第124話 滅びの星のテラフォーマー
「……綺麗だ……」
「本当に、別の星まで来ちゃったんですね……」
感極まって涙ぐむ若い女性クルーもいる。彼女たちの故郷では、空は灰色で、星を見るには観測ドームへ行くしかなかったのだ。
だが、アキラはすぐに船長としての顔に戻った。
「……全クルー、感傷に浸るのはそこまでだ。仕事にかかるぞ!」
彼の一声で、場の空気がプロフェッショナルのそれへと引き締まる。
「これより、各セクションは探査モードへ移行。リオン、この星系に居住可能な惑星、知的生命体の痕跡、あるいは……アークの同胞船の信号が存在するか。総力を挙げて調査を開始しろ!」
「イエス、キャプテン!」
オペレーターたちが一斉にコンソールを叩き始める。無数のセンサーが起動し、あらゆる波長の電波やニュートリノが、探査網として宇宙空間へと放たれた。
『……俺も、少し外の「空気」を吸ってくる』
俺はブリッジにそう告げると、ホログラムを切り、意識を船外ハンガーの本体へと戻した。
専用ハンガーのエアロックが静かに開く。
真空の宇宙へ、俺はゆっくりと身を躍らせた。
三つの太陽から降り注ぐ、異なる波長の光を浴びて、俺の純白の鱗がプリズムのように眩く輝く。
俺は目を閉じ、ドラゴンの鋭敏な感覚を、この星系全体へと向けて最大限に研ぎ澄ませた。
視覚や聴覚ではない。魔力の流れ、生命の息吹、そして空間に残る微かな「意志」の痕跡を感じ取る、竜族だけが持つ第六感だ。
数時間後、アルゴス号のセンサー群は、まだ何も意味のあるデータを見つけられずにいた。
「ダメです、キャプテン。知的生命体どころか、有機的な反応すら、どの惑星からも検出できません」
リオンが悔しそうに報告する。
この星系は、ただ美しいだけの、生命のいない空っぽの世界なのか。クルーたちの間に、わずかな失望の空気が流れ始めた、その時だった。
『……アキラ。聞こえるか』
俺のテレパシーが、ブリッジに静かに響いた。
「ヴァイスさん!? 何か掴めたのか!?」
『……ああ。第3惑星だ。あそこから、何か妙な気配がする』
俺の感覚には、何かが引っかかっていた。不自然なほど整然とした、人工的なエネルギーの残滓。そして、何者かが俺たちをじっと待っていたかのような、静かな意志の波動。
「第3惑星……? 了解、ただちに再スキャンします!」
リオンが慌ててコマンドを打ち込む。
数分後、ブリッジから驚きの声が上がった。
「……信じられません! 第3惑星……地球とほぼ同じサイズ、大気組成も酷似しています! 軌道も安定している、ハビタブルゾーン(生命居住可能領域)のど真ん中です!」
ミカサが興奮気味に叫ぶ。
「ですが……おかしい。これだけの好条件が揃っているのに、生命反応が全くありません。植物も、動物も、バクテリアさえも……。まるで、滅菌された実験室のように、あまりにも『綺麗すぎる』んです」
『……降りてみよう。そこで何かが待っている。俺の勘がそう告げている』
俺の言葉に、アキラも頷いた。
「よし、わかった。ヴァイスさんの勘を信じよう。ミカサ、探査チームを編成してくれ。リオンも同行しろ。俺は艦長として母船に残り、全体の指揮を執る」
「了解。探査船『ビーグル号』、発進準備!」
巨大な母船の下部ハッチが開き、小型の探査船『ビーグル号』が、深海魚のように静かに宇宙空間へと滑り出した。
俺は、そのビーグル号を先導するように翼を広げ、赤茶けた惑星の大気圏へと突入していく。
灼熱の摩擦熱を魔力のヴェールで受け流し、分厚い雲を突き抜けると、眼下にその地表が現れた。
俺たちは息を呑んだ。
そこには、緑豊かな大地も、青い海もなかった。
広がっていたのは、見渡す限りの赤茶けた荒野。乾いた風が吹き抜け、岩肌がむき出しになった渓谷や、かつては巨大な湖だったであろう白い塩の平原が点在している。
まるで、かつて地球の隣にあったという「火星」のような、荒涼とした世界だった。
