリッジにいた全員が戦慄した。
「……まさか……」
ミカサが、最悪のシナリオを口にする。
「……ホープの艦隊は、ノア船団の救難信号をキャッチして、彼らを助けるためにこの宙域に駆けつけた……。そして、ノア船団と同じ、未知の脅威に遭遇して……全滅した……?」
希望の船が、希望を助けに来て、共に絶望の淵に沈んだ。
あまりにも皮肉で、そして悲劇的な結末。
だが、その事実は、かつて地球人が持っていた、同胞を見捨てないという崇高な精神の証でもあった。
「……両艦ともに、生体反応、なし。……動力反応も微弱です。完全なデッドシップです」
リオンの非情な報告が、とどめを刺した。
「……だが、調査しなければならない」
アキラが決断を下した。その瞳には、深い悲しみと共に、真実を突き止めようとする強い意志が燃えていた。
「……二つの船団に、一体何が起きたのか。……そして、航海日誌の続きがあるのか。……真実を知るためには、中に入るしかない」