「……これが、ハビタブルゾーンの惑星?」
ビーグル号のコックピットで、ミカサがモニターを見つめながら怪訝そうに呟くのが通信越しに聞こえる。
「大気成分は地球に極めて近いです。酸素濃度も十分、気圧も適正。……なのに、なぜ植物一本生えていないの?」
『ミカサ、あの平原に着陸しよう。風が比較的穏やかで、視界も開けている』
俺の誘導に従い、ビーグル号は巨大な干上がった湖の跡地の中央へと、慎重に降下していく。
俺もその横に、砂煙を上げて降り立った。
ハッチが開き、ミカサたちが降り立つ。彼女は環境スーツのヘルメットのバイザーを開け、恐る恐る外の空気を吸い込んだ。
「……吸えるわ。少し埃っぽいけれど、問題ない」
リオンが、地面の土をすくい上げ、携帯型の分析機にかける。
「……有機物が含まれています。微量ですが、バクテリアの死骸のようなものが……。それに、この土壌成分……自然なものじゃない。かつて、ここには土壌改良のためのナノマシンや微生物が、計画的に撒かれていた痕跡があります」
『……誰かが、この星を耕そうとしていたのか。だが、途中で放棄された、と見えるな』
俺は周囲を見渡した。風化した岩山、崩れかけた崖。一見すると、ただの自然の風景に見える。だが、俺の目はごまかされない。
『……ついて来い。あっちだ』
俺は、北の方角にある、ひときわ高い岩山を指差した。その山頂は、風雨に削られたにしては、不自然なほど平らだった。
俺たちは、足場の悪い岩場を登り、その山頂を目指した。ビーグル号のクルーたちは、小型のジェットパックを使って軽々とついてくる。
途中、リオンが岩肌に刻まれた奇妙な幾何学模様の傷跡を見つけた。
「これ……ただの風化じゃありません。何か、巨大な建設機械で削り取ったような……まるで、露天掘りの鉱山のようです」
『鉱山か。この星の資源を採掘していたということだな』
…そして、山頂にたどり着いた俺たちは、ついに「それ」を発見した。
山頂の裏側、風の当たらない広大な盆地状のエリアに、砂に半ば埋もれながらも、巨大な構造物が静かに鎮座していたのだ。
「……嘘だろ……」
「あれは……都市……?」
ジェットパックでふわりと着地したビーグル号のクルーたちが、目の前の光景に言葉を失う。
それは、半球形のドームがいくつも連結されて形成された、未来都市の壮大な廃墟だった。
表面は永い年月の間に積もった赤茶けた砂に覆われ、一部は崩壊して内部の鉄骨がむき出しになっている。だが、その滑らかな曲線と、僅かに覗く白亜の壁は、明らかに自然物ではなかった。強化プラスチックと金属の複合材。それは、地球の南極基地や、かつて夢想された月面基地の構想図で見たことがあるような、極限環境下で人類が生存するためのシェルターそのものだった。
「……間違いないわ。アークと同じ建築様式……」
ミカサが、震える声で呟いた。その瞳には、数千年の時を超えて同胞の痕跡を見つけたことへの感動と、それが無惨な廃墟と化していることへの深い悲しみが、複雑に混じり合っていた。
「これは、『テラフォーミング・コロニー』……。惑星を、人類が住める環境に改造するために作られた、前線基地の跡よ」
テラフォーミング。
荒涼とした惑星に生命の息吹を吹き込み、第二の地球へと作り変える、壮大な計画。
かつて、地球人たちが未来の同胞のために用意した、人工の揺り籠の残骸がここにあったのだ。俺たちは、数千年の時を超えた同胞の努力の痕跡を前に、ただ呆然と立ち尽くしていた。
だが、リオンの疑問が、俺たちの感傷を現実へと引き戻した。
「ですがミカサさん、もしここが廃墟なら、どうして大気が維持されているんです? この規模のコロニーなら、生命維持装置が停止すれば数百年で大気は宇宙に霧散してしまうはずですが……」
その言葉に、俺たちははっとした。
そうだ、何かがおかしい。この星は、ただの廃墟ではない。
この死んだように見える星のどこかで、今も何かが、動き続けている…?




